「経済発展は、ウンコの中身に反映されている」万博、空調、エネルギー…経済を支える“排泄物の力”とは?
「経済発展は、ウンコの中身に反映されている」万博、空調、エネルギー…経済を支える“排泄物の力”とは?

『うんこの世界』、『信じられない現実のうんこ科学図鑑』……。「ウンコ」を冠した書籍の出版が続く。

2020年10月に『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか――人糞地理学ことはじめ』(筑摩書房)を出し、この流れに先鞭をつけたのが、法政大学の湯澤規子教授だ。「ウンコ本」の目下のしんがりは、『ウンコノミクス』(集英社インターナショナル、2025年4月)。著者でジャーナリストの山口亮子と、湯澤教授という「ウンコ本」の著者2人による対談が実現した。(前後編の前編)

ウンコで経済が回る

湯澤規子(以下、湯澤) 経済とウンコがつながっているっていうことは、業界の人は知ってるけど、普通の人はあんまり知らない。それを『ウンコノミクス』は余すことなく、アクセスできるところは全て見てきたっていう感じがして、すごく面白かったですね。

山口亮子(以下、山口) ありがとうございます。ウンコと経済を扱った本もありますが、わりとトイレに注目しているんです。私の場合はトイレよりも、そこを流れていくモノがどうなるか書きたいと考えました。

湯澤 そもそも、この『ウンコノミクス』というタイトルは、どうやって決めたんですか?

山口 ここにいらっしゃる編集者の田中伊織さんに、私がいくつか提案した中の一つです。田中さんが「これで行きましょう!」と、即決してくれました。

田中伊織(以下、田中) これしか提案されていない気がするんですけど……。

山口 そうですか? タイトルを考えたときに、何十個か案を書き出して、そのいくつかを田中さんに提案したような……。ウンコとエコノミクス(経済)の掛け合わせで、語呂が良かったので、自分でも気に入ってたんです。

でも、ちょっとふざけてるかもと不安だったので、田中さんに背中を押してもらえました。

田中 これしか眼中になかったのかもしれません(笑)。

湯澤 このタイトルは本当に秀逸だと思いました。

どんなに良いことでも、経済が回らないと、前に進まないじゃないですか。日本でも、肥料や燃料、空調にも使えるウンコを資源にする方が環境にいいと分かっている。でも、ちょっとキワモノと思われることが多い。この本ではウンコが生活をこんなふうに下支えしているとか、うまくすれば経済を回せそうだといった話を丁寧に追っています。

こういう情報が知られていけば、日本の社会も変わっていきそうです。トイレがつながっている下水道は、社会インフラというイメージが強い分、ビジネスになるんだ、お金になるんだという感覚が希薄です。

物事を進めるときに、名前って大事ですよね。このウンコノミクスみたいな言葉が、広がっていくといいなと思います。

山口 実はウンコはこのぐらい価値があるんですよと言えたら、もっと利用が進むんじゃないかという思いがあります。

湯澤 ウンコは安定資源だって話が出てきますね。量が変わらないって大事です。世界に目を向けると、資源は限られているのに人口が増えていく問題があります。その点、ウンコは人口が増えるほど増えていく資源ですよね。

大阪の下水道は万博会場に通じる

湯澤 書籍のなかに、万博会場の夢洲が、ウンコも埋め立てられている土地として出てきます。この部分は、すごい迫力がありますね。地中から湧き出てくるメタンガスに引火して、トイレ棟が爆発した。こんな嘘みたいな本当の話があって、その理由も説明されています。華やかな会場の下に、実はウンコやゴミなど、いろんなものが埋まっている。

山口 大阪市のウンコも含めたゴミが激増していく時期と、夢洲の造成の計画ができるタイミングは重なります。湯澤さんが『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』で指摘しているように、人口が増えると、そういう問題が生じてくるんです。

湯澤 ウンコの行き場がなくなるってことですね。

読んでいて、取材で飛び回ってるようすがよく分かりました。

下水処理場から漁協まで、いろいろ訪れた中で、どの取材が一番大変でしたか?

山口 意外と、夢洲かもしれません。2024年の夏に万博協会(2025年日本国際博覧会協会)に取材を申し込んだんですけど、私はフリーで活動しているので、そんな有象無象は相手をしてられないという反応で、断わられました。自力で行ったら、当時の夢洲は大屋根リングはあるけど、ほこりっぽくて、むき出しの土地という感じでしたね。

夢洲は現役の最終処分場ですが、万博の工事が本格化してからは、廃棄物の受け入れを止めています。島がどうやってできるのか知りたくて、同じような人工島が神戸の沖合に作られているのを見に行ったんです。7、8月は暑すぎて見学を受け入れてなくて、9月の中旬にやっと再開されて、訪れることができました。

建設中の人工島は、日光を遮るものがなく、ものすごい暑さでした。参加した高齢者が熱中症になりそうだってブーブー言ってるぐらい。人工島の夏って過酷だと感じました。それでいくと万博、大丈夫かなと思ってます。

湯澤 ものすごいエネルギーで冷却する……とか? まさかね。

経済発展でウンコの質が変わった

湯澤 読んでいて面白かったのが、小説家の開高健さんが東京オリンピックの前年の1963年に、当時の日本人は食糧事情が良くなくて、ウンコの栄養が足りないという話を書いているんですね。都内の下水処理場で、ウンコ由来の汚泥をメタン発酵させて発電したいけど、まだできないと。

日本が豊かになって、油や砂糖といったカロリーの高い、いいものを食べるようになったことで、今は1960年代とは全然違うウンコがあり余っている。こういうウンコの質的な変化を指摘した本は、『ウンコノミクス』が初めてじゃありませんか? 経済発展がウンコの中身に反映されているっていうのは、大事な指摘ですね。

開高さんが当時訪れた下水処理場は、東京都江東区の砂町でしたっけ。

山口 はい。今も稼働している「砂町水再生センター」です。『週刊朝日』に載った「ぼくの“黄金”社会科」というルポルタージュは、原文をそのまま今の本には引用できないくらい、強烈です。生のウンコがある状態を見ていて、臭気が行間から立ち昇ってきます。しかも当時は、それを東京湾に海洋投棄してたんですよ。

湯澤 処理しきれずに、船に乗せていって、沖合でばらまくんですね。

山口 今の砂町水再生センターは、施設も当時の面影がないくらい綺麗になっていました。下水処理の分野では、働き方改革もあるし、それ以前から機械化や自動化が進んでいます。都の職員も、今の労働環境はいいと話していました。

湯澤 当時はできなかった発電も十分できる環境になっていて、ウンコの処理は人知れず変わっています。この60年でイノベーションがあって、イメージ改革もあった。市民の日常が滞りなく続くように、ものすごい努力があったんだけど、誰もそれを知らない。

山口 下水道や浄化処理って、本当に注目されないですね。

見落とされてきた地域性

湯澤 『ウンコノミクス』は、地域性も取り上げていますね。神戸だと、神戸スイーツや日本酒の製造過程で出る食品残渣を下水処理場で受け入れているとか。

私の出身地の大阪では近年、イカナゴが不漁で、地元の人たちが買いたいけど高くて買えないと言っています。下水処理で浄化を徹底した結果、水質がきれいになり過ぎたって言われることがあるんですね。浄化処理のし過ぎについても、この本には詳しく書かれています。

環境の話は、地域性を見落としがちで、地球にとっていいかとか、大きな括りの話が多いです。でも、食べ物も人の住まい方も、集中の度合いや地形も含めて地域性があります。排泄物の処理をどうするか、処理してできたものをどう使うか――。そこには地域性が出るはずなんです。



けれども、衛生工学とか公衆衛生学の研究者は、あまり地域性を言わない。そこに不満があったので、地域性の話は私の興味にとても合っていました。

山口 現場を回ることで、自ずと地域性が出たのかなと思います。

大きく取り上げた大阪には、特殊性もあります。訪れる前に下水道事業の関係者に話を聞いていると、皆さん、大阪はちょっと違うと言うんですね。日本としては今、環境配慮の方向に進んでいますけど、大阪は違う形で残されている感じがします。

湯澤 理由はあるんですか?

山口 そうですね。本には詳しく載せなかったんですが、大阪湾には夢洲以外にも、神戸沖を含めていくつも埋め立て地があります。燃やしたゴミやウンコの灰を埋め立てて、人工島として再生するんですが、そこの処理費が安いんですよ。

だから、関西の自治体は、結構そこに埋め立てちゃうんです。それもあって、大阪でウンコに由来する「汚泥肥料」を農業に使いましょうという話には、なりにくい。

湯澤 単なる埋め立てと肥料化ではコストが全然違うという話も出てきますね。量でいうと圧倒的に多い東京が、下水処理で出る汚泥を全量「火葬」するって書いてあるから、笑っちゃったんですけど、笑えないですね。

でも、燃やさずにコンポスト(堆肥)にするのは、どの自治体もできる訳じゃない。発酵させるプラントがないとできないし、新規で建てるにはお金もかかって住民の理解も得られないし……。山形県鶴岡市のように、昔からあったプラントを活用していたら再評価されたという地域もありますね。

全国一律でできること、できないこと、なぜできないか。この辺りが解き明かされているので、かゆいところに手が届く、政策提言につながりそうなヒントがいっぱいありました。

後編では、ドバイやインドといった世界のウンコ事情を取り上げる。

文・構成/山口亮子 写真/集英社オンライン

『ウンコノミクス』 (インターナショナル新書)

山口 亮子 (著)
「経済発展は、ウンコの中身に反映されている」万博、空調、エネルギー…経済を支える“排泄物の力”とは?
『ウンコノミクス』 (インターナショナル新書)
2025年4月7日発売1,045円(税込)新書判/272ページISBN: 978-4-7976-8156-7

ウンコを経済やエコロジーの視点で見つめ直す!
肥料、熱源、燃料、医療…。その活用分野は想像を超える。
ウンコ活用が日本の切り札になる!

日本人は平均で1日200グラムのウンコを排出する。
米国の150グラム、英国の100グラムと、欧米人と比べても多く、
日本は世界有数のウンコ排出大国だ。

近年、リンの主要産出国である中国が禁輸に動いたり、
ウクライナ危機でロシア、ベラルーシからの肥料の輸入が減ったことで、
世界的な肥料不足が懸念されるなか、ウンコの活用が世界中で注目されている。

肥料だけではない。
養殖海苔に窒素やリンを供給する栄養塩として、
下水熱を使ったビル空調や、冬場に凍結した雪を融かす熱源として、
また、自動車燃料、発電、宇宙ロケットの燃料として、
ウンコの活用分野は、我々の想像よりずっと幅広い。

ウンコとゴミでできた大阪万博会場の夢洲の問題点や、
羽田空港と隣り合う日本最大の下水処理場のレポートを交え、
日本経済を立て直す「ウンコノミクス」の可能性を探る。 

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