
国民的アニメ・絵本『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと、その妻・暢(のぶ)の夫婦をモデルに描いた現在放送中の朝ドラ『あんぱん』。太平洋戦争中のシーンを終え、今後は2人が夫婦になるまでの展開に注目が集まる。
今作『あんぱん』につづき、次回作『ばけばけ』でも、著名人の妻をヒロインに据えた作品が描かれるが、なぜここまで“夫婦もの”が朝ドラで定番化したのか。その背景と歴代の“夫婦もの”作品BEST3を朝ドラ評論家に聞いた。
“夫婦もの”の潮流を作った名作
終戦を迎え、いよいよヒロイン・のぶと、やなせたかしをモデルにした嵩が高知新聞社に入社後、夫婦として結ばれる展開に注目が集まっている。
今作ではやなせたかしの妻である暢(のぶ)をヒロインに据えているが、次回作『ばけばけ』でも明治時代の作家・小泉八雲の妻・セツがヒロインとなっており、2作続けて著名人の妻が主役の“夫婦もの”が展開されることとなっている。
これに対し、朝ドラ評論家の半澤則吉さんは「かつては数年に1回程度だったが、ここ10年で明らかに“夫婦もの”作品が増加傾向にある」と指摘する。
著名人の妻をヒロインに据える、もしくは著名人の男性と妻とのダブル主演で夫婦の物語を描く作品を“夫婦もの”と規定すると、その潮流を作ったとされるのが、まさに2010年度前期に放送された『ゲゲゲの女房』(主演:松下奈緒)だ。
「人気漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の生みの親である漫画家・水木しげるの妻をヒロインに描いた同作は、それまで視聴率の低迷が続いていた朝ドラを再興すべく、放送時間を8時開始(それまでは8時15分~)に移した革新的なタイミングでの1発目の作品でした。そこで大ヒットを記録したことがその後の朝ドラに大きな影響を与えたことは間違いないでしょう」(半澤氏、以下同)
その後、『ゲゲゲの女房』を発端に、“夫婦もの”が続々と作られていくようになり、いずれの作品も高い評価を得たことから、近年は著名な男性を主人公に据えて妻側からの視点でも描くという作風にまで広がりをみせている。
なぜここまで“夫婦もの”が視聴者にウケているのか。その魅力について半澤氏に聞いてみると…
「“夫婦もの”の多くに共通しているのが、夫が猪突猛進タイプのなかなかなダメ男という点です。もちろんどの方々も社会的には成功者なんですが、その人の弱さや儚さに加え、うまく社会に適合できない在り様がしっかり描かれています。
そこに寄り添って支え、夫と社会を繋げる架け橋になるという意味で、妻であるヒロインが際立つ。決して『男性を支えるのが女性の役割だ』という哲学ではなく、対等で現代的な夫婦の在り方を示しているのが、視聴者にウケているポイントでしょう」
“夫婦もの”BEST3
今回は“レジェンド”作品である『ゲゲゲの女房』を除いて、半澤さんが選ぶ過去10年の朝ドラ“夫婦もの”BEST3を聞いた。
BEST3:男性を主人公に据えて夫婦愛を描いた2作、『エール』と『らんまん』
同率で3位に輝いたのは窪田正孝と二階堂ふみがダブル主演を務めた2020年度前期『エール』と、神木隆之介が主人公でその妻役を浜辺美波が演じた2023年度前期『らんまん』だ。
『エール』のモデルとなったのは、福島市出身で『オリンピック・マーチ』や『長崎の鐘』など数々の名曲を生み出した作曲家の古関裕而とその妻・金子だ。
「『エール』は史実に基づき、2人が出会うのは大人になってからでしたが、それぞれの幼少期がしっかり描かれていました。そのため視聴者が2人のファンになった状態を作った上で、出会いから結婚までの流れが描かれていたので、“夫婦もの”としてグッとくるものがありました。
主人公の裕一は朝ドラの主人公らしからぬ内向的なタイプ。苦悩や葛藤するシーンが多かったですが、妻の音さんが本当に優しく寄り添っているのが印象的でした」
同作は2020年の東京オリンピックに合わせて制作されたが、大会自体がコロナ禍で延期となり、作品でも超主要キャストだった志村けんさんが亡くなるという悲劇に見舞われた。
「コロナ禍で放送ギリギリまで撮影をおこなう非常にレアな作品となりましたが、戦争シーンや戦後の日本音楽界も丁寧に描かれていました。コロナ禍もなく、東京オリンピックの時期と同時期に放送されていたら、今よりもっと話題になっていた作品だったと思います」
一方、『らんまん』のモデルになったのは、日本の植物学者・牧野富太郎だ。
「神木隆之介演じる主人公の槙野万太郎が植物のことしか頭にない奇天烈な人間なんですが、そんな彼を社会とつなぎ合わせる役割を浜辺美波演じる妻の寿恵子が担っていました。まずこの2人をキャスティングしたことが大正解と思えるぐらいお似合いなカップルでした。
2作品とも男性を主人公に置き、妻側の視点も丁寧に描いていた。この2作品を通じて夫婦両方の目線を描くことの面白さがヒットの法則として生まれたと言っても過言ではないでしょう」
朝ドラ“夫婦もの”BEST1は…
BEST2:史上初の外国人ヒロイン起用、国際結婚した夫婦の絆を描いた『マッサン』
2位は、2014年度後期に放送され、玉山鉄二とシャーロット・ケイト・フォックスがダブル主演を務めた『マッサン』だ。モデルとなったのは、日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝と、その妻・リタで、ウイスキー造りに情熱を燃やす2人の姿が描かれている。
「『マッサン』の前作は『あまちゃん』『ごちそうさん』『花子とアン』と大ヒットが続いており、世の中的にも『これ以上の作品はしばらくでてこないのでは…』と思われていたタイミングでの大冒険作品でした。
国際結婚に加え、ウイスキーを造ること自体苦労する戦中戦後の時代の中で、妻の支えを描いた作品。外国人ヒロインのエリー(シャーロット)が、慣れない日本語で話すのですが、母国語が日本語じゃないヒロインを描くという大きな難題をクリアしながらも、夫婦愛を深めていく物語後半の展開に胸を打ちました」
BEST1:インスタントラーメンを開発した日清食品創業者の夫婦の物語『まんぷく』
堂々の第1位は、インスタントラーメンを世界で初めて開発した日清食品の創業者、安藤百福とその妻をモデルに描いた2018年度後期『まんぷく』(主演:安藤サクラ)だ。
「日清食品の創業者をモデルにした萬平さん(長谷川博己)がかなりイカれてて、自分のやりたいことに猪突猛進してしまい、何度も逮捕されては収監されるんですね。そんな夫に安藤サクラ演じる福子が翻弄されながらも最後まで健気にぶつかっていく姿が描かれていました」
『まんぷく』は平成最後の朝を飾る記念すべき99作品目だったが、実はその発表前から100作品目『なつぞら』(NHK東京放送局)のヒロイン発表がフライング気味に行なわれ、主演を務める広瀬すずに注目が集まっていた。
「100作品目が注目を集める中、『じゃあ99作品目は…?』って空気が流れていた際、安藤サクラを主演にぶつけてきたのは、NHK大阪放送局の気合を感じました」
なかでも話題になったのは、安藤サクラが音楽に合わせてコミカルな動きや満面の笑みを見せるオープニング映像だ。当初は「クセ強すぎ…」などの声が目立ったものの、物語が進むにつれて「だんだんかわいく見えてきた」「愛おしい」などの声がうなぎ上りに。
「このオープニング映像は、放送当時から『萬平さん目線の福子では⁈』という意見が飛び交っていました。若い時から変わらずキュートで人となりのよさがにじみ出ている魅力的なヒロイン。夫の萬平さんは即席ラーメンを開発した超有名人ではありますが、それを凌駕するヒロイン性を福子が放っていたという点で、ヒロインが最後までヒロインたる稀有な“夫婦もの”でした」
今作『あんぱん』でも「たっすいがー」の嵩を「はちきん」ののぶが引っ張る構図が見られそうだが、25日に放送された第63回では、傷ついたのぶに嵩が優しく寄り添う姿が描かれていた。今作はどのような夫婦の姿が描かれるのか。2人の歩みに目が離せない。
取材・文/木下未希