ある人が女性蔑視的な思考に至った経緯を知れば、その気持ちを理解することができる? 合意のための議論が交わせるソーシャルメディア「Pol.is」とは
ある人が女性蔑視的な思考に至った経緯を知れば、その気持ちを理解することができる? 合意のための議論が交わせるソーシャルメディア「Pol.is」とは

ソーシャルメディア・ツール「Pol.is」はさまざまな意見の合意形成のために使用されているシステムだ。特徴は反対意見と賛成意見だけを垂れ流すのではなく、双方のどこに相違点があり、歩み寄りの余地があるかどうかを可視化していることだ。

XなどのSNSでは、意見が異なるもの同士の主張がとかく対立し合うが、そのような分断を煽るツールとは根本的に異なる設計なのだ。

書籍『テクノ専制とコモンへの道』より一部を抜粋し、完璧な合意ではなく、議論を尽くしてお互いが合意を形成するための「Pol.is」の役割について解説する。

Pol.is:橋渡しする意見

台湾でのデジタル民主主義の実践例にvTaiwanが挙げられるが、これは合意形成のプロセスを可視化するPol.isと呼ばれるソーシャルメディア・ツールを使用している。

Pol.isでは、ある投稿について反応できるのは「賛成」「反対」「パス・不確定」の3つのみである。これらの投票は集計されグループにまとめられる。ユーザーは3つの選択肢のうちいずれかをクリックすると、AIがリアルタイムでつくり出すオピニオン・マップのグループ上に自分のアイコンが位置づけられる。

次の図は2015年にUberが台湾に進出した時に行われた議論のオピニオン・マップである*1

Pol.isの特徴は、マップ上に各種グループの代表的な発言が表示されるだけでなく、自分たちと他のグループではどこに主要な相違点があり、どこに歩み寄りの余地があるかも理解できる点である。

追加の質問をすることで意見分布の詳細が明らかになると、「橋渡しする意見」、つまりどのグループでも同意を得られそうな意見をつくっていくことができる。複数の意見グループから賛成される意見をみんなで考えていくことによって、グループ間を結びつけ、「敵か味方か」という二項対立ではない熟議が促されるのだ。

このような熟議プラットフォームは、台湾だけでなく主要なAIの方向性など、重要な政策や設計の決定を行うために各国で使用されはじめている*2

SNSの脱構築

以上のメカニズムを活用すれば、既存のSNSで生じがちな対立を、対立の構図そのものをずらすことによって緩和することもできるだろう。

それをフランスの哲学者ジャック・デリダにならって「SNSの脱構築」と呼びたい。脱構築とは、かなりかみ砕いて言うと、敵と味方、善と悪のような二項対立をずらし、相対化することで、意味や解釈の多義性を明らかにすることである。

たとえばSNS上でしばしば見られるフェミニズムと反フェミニズムの対立を例に挙げよう*3。あなたは、女性差別はけっして許されるものではなく、フェミニズムの方に理があると考えるとする。

そのため、ミソジニー(女性嫌悪、女性蔑視)的な発言をする人たちのことは心底軽蔑している。こうして「われわれ」と「やつら」の対立図式が簡単に生まれる。

しかし差別的な発言をするアカウントの他のポストを見ていると、障害があったり、劣悪な状況の中で生きていたりするパターンがある。

他方、ミサンドリー(男性嫌悪、男性蔑視)的な傾向がある人たちも、たとえば性被害のトラウマが激しく、フラッシュバックで過剰に反応してしまう状況にあったり、彼女たち自身にも障害があったりする。

このように、SNS上のごく断片的な発言の背景を掘り下げていくと、「男/女」、「フェミニズム/反フェミニズム」の対立は、事態をきわめて単純化していることが理解できる。Pol.isのようなプラットフォームを使えば、この単純化を緩和することができるはずだ。

たとえば単純に「男/女」という対立軸ではなく、両者が共有するある種の「弱者性」は橋渡しをする意見を提供するだろう。あるいは、「男/女」だけでなく「強者/弱者」のような別の対立するグループの存在を可視化すれば、従来の「男/女」という境界線を流動化することが可能になる。

さきほどのPol.isの図を見ればわかるように、あるテーマに関して意見のグループは複数存在する。それぞれが異なる意見を持っていることは、グループが境界線によって閉じられていることではっきりと示されている。



しかしPol.isのテクノロジーでは、同時に、グループ同士をつなぐ橋を発見することもできる。グループは完全に開かれてはいないが、完全に閉じてもいない。そこには完全な敵も味方もおらず、ゆるやかな共感と合意の可能性がある。

以上のように、対立している集団の間に実は存在する共通点や共感するポイントを発見することによって、「敵/味方」という対立はずらされ、憎悪は緩和される。テクノロジーを使ってSNSを脱構築することは、他者や世界に対する認識を豊かで複雑なものに変えていくことにつながるだろう。

Pol.is2.0

さらに、意見をグループ化するPol.isの機能をより発展させると、オンライン上の議論をより洗練させ、合意形成を促進するツールをつくることができる。それがPol.is2.0だ。

これまで見てきたように、Pol.isは自分の意見や他人の意見をグループにまとめ可視化することによって、橋渡し的な意見を提供したり、目立っていない新しい意見を引き出したりすることができる。

Pol.is2.0の特徴は、ある投稿についての意見を投稿したあとに、そのフィードバックとしてヴァーチャル・オピニオン・リーダーと対話できる点である。Pol.isで集められた意見を大規模言語モデルを使って要約し、ユーザーと熟議できる仮想のアバターをつくり出すことができるのだ*4

このアバターは、ユーザーとの熟議や投稿された意見から学習することによって、より洗練された対話のパートナーをつとめるようになる。

たとえば○○反対派の人は、○○賛成派がその主張をどのように正当化しているのか、アバターと対話することで知ることができる。それによって「自分と意見が異なるのはあいつらが馬鹿だから」という浅薄な理解をあらため、どのように説得すればいいのか熟考することができる。

また、対話の中で自身の考えを修正することもあるだろう。

このアバターは、ともすればAI代議士として、民主主義の発展ではなくテクノクラートによる統治を強化しうるツールである。

しかしPol.is2.0は、「AIに政治を任せよう」ではなく、あくまで人間が熟議をするためのツールである。というのも、テクノロジーによって拡張された熟議には限界があるからだ。

拡張熟議の限界

テクノクラートたちは、AIは人間の意図や解釈を経由せずあくまで計算から導き出された予測に従う、そのため中立的だと喧伝する。

しかし膨大なデータを処理する機械に私たちが従うとき、私たちは人間を超えた機械に支配されているのではなく、人間が過去に設定した隠された仮説に支配されているだけなのだ。

データの相関関係から導出された予測とは、あくまで数学によって物質的世界から抽象されたものにすぎない。現実からの抽象はけっして中立的なものではなく、抽象されたものそれ自体が現実に取って代わるわけではない。

たとえばプログラミングの選択、データの選定、機能の測定基準には先入観や偏見が組み込まれている。地図が土地そのものではないことと同様に、アルゴリズムは何らかの選択の結果なのである。

また、大規模言語モデルは指示に盲目的に従うため、検閲などに悪用されるリスクが懸念されている*5

そのため大規模言語モデルがデジタル民主主義にとって適切なツールとなるためには、ある出力が適切か不適切か、そして多様な観点を反映した合理的な応答が提供できているか、人間が監査し調整する必要がある。

熟議は、分裂を克服して真の「共通の意思」に到達するのに役立つのだ、と理想化されることがある。

しかし多元的な宇宙において、人々はそれぞれ自分なりの価値観を持っている。これまで紹介したツールを駆使したとしても、完璧な合意を目指そうとすると時間がいくらあっても足りないだろう。

そのためオードリー・タンは、「グッド・イナフ(good enough)」のコンセンサスを持つことを強調する。完全ではないけれど、「そこまで合意を得られたのなら、前に進めていい」という意味である*6

そして、大まかな合意への到達は重要だが、お互いの相違や対立を生産的に再生してダイナミズムを促進することも重要である。完全に秩序づけられた静的な宇宙では新しいものが生まれないからだ。

したがって、熟議と他のコミュニケーション様式とのバランスにおいては、紛争の解決や緩和と同じくらい、生産的な差異の刺激にも注意を払う必要があるだろう。デジタル民主主義は、カオスと固定的な秩序の間の狭い回廊を歩いていかなくてはならないのだ。

脚注

*1 Colin Megill, “pol.is in Taiwan,” pol.is blog, May 25, 2016. https://blog.pol.is/pol-is-in-taiwan-da7570d372b5
*2 Yu-Tang Hsiao, Shu-Yang Lin, Audrey Tang, Darshana Narayanan, and Claudina Sarahe, “vTaiwan: An Empirical Study of Open Consultation Process in Taiwan,” SocArXiv papers, Center for Open Science, Jul 4, 2018. https://osf.io/preprints/socarxiv/xyhft
*3 以下の記述は次の藤田直哉へのインタビューを参照。「SNSの文化戦争 二項対立の『脱構築』試み、陰謀論・デマに対抗を」、「朝日新聞」2024年7月31日。
*4 豆泥「初探Polis 2.0:邁向關鍵評論網絡」2023年8月22日。https://matters.town/a/sxvszkiidvhz
またオードリー・タンの次のインタビューも参照。

Audrey Tang, “Conversation with Yasmin Green and Örkesh Dölet,” Ministry of Digital Affairs, Oct 18, 2023. https://moda.gov.tw/en/press/background-information/8655
*5 David Glukhov, Ilia Shumailov, Yarin Gal, Nicolas Papernot, Vardan Papyan, “LLM Censorship: A Machine Learning Challenge or a Computer Security Problem?” arXiv, 2023.
*6 オードリー・タン述『オードリー・タンが語るデジタル民主主義』前掲、185頁。

写真/shutterstock

テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?

李 舜志
ある人が女性蔑視的な思考に至った経緯を知れば、その気持ちを理解することができる? 合意のための議論が交わせるソーシャルメディア「Pol.is」とは
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売1,188円(税込)新書判/264ページISBN: 978-4-08-721369-0世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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