
1969年、一枚のアルバムに世界は震えた。飛行船ヒンデンブルグ号の爆発炎上をあしらった物々しいジャケットとともに、同年1月12日にアメリカで、続く3月28日にイギリスでリリースされた。
映画『レッド・ツェッペリン:ビカミング』(2025)は、今も史上最強のロックバンドのひとつに数えられるレッド・ツェッペリンの出発点を描いたドキュメンタリーである。
「観客がカメラを持っていると会場から追い出し、フィルムを引き裂いた」
「ロックバンド史上、全世界に最も影響を与えたバンドは?」
これまで観たこともなかった「執念」ともいえる想いで収集されたアーカイブ素材を発掘し、創り上げられた本作の主人公・レッド・ツェッペリンこそが、その答えの一つではなかろうか。
宣言する。映画『レッド・ツェッペリン:ビカミング』は、ロック史上、唯一無二にして不世出のグループ、レッド・ツェッペリンの起源を描いた奇跡のドキュメンタリー作品である。
わずか12年間の活動の中で、彼らが巻き起こしたエモーションはまさに奇跡であった。イギリス出身の4人(ジミー・ペイジ/Gu、ジョン・ポール・ジョーンズ/Ba、ジョン・ボーナム/Dr、ロバート・プラント/Vo)のロックミュージシャンはいかに育ち、出会い、バンドを結成し、瞬く間に世界最強のグループとなりえたのか?
これまでリリースされたアルバムは世界中で3億枚以上のセールスを記録し、永遠に魅力を失わない不朽の名盤として燦然と輝き、未だ眩しい光を放ち続けている。
当初、「この映画は作れないと思う。私たちはテレビ出演を一切していなかったし、(巨漢のマネージャー)ピーター・グラントは観客がカメラを持っていると会場から追い出し、フィルムを引き裂いてカメラを壊していた。だから当時のコンサートの映像は残っていないんだ」とロバートが語っていた。
ピーターは、革新的でしばしば攻撃的なマネージメント・スタイルで知られていた。
今回、初物の映像が観られるのは、オフィシャルに撮影された映像だけではなく、いわゆる隠し撮りされたフィルムの発掘も映像素材に一役買っていて、これほどの伝説的なバンドのアーカイブ映像となれば、違法な素材でさえ貴重な歴史的資料と言えるだろう。
映画は、ジミーが新たなメンバーを集めてレッド・ツェッペリンと命名する新バンドを結成し、当時まだ前身となるバンド「ニュー・ヤードバーズ」と名のっていた1968年に、初めてのライヴを行ってからの軌跡とロックの歴史が作られたプロセスを振り返る。
針を振り切ったような世界で唯一無二のスタイル
レッド・ツェッペリンというバンドが何よりすごいのが、ファーストアルバムはジミーの自費で創られたことだ。つまり自主制作アルバムだということ。ジミー曰く、自分の腕が確かならデモテープで売り込むのだと。
ジミーとピーターは音源をニューヨークのアトランティック・レコードへ持ち込む。つまりそれは「完成された作品で、手を加えることもシングル発売も不要」という要求も含め、レコード会社側に音源に対しての手出しをさせないやり方でもあった。
ファーストアルバムが完成した瞬間、現在に至る現象・成功の確信があったのかどうか、過去にジミーにインタビューした際に聞いたことがある。
「完成した時、すごくいいレコードだというのはわかったよ。それまで、こういうアルバムはなかったからね。何かしら今までにない大変な作品を創れたぞ、という実感はあった。ファーストは我々が創造した、大量のアイデアが詰まりに詰まったアルバムなんだ。リフがもともとあったところから全然違うところに行き着くことに成功したからね」(ジミー・ペイジ、以下同)
ところが、そのファーストアルバムは当時マスコミに酷評された。同時にツェッペリンに対する本国イギリスのアクションが面白い。映像にも捉えられているが、ライヴでの観客の温度は低く、まだまだツェッペリンを理解する聴衆の経験値が浅い印象を受けた。
しかしその後、イギリスでもアルバムはチャートの最高位6位に達するヒットを記録。ファーストは現在までに世界中で800万枚以上を売り上げた。本作でも聴けるライヴテイク『幻惑されて』を奏でる1959年製フェンダーテレキャスターの音たるや圧倒的で完璧だ。2008年、ジミーにその唯一無二のリフの発想の根源とは一体何なのか聞いた。
「得てして他のフレーズを弾いているうちに、アイディアはパッと出てくるものなんだ。反対に意図的にはなかなか生み出せない。こういう風にやるとフレーズが出てくるというものでもない。そんな方法があったら売ってるよ(笑)
ありがたいことにおかげさまで、そういうアイデアが今でも出てくるんだ。多分、クリエイティブな発想というのはまだまだ残っているはずだからね」
ロック・ミュージックのギター・リフというのは、すべてがレッド・ツェッペリン(ジミー・ペイジ)から派生したものだと言い切っていい。インタビューした2008年当時、すでに40年以上ロックシーンの頂点にいた。
ジミー・ページが語る「レッド・ツェッペリンというバンド」
「ありがとう。そう言っていただけることは、ありがたいし最高の気分だよ。でもそんなことはないと思うよ。ただ、他ミュージシャン方の創作するリフ、インスピレーションの基となっていることは嬉しいし、ユニークな発想と捉えてくれることは光栄だよ。
基本的にギターは独学で習ってきたんだ。45年間、同年代のプレイヤーだとか、シカゴのブルースのレコードをたくさん聴いて独自にギターを弾いてきた。何度も何度も繰り返し、その原点に戻って練習していくうちに自分なりの音というのものに辿り着けたのかもしれない。
それがスタジオ・セッションのときもそうだったし、ヤードバーズとかレッド・ツェッペリンとか、それ以外のプロジェクトのときも、それが自然と形になっていった。それがどういうことかというと、ようやく自分のものにしてしまったということだと思うんだ。
ロックンロールのルーツや、シカゴ・ブルースのルーツであるリフみたいなものを一度自分で消化して、今度はその場所からすごく離れたところに持っていくということもできた。
例えば、『カシミール』のリフなんていうのはジャズでもないし、またブルースなどの雰囲気とも全然違う形になっている。そこから初めて自分たちだけの新しい音を創造できたのが、レッド・ツェッペリンというバンドなんだ」
本作がすごいのは、全編にわたってすべての発言が4人だけの肉声になっているところだ。
しかし、1980年に亡くなったボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)の肉声をどうやって得たのか? 生前はマスコミを敬遠することで知られ、彼のインタビューはほとんど存在しないと言われていた。
制作者サイドが取材を進める中、あるとき、オーストラリア国立公文書館(キャンベラ)にて、1970年代初頭にボンゾとロバートが一緒に受けたというインタビューの存在を知る。素材は30000本もの無記名リールから発掘されたそうだ。
ラベルのないリールの山の中から50年間眠っていた、まさにダイヤモンドのような90分に及ぶインタビュー音源を彼らは掘り当てたのだ。この制作サイドの執念にはつくづく脱帽する。同時に多くの映像プリントはかなり修復されており、観る価値十分だ。
ハリウッド映画とレッド・ツェッペリン
さらに、ロックバンドの真髄とも言えるライヴシーンの迫力も必聴必見の連続だ。
ハリウッドの映画制作者側からすればツェッペリンの楽曲を使うことは非常に重要なことなのだろう。しかしながら、ツェッペリンの楽曲は使用許諾がなかなか下りないし、下りても使用料が高額で払えないことでも有名だ。
それでも彼らの楽曲を使用する作品は存在する。
『スクール・オブ・ロック』『オブリビオン』『ザ・フレンド』『マイティ・ソー バトルロイヤル』…さらに今年6月に公開されたハリウッド映画『F1』でも、冒頭から圧巻の迫力で『胸いっぱいの愛を』が爆音で響きわたる。
そんな貴重な楽曲を本作はふんだんに聞きまくれるのだ。
2007年にO2アリーナ(ロンドン)で完全復活を果たしたレッド・ツェッペリン(アトランティック・レコード創設者アーメット・アーティガン追悼)コンサートからすでに18年が経過した。当時のジミーの発言は以下のようなものだった。
「まだ自分の中にたくさんの音楽があることだけは間違いないと思う。それを出したがっているという意識もあるんだ。最悪の状況というのは、作品を出したがっているけれど音楽の源泉が枯渇してしまい自分の中からなくなってしまう状況だと思う。
その点、神様からの思し召しなのか私は本当に恵まれていて、まだそういう音楽というものが自分の中に残っているという実感はあるよ」
そしてジミーはこう続けた。
「現代の人たちがタブレットやインターネット上で手軽に音楽の知識や勉強ができることは非常にラッキーだと思うんだけれども、そんな時代背景の中、若い世代の人たちが、あえて今、僕たちの音楽を聴いてくれるというのは非常に光栄で嬉しいことだよね。レッド・ツェッペリンの伝統が、このまま輝き続けるということは心から幸せなことさ」
かつてこれほどのダイナミックなドキュメンタリー映画は記憶にない。ツェッペリンの放つ魔法のような当意即妙の即興性、リフレインのクオリティ、全体を覆う完璧な“間”の凄さは他バンドの追随を許さない。
“ツェッペリンの守り手”としてのジミー・ペイジよりも、ギタリストとしてプレイするジミー・ペイジに期待を寄せるべきだが、彼は今、81歳になった。
時の試練を超えて生き延びてきたビンテージの音楽を愛している人なら、レッド・ツェッペリンのアルバムをプレーヤーにかけて学ぶべし。
最後に、この奇跡の映像を成就させたバーナード・マクマホン監督にも賞賛の拍手を贈りたい。
文/米澤和幸
『レッド・ツェッペリン:ビカミング』
2025年9月26日 (金)よりTOHOシネマズ日比谷 ほかIMAX®同時公開
配給:ポニーキャニオン監督・脚本:バーナード・マクマホン(「アメリカン・エピック」) 共同脚本:アリソン・マクガーティ 撮影:バーン・モーエン 編集:ダン・ギトリン
ジミー・ペイジ ジョン・ポール・ジョーンズ ジョン・ボーナム ロバート・プラント
2025年/イギリス・アメリカ/英語/ビスタ/5.1ch/122分/日本語字幕:川田菜保子/字幕監修:山崎洋一郎/
原題:BECOMING LED ZEPPELIN/配給:ポニーキャニオン 提供:東北新社/ポニーキャニオン
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