
近年は、鉄道会社がアニメなどのエンタメ・コンテンツとコラボする例が増えている。その狙いは、業種の垣根を超え、新たな価値を創出する点にある。
「ONE PIECE新幹線」ついに出そろう
最初に紹介するのは、JR西日本が運行する「ONE PIECE新幹線」だ。これは、尾田栄一郎氏原作の『ONE PIECE』の世界観を山陽新幹線に反映させた企画で、その第1シリーズが2025年4月にデビューした。車体や車内各所に『ONE PIECE』のキャラクターがデザインされ、車内放送や車内タイムもTVアニメ『ONE PIECE』オリジナルのものとなっており、話題を呼んだ。
そして今年7月2日、新大阪駅で「ONE PIECE新幹線」の第3シリーズが報道陣に公開された。ホームで待っていると、見慣れない車両が入線してくる。先頭車の車体側面には「ONE PIECE SHINKANSEN」の文字。車体の外側と内側(車内)には、『ONE PIECE』の主人公であるモンキー・D・ルフィ(以下、ルフィ)のイラストが随所にあった。
『ONE PIECE』は、言うまでもなく超人気漫画だ。1997年7月から現在まで、集英社の『週刊少年ジャンプ』で28年間連載され、漫画界のトップを走り続けてきた。東映アニメーションによってアニメ化され、多くの視聴者に支持されている。
JR西日本がどういう意図で『ONE PIECE』とコラボしたのか。同社の担当者に聞くと、鉄道と同作品のイメージに重なる部分があるからだいう。
『ONE PIECE』は、海賊王を目指す主人公の少年・ルフィが中心となる“麦わらの一味”が、冒険をしながら「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を探すという物語だ。仲間とともに航海し、「旅」をする物語でもある。
その点、JR西日本グループが提供する西日本エリア内の魅力あるスポットや特産品は、同作品でキャラクターが探す「宝」のイメージと重なる。「鉄道(レイル)」と同作品の「航路(グランドライン)」は、どちらも「旅」のルートでもある。
また、同作品は世代を問わず人気を博していることと、さらに海外にもファンが多いこともJR西日本が「ONE PIECE新幹線」を企画した理由だという。同作品とコラボした列車を走らせれば、同作品のファンや鉄道ファンだけでなく、大阪・関西万博を機に、国内・海外から関西に集まる人々に乗車してもらえる可能性があるからだ。
まず、既存の車両を『ONE PIECE』の世界観を反映した車両に改装して、山陽新幹線に走らせた。車両は8両編成で、3つのシリーズがある。第1シリーズ「せとうちブルー号」が4月12日、第2シリーズ「トニートニー・チョッパー号」が5月28日、そして第3シリーズ「モンキー・D・ルフィー号」が7月2日にそれぞれ営業運転を開始した。
これで「ONE PIECE新幹線」の車両は出そろった。しかし、企画はこれで終わりではない。
駅やその周辺の観光地を“ひとつなぎ”に!
本年7月2日から9月30日までは、「ONE PIECE新幹線 夏の大冒険!!キャンペーン」が開催中だ。抽選でオリジナルグッズが当たるデジタルスタンプラリーや、Xでの写真投稿キャンペーンを行っている。
さらに7月末頃からは、山陽新幹線全19駅を、『ONE PIECE』各篇の舞台になぞらえ、各駅に「ONE PIECE新幹線スペシャルゾーン」を設ける。オリジナルアートや、各駅の観光地を『ONE PIECE』の1シーンと名セリフで表現するなどにより『偉大なる線路(グランドレイル)』を盛り上げていくという。
つまり、「ONE PIECE新幹線」は、単に車両だけでなく、駅やその周辺の観光地とリンクさせ、山陽新幹線全体を盛り上げる企画なのだ。車両は、山陽新幹線の各駅に停車する列車「こだま」として走る。
先述の担当者によると、『ONE PIECE』の世界観の再現に注力したという。同作品のファンの期待に応えるため、集英社や東映アニメーションの監修を受け、原作の世界観に近づけたそうだ。
第1シリーズ「せとうちブルー号」は、大阪・関西万博の開幕日(4月13日)の前日にデビューした。その日は土曜日だったこともあり、新大阪駅のホームには大勢の人が集まり、列車を出迎えた。
大阪駅前に現れたパブリックアート
そしてJR西日本と集英社関係の漫画家がコラボしたのは「ONE PIECE新幹線」だけではない。昨年にはパブリックアート「THE FOUNTAIN BOY」を誕生させた実績がある。
これは、大阪駅にかつて存在した「噴水小僧」をモチーフにしたステンドグラス作品で、荒木飛呂彦氏が制作した。荒木氏は、週刊少年ジャンプやウルトラジャンプで『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズを連載してきた人気漫画家だ。
「THE FOUNTAIN BOY」は、JR大阪駅西口にある。この作品は、大阪駅と直結する高層ビル「イノゲート大阪」を中心としたアートプロジェクト「WARP(ワープ)」の作品群の一つだ。同ビルは、大阪駅西側の再開発によって2024年7月31日に開業した。現在、JR西日本のグループ企業(JR西日本ステーションシティ)がこのビルを運営している。
JR西日本の担当者に聞くと、「ONE PIECE新幹線」は鉄道の利用促進、「THE FOUNTAIN BOY」は大阪の文化やビジネスの発展、イノベーションの創出を目的としているそうだ。
同社は、一見鉄道とは縁遠そうなコミックスやアニメなどのコンテンツとのコラボを試みた。このことは、“鉄道×エンタメ”の相乗効果で新たな価値を生み出したユニークな例だと言えるだろう。
取材・文/川辺謙一