
先日公開された『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』。蟲(むし)柱・胡蝶しのぶが上弦の鬼と激突する――。
物語を通して芽生えた感情、そして『鬼滅の刃』が教えてくれた「思いを繋ぐ」という価値観について、語った。 (以下、「」内は早見氏のコメント)。
声優・早見沙織が胡蝶しのぶに乗せた想い
早見は原作を初めて手に取った時のことを振り返る。胡蝶しのぶが「蟲の呼吸」と知った時、キャラクター性とのギャップに驚いたそうだ。
「最初の印象だけ見ると、しのぶさんは柔らかい雰囲気だと思います。すごく優雅ですし、隊士の皆さんにも献身的にお世話をしてあげたり、『鬼も人もみんな仲良くすればいいのに』と言っていますので。なので『蟲』と聞くとそのイメージとは少し離れてるように思いますよね」
しかし、そのギャップこそがしのぶの魅力でもあるという。
「意外性も含めて自分にとっては、しっくりきたんですよ。うまく言えないのですが、そこがこの人なのだと感じます。胡蝶しのぶは、決して胡蝶カナエではない。姉とは違う流儀で自分の道を切り拓いた存在。姉の羽織をまとって自分の中に落とし込んでも、“しのぶはやっぱりしのぶ”なんです」
そんな胡蝶しのぶのキャラクター性に、憧れる部分もある。
「しのぶさんは隊士の皆さんや炭治郎君や善逸君たちに、ふざけてからかうようなことや、イジワルなことも、あえて言ったりしますが、根本はものすごく真っ直ぐで、自分の中で強く燃えるような想いを持っている。
相手に対しても、立ち向かっていくという強い意志がある人です。だから彼女に憧れるようなところもあるんですよね」
胡蝶しのぶに早見さん自身が重なる部分はあるかと尋ねると、アフレコをやっている時に湧き上がってくる特別な感情についても打ち明けてくれた。
「やっぱり収録の時にすごく彼女に影響されているというか。しのぶさんを演じている時は、お腹の底からいろいろな感情が湧き上がってくるんですよね。なにか扉を開いてくれるような感覚。しのぶさんが持ってる意思に触れると、出てくる部分なんです」
逆に自分にない部分は気風の良さだと語った。テレビアニメ「竈門炭治郎 立志編」第二十五話の『継子・栗花落カナヲ』のシーンを思い出しながら静かに言葉を紡いだ。
「カナヲが桟橋で紐に繋がれて売られそうになっているところを、しのぶさんが小銭をバッとばらまくところ。『これで足ります?』と言ってカナヲを助けるシーンです。自分だったらあそこまで思いきれないだろうなと思います。納得いかないことがあれば、ハッキリ言うところも、彼女とは少し違う部分です」
胡蝶しのぶの本心に触れた場面
作品のなかで最も印象に残ってるセリフは? と質問すると「たくさんあるから」と微笑みながら頭を抱える。
「炭治郎君と屋根の上で話すシーンがすごく好きで。『私はいつも怒っているかもしれない』と告白するところは、ハッとしました。作品をご覧になってる皆さんもあのシーンで、しのぶさんの心の核の部分というか、深層心理に触れたような感覚になる瞬間だと思っています」
『鬼に最愛の姉を惨殺された時から 鬼に大切な人を奪われた人々の涙を見るたびに 絶望の叫びを聞くたびに 私の中には怒りが蓄積され続け 膨らんでいく』この独白のようなセリフは早見自身にも強烈なインパクトを植えつけた。
「周りの人に対して、姉のようにすごく穏やかですし、落ち着いて冷静に状況も判断できる。強くて頼もしい胡蝶しのぶを、あの一言で覆されるというか。しのぶさんの怒りはあの時からずっと変わらないのだなと。あれは炭治郎君でないと、気づけなかったかもしれません」
胡蝶しのぶの中でうずまき続けてきた「感情」の部分に思いを馳せる。
「その後に『だけど少し…疲れまして』と話します。 胡蝶しのぶの、不器用だけど逃げないという生き様の中で、少しだけ見せる本音の疲労感のようなものに触れたのが印象的でした。その蓄積された感情が『無限城編』でも、さらけ出されていきます」
そんな早見が「鬼滅の刃」との出会いで変化した価値観について言葉を選びながら話した。
「鬼滅の刃では『繋いでいく』というのがすごく大切な鍵なのかなと思います。
アフレコは、声優同士が互いの演技に影響を受けながら感情や表現を紡いでいく、まさに“会話”によってつくられる作業だという。
「ただ、鬼滅の刃は、その渡し合うというのが顕著に大事にされる作品です。姉さんの想いを自分が受け継ぐ。それをカナヲだったり炭治郎君という人の存在に繋いでいく。そういった個ではない感覚。この作品に関わるとすごく気づかされますね。何でもそうだと思うのですが、1人だけではできないと気づかされます」
胡蝶しのぶに秘められた強さと、作品の鍵の一つとなっている“想いを繋ぐ”というテーマ。その両方に触れることで、早見沙織自身もまた、大切ななにかを受け取り、次へと手渡しているのかもしれない。
取材・文/桃沢もちこ 撮影/齋藤周造