〈『あんぱん』異例の展開へ〉朝ドラ史に残る戦争描写BEST4…名作ジブリ映画の誕生秘話も描いて「アニメ好きも唸った」傑作とは?
〈『あんぱん』異例の展開へ〉朝ドラ史に残る戦争描写BEST4…名作ジブリ映画の誕生秘話も描いて「アニメ好きも唸った」傑作とは?

やなせたかしとその妻・暢(のぶ)の夫婦をモデルにした現在放送中の朝ドラ『あんぱん』での太平洋戦争時のシーンが話題だ。

 

2週にわたり、ヒロイン・のぶをほとんど登場させず、出征した嵩(たかし)目線で戦地のリアルな状況を長尺で描いており、「女性ヒロインの多い朝ドラではまさに“異例”の展開」(朝ドラ評論家)という。

今作の兵士目線以外にも歴代朝ドラの中では、意外な視点から戦争を捉えた作品があった。その傑作シーン4選を紹介する。

戦時下の飢えと空腹の切なさ

朝ドラ『あんぱん』の脚本を手掛ける中園ミホ氏は、集英社オンラインの取材で「戦後80年の今年、朝ドラを任されたことへの想い」を記者から問われた際、こう答えた。

「反対意見もありましたが、やなせたかしさんを描くことは戦争を描くことなので、みなさんが驚くぐらい時間をかけてしっかり描きます」

その言葉通り、2週にわたってヒロイン・のぶをほとんど登場させず、兵士となったやなせたかしがモデルの嵩(たかし)目線から軍隊生活や主要戦地・中国でのシーンがつづき、アンパンマンを生むきっかけとなった戦時下での飢えや空腹の切なさが丁寧に描かれている。

太平洋戦争を扱った過去作は多数あるものの、女性ヒロインが多い朝ドラにとって、「兵士目線で戦地を描き続ける展開は非常に珍しい」と朝ドラ評論家の半澤則吉さんはいう。

「女性ヒロイン目線で、夫や婚約者や幼馴染が戦争に出征していくシーンはこれまでも描かれてきましたが、兵士である男性目線でこれだけ連続して戦地の状況を丁寧に描いた作品は、ここ数十年では窪田正孝主演の2020年度前期『エール』以外、あまり見られない展開です」(半澤氏、以下同)

特に、今作のヒロインであるのぶをほとんど登場させないという完全に振り切った演出に半澤さんは注目する。

「のぶ編は、嵩を戦地へ送り出すシーンで一区切りつけて、以降は嵩目線の戦地でのシーンが続きます。大胆に振り切った脚本は視聴者を戦争シーンに没入させる効果がありますし、こういう作り方ができるのも半年間という長い期間放送できる朝ドラならではのものです」

現在描かれている戦時下での飢えや空腹の経験が、終戦後どうアンパンマンの発想に結び付いていくのかが、今後の注目ポイントになることはまちがいない。

疎開先“あるある”を描いた作品も…

今作『あんぱん』のような兵士目線ほか、あらゆる視点で戦争を捉えた朝ドラ作品がある。その代表的な作品4選を半澤氏に聞いた。

BEST4:戦災孤児を真っ向から扱った朝ドラ100作品目『なつぞら』(主演:広瀬すず)

2024年度前期の『虎に翼』でも戦災孤児が扱われ話題を呼んだが、同作はヒロイン・なつが戦争で辛い思いをしたというところから物語が始まり、回想シーンを含め戦中戦後をしっかりと描いた作品だった。

「あの戦争が子どもをどう追い込んだか…その事実はあまり語られていませんが、戦災孤児という重たいテーマを描いた意義のある作品でした。回想シーンでは、戦争の幼少期の描写が生々しく、音信不通の妹役の俳優を伏せたまま引っ張るなど、戦後の混乱期を描いたドラマだからこその演出もドキドキしました」

同作はアニメ草創期がメインの話で、アニメ監督の宮﨑駿や高畑勲がモデルといわれる役も登場。高畑勲の代表作『火垂るの墓』まで描かれるなど、アニメ好きも唸る展開を見せた。

BEST3:疎開者の苦悩と、戦後の昭和を作っていく若い世代からみた終戦…1997年度前期『あぐり』(主演:田中美里)

作家・吉行淳之介の母である美容家の吉行あぐりをモデルにした物語。前半部分はヒロイン・あぐり役の田中美里と、その夫・エイスケを演じた野村萬斎の好演が話題で、「エイスケさん」現象を巻き起こした作品として知られているが、「実は戦争を丁寧に描いた作品」と半澤さんはいう。なかでも秀逸なのが疎開先の目線から描かれる戦争描写だ。

「東京への空襲で焼け出されたあぐり達は田舎に疎開するんですが、疎開先の親戚一家と馬があわず、辛い思いをするシーンが長尺で描かれていました。今から30年近く前の作品なので戦争経験者の方も多数見ていたと思うと、ここで描かれたシーンは、戦時下の疎開経験者にとっては“あるある”だったのかもしれません」

さらに作家・吉行淳之介がモデルの息子・淳之介(山田純大)から見た終戦シーンも見どころの一つだという。

日本の敗戦と終戦を告げる玉音放送を聞いた淳之介は、

〈俺たち、ずっと死ぬことばかりを考えさせられてきたけど、これからは生きることを考えなきゃいけないんだな〉〈始まるんだな、俺たちの時代が〉

とつぶやく。

「玉音放送のシーンでは、国が敗れることへの悔しさややるせなさに、泣いて打ちひしがれる姿が描かれることが多いですが、若い世代に明るい未来を想像させる台詞を言わせたのが印象的でした。ドラマ全体的にもここから希望のフェーズへと展開されるなど暗い時代からの脱却が見事に描かれていました」

1位は有名俳優の熱演が話題を呼んだあの名作

BEST2:戦争経験者と戦争を知らない世代が入り交じる2017年度前期『ひよっこ』(主演:有村架純)

東京オリンピックが開催された昭和39年から始まる「戦後」の物語だが、物語中盤でヒロイン・みね子の叔父・宗男(峯田和伸)が戦時中、ビルマ戦線のインパール作戦に出征していたことが明らかになり、生々しい当時の記憶をみんなの前で語る場面がある。

「その場には戦争経験者だけでなく、みね子のように戦後生まれの若者もおり、戦争を知らない世代に、戦争体験を伝えるという意義を感じました。戦地の描写はなく、一人の男が過去を振り返るシーンなのに、あらゆる視点が入る。

さらに太平洋戦争当時は敵国だったイギリスのミュージシャン、ビートルズの来日などを作品では大きく取り上げ、峯田和伸が演じた宗男を通して戦争を語らせたという点でも細やかな演出が生きた傑作でした」

BEST1:母の葛藤と苦しみを描いた2013年度後期『ごちそうさん』(主演:杏)

「意外にも息子を失う悲しさをヒロイン目線で描いた朝ドラは近年では珍しい」というのが、2013年度後期『ごちそうさん』。食いしん坊のヒロイン・卯野め以子(杏)が大阪の西門家に嫁ぎ、食を通じて家族や周囲の人々と心を通わせていく物語だ。

「ヒロイン・め以子の次男、活男(西畑大吾)が志願兵になった末に戦死するのですが、杏さんの心の葛藤や悲しみに打ちひしがれる迫真の演技が話題を呼びました」

また、菅田将暉演じる長男の泰介も赤紙が届き出征するのだが、出征前夜の親子のやり取りを半澤氏は名場面としてあげる。

〈お母さんは、1番大事なことを教えてくれたで。生きてるゆうことは、生かされてきとるということなんやて。僕は命の犠牲の上になりたった命の塊なんやて。だから僕の命は擦り切れるまで使いたい〉〈僕は僕にそれを許さんかったこの時代を、絶対に許さへん〉

「おそらく泰介という役には最初から出征シーンが予定されていたはずで、そこに当時の若手俳優だった菅田将暉をぶつけたのが名キャスティングでした」

今年は戦後80年。近年は戦争を扱う作品やコンテンツは減少傾向にあるものの、幅広い世代が視聴する朝ドラがあらゆる視点から戦争を描き、伝えていくことの意義は大きいだろう。

取材・文/木下未希

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