コロナ禍でもマスクの買い占めパニックにならなかった台湾では市民がオンラインで政治参加も可能に…社会全体が豊かになるデジタル民主主義の現在地
コロナ禍でもマスクの買い占めパニックにならなかった台湾では市民がオンラインで政治参加も可能に…社会全体が豊かになるデジタル民主主義の現在地

台湾ではコロナ禍初期においてもマスクの買い占めがされなかった。2024年の台湾東部沖地震の際には、勃発からわずか3時間で避難所が設置された。

程度の差はあるがいずれも行政と市民団体との連携がスムーズであることが要因だと指摘されている。このような台湾での国民と政府の信頼関係が日本とはまるで異なる背景にはなにがあるのだろうか。

 

書籍『テクノ専制とコモンへの道』より一部を抜粋し、台湾にデジタル民主主義が根付いたきっかけ、その魅力的なテクノロジーについて紹介する。

市民ハッカーコミュニティg0v

台湾におけるデジタル民主主義の象徴はg0v(発音はgov-zero)である。市民ハッカーコミュニティであるg0vは、テクノロジーを活用して行政府の動きや予算の内容を可視化し、広く市民に伝えることをミッションとする。

g0vが世間の注目を集めたきっかけはひまわり学生運動だった。2014年3月17日に国民党の馬英九が台湾・中国間での通商合意「海峡両岸サービス貿易協定」について、十分な審議を行うことなく強行採決に踏み切ったことに抗議した学生たちは、立法院を3週間にわたり占拠した。

g0vでは立法院を占拠した学生たちの様子のライブストリーミングがサポートされ、参加者同士で議論できる場がつくられ、さらに貿易協定によって人々がどれほどの影響を受けるのか、企業名や事業者番号を入力するだけでわかるツールも開発された。

2014年3月30日には50万人が街頭に出て、台湾では1980年代以来最大のデモが行われた。抗議者たちによる「貿易協定の可決前に再検討手続きを経る」という要求が4月6日に王金平院長によって受け入れられたことにより、占拠はその後すぐに解散した。

このデモは単に抗議するだけでなく、多くの人々が協力しあいさまざまな意見を取り入れたものであったため、政権はg0vの手法に意義を認めるようになった。とくに当時の馬英九政権の政務委員だった蔡玉玲はオードリー・タンをリバースメンターに指名し、g0vの会議にも出席し、g0vプラットフォームを通じてますます多くの政府資料を公開するようになった。

政策プラットフォームvTaiwan&Join

g0vの制度化の過程で、紛争解決を可能にしたこれらの手法をもっと幅広い政策問題に適用したいという要望が高まっていた。また政府は、ひまわり学生運動以後、市民からの信頼を回復する方法を模索していた。



その結果、g0vが公共政策をめぐる審議促進用に開発したプラットフォームvTaiwanが2014年に設立された。たとえばvTaiwan上でプラスチック製の皿とストローの段階的な使用禁止を求める書き込みがなされると、この提案に対して請願に必要な5000名の署名が即座に集まった。

その結果、企業が紙やサトウキビなどの再生可能な資源からストローを製造することを承諾し、環保署(現環境部。日本で言う環境省)が政策として法制化することになった。あとになって、提案者は16歳の女子高生であることが判明した。まだ参政権を持っていない16歳が社会を変えたのだ。

また2015年には政府が運営するプラットフォームJoinがスタートした。Joinでは市民が直接政治に参加でき、誰でも発起人になって自身の政策アイデアをオンラインで提出することができる。

たとえばある学生は、「中学校・高校の授業時間を9時30分から17時までに変更する」という意見を投稿し、1万人以上の賛同者を得た。8時から学校に行き、帰宅したあとも塾に通う学生が多いため、睡眠時間が十分にとれないためだ。

このような請願システムは衆愚政治に陥る可能性もあるが、Joinでは5000人以上の賛同者が集まれば利害関係者を招いて政策の方向性を決める協働会議に入る。

たとえば上記の請願の場合、学生グループと教師、保護者、学者などのグループの代表が集まり会議が行われた。

その際、専門家は睡眠科学についての最新情報から最適な睡眠時間は8時間で最大でも10時間であることを提示した。これによって非合理的な提案があったとしても、議論とエビデンスにもとづいて退けられる。

この会議は意思決定の場ではなく、アイデアを示したり、お互いの意見に耳を傾けたりする場であるが、もちろん熟議だけでなく、いつかは合意を形成しなければならない。そのため台湾ではオンライン上で合意形成のプロセスを可視化する新しいテクノロジーを導入した。とくに有名なのは大規模なグループの人々が協力できるよう設計されたソーシャルメディア・ツールPol.isだ。

パンデミックでの対応

台湾は、新型コロナウイルスの流行下でデジタル技術を駆使して迅速なマスク対策を実施し、買い占めやパニックを鎮めることに成功したことで世界的に注目を集めたが、それも市民参加型のデジタル民主主義の功績である。

先述したように、g0v運動によって活用および強化されたオープンで透明なデータ慣行にもとづき、市民ハッカーたちは政府が提供したデータを利用してマスクの入手可能性をマッピングするアプリを開発した。

これは実際にマスクを購入した人たちがマップ上に各店舗の在庫数をコメントしていく仕組みで、スマホなどの位置情報をもとにマスクがどこにどれくらいあるかを把握し、せっかく出向いたのに購入できないという問題を解消した。

また、マスクの実名販売制データと在庫データの共有先を拡大することで、コンビニでも購入できるようにしたり、オンラインで事前予約ができるようにしたりするなど、改良が重ねられていった。

その結果、世界的な生産対応不足によりマスクの供給が非常に困難であったにもかかわらず、台湾は買い占めやパニックを起こすことなくマスクの普及を達成した。

信頼構築のためのテクノロジー

ここで注目すべきは、最新のテクノロジーやマスク供給といった成果だけでなく、台湾における制度への信頼と、民主主義への参加が他に類を見ないほど高い水準にある点だ。

投票率は、投票が義務づけられている国を除けば世界で最高水準であり、国民の91%が民主主義を「かなり良い」と見なしている。

たとえばマスクの迅速な供給は、前提として市民たちと政府がお互いに信頼していなければ不可能だっただろう。そしてともに解決策を提案し実現するその姿勢は、さらなる信頼構築へとつながっていった。



民主主義制度に対する信頼は、とくにここ十数年の間にすべての民主主義国、とくにアメリカと発展途上の民主主義国で低下している。世界的な様相は一様ではないが、民主主義諸国における主要な制度(政府、公立学校、メディア、法執行機関など)への信頼が低下しているという一般的な傾向は広く見られる。

社会を覆う不信感、信頼の欠如は深刻な問題を招く。国連事務総長のアントニオ・グテーレスは2020年に、SDGsの進展を損なう恐れのある信頼の欠如について警告している*1

また信頼は、社会の秩序維持だけでなく、複雑な結びつきではあるものの経済成長と関連していると言われる*2。たとえば政治学者のロバート・パットナムは、ゲーム理論と歴史を接合しつつ、北・中部イタリアにおいて社会的信頼がいかに経済のダイナミズムや政府のパフォーマンスを支えてきたかを描き出している*3

近年、暗号通貨とそれを支えるブロックチェーンのテクノロジーに注目が集まっており、それは銀行のような第三者や、参加者同士の信頼がなくても稼働する「信頼不要(trustless)」なシステムだと言われる。

他方、Pluralityプロジェクトもこれらのテクノロジーを利用するが、それは信頼不要なシステムではなく、「信頼構築(trust building)」のために使われる。台湾の事例が示しているように、テクノロジーは政府と市民、そして市民同士の信頼構築に貢献できるのだ。

もうひとつの道は可能だ。テクノロジーと民主主義は、互いに最大の味方となりうるのだ。「民主主義」と聞いてうんざりした人もいるかもしれない。

事実、昨今の情勢は民主主義に幻滅する理由に事欠かない。企業リバタリアンや統合テクノクラートでなくとも、投票や熟議に対して懐疑的になるのも無理はない。

しかしオードリーたちの言う「民主主義」は、現行制度の単なる補完にとどまらない。それは、原子論的に構築された近代社会を、多様な人々の協働によって刷新することを目指している。この宇宙は多元的な構造を有しており、人々のつながりは統合テクノクラートや企業リバタリアンの物語には収まらないポテンシャルを持っているのだ。

そのため、既存の民主主義もまた多元性のポテンシャルを活かせていないために批判される*4。多元的テクノロジーは人間の創造性を拡張し、市場取り引きや豊かなコミュニケーションを促進するのである。

民主主義は時代遅れの遺物などではなく、むしろ私たちがこれから歩いていく道/DAOである。その道/DAOを、オードリー・タンとグレン・ワイルは「デジタル民主主義」と呼ぶ。

この道/DAOを歩くのに、天才である必要も、テクノロジーの専門家である必要もない。私たち一人ひとりがぶらぶら歩いたり、ときに立ち止まったり、多様な人々とともに歩いたりすることで、社会全体が豊かになる道/DAO。それがデジタル民主主義なのだ。

脚注

*1 United Nations, “Secretary-General Highlights ‘Trust Deficit’ amid Rising Global Turbulence, in Remarks to Security Council Debate on ‘Upholding United Nations Charter’,” Jan 9, 2020. https://press.un.org/en/2020/sgsm19934.doc.htm
*2 ベンジャミン・ホー、庭田よう子訳『信頼の経済学 人類の繁栄を支えるメカニズム』慶應義塾大学出版会、2023年、73頁。
*3 ロバート・D・パットナム、河田潤一訳『哲学する民主主義 伝統と改革の市民的構造』NTT出版、2001年。
*4 たとえばイーサリアムの創設者であるヴィタリック・ブテリンは、オードリーたちの多元主義は伝統的な民主主義と異なると指摘している。Vitalik Buterin, “Plurality philosophy in an incredibly oversized nutshell,” Aug 21, 2024. https://vitalik.eth.limo/general/2024/08/21/plurality.html

写真/shutterstock

テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?

李 舜志
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テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売1,188円(税込)新書判/264ページISBN: 978-4-08-721369-0世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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