
SNSで「頂き女子りりちゃん」を名乗り、複数の男性から1億5000万円余りを騙しとった罪で現在服役中の渡邊真衣受刑者。2023年に逮捕され、2024年の第4回公判では懲役13年、罰金1200万円が求刑された。
書籍『渇愛:頂き女子りりちゃん』から一部を抜粋・再構成してお届けする。
「あの、ホストを刺しちゃった女のコが羨ましい」
第4回公判の「懲役13年、罰金1200万円」という求刑は、「あまりに重い」と世間を騒がせていた。
確かに、彼女が被害者男性たちの恋心を逆手に取り「結婚」や「同棲」を約束して、大金を騙し取ったのは事実だ。だが、被害者の身体に重傷を負わせた殺人未遂であっても刑期は10年以下であるケースは少なくない。私も、「懲役13年」は重いのではないかと感じた。
求刑をつきつけられた彼女は大丈夫だろうか。心身不安定になってはいないだろうか─渡邊被告が痩せた姿でうつむきながら肩を震わせていた法廷での姿を思い出し、おそらく大きなショックを受けたであろう彼女のことを私は案じていた。
そんな私の元に、渡邊被告から手紙が届いた。住所は春日井の留置施設から名古屋市内の拘置所に変更されており、いつの間にか移送されていたようだった。内容を読むと、そこには衝撃の内容が記されていた。
《てゆーか! 求刑13年!! やばすぎでーす!!(笑)思ってたのより全然重くて(9年10年と思ってた)ぎょーんって感じです。それほど、私がしてきたことはちょーぜつ悪なことだったのだなあと、実感しましたあ。
渡邊被告は独特の表現で求刑の重みについて綴りつつ、続けてこんなふうに書いていた。
《そーそ。はー生きるのやだーってなって夜うでをペンで傷つけまくってたら、審査くらっちゃいましたー。ペンとか、直子さんがくれた、蛍光ペンもごめんしゃーい(泣)没収されちゃいましたー。うー。明日、なんか懲罰審査会とかいうのが開催されるらしく、自傷容疑者として審議されるみたいです》
ショックのあまり自傷行為に及んだことを明かした渡邊被告に驚き、心配になった私は即、電報を送った。
《大丈夫ですか。怪我はひどいのですか。精神的には大丈夫ですか》《来週会いに行きます》
手紙が届いてから3日後の4月4日。渡邊被告に面会するべく名古屋拘置所へと足を運んだ。名古屋へ行くのは、第4回公判を傍聴した3月15日から半月ぶり。面会をするのは1月4日以来だった。
21号面会室に現れた渡邊被告は、公判の時とは別人のように明るい表情だった。
罪状の重さに加え、「自傷行為で、懲罰審査にかけられている」ことが手紙で明かされていたため、かなり心配していたのだが、ちょっとこちらが拍子向けしてしまうほどの笑顔だった。
求刑についてはやはりショックを受けていたようだが、「まあ、しょうがないですよね」という感じでもあった。だが唐突に、こう言うのだ。
「宇都宮さん……私、あの、ホストを刺しちゃった女のコが羨ましい」
「ホストを刺しちゃった女のコ」とは、2019年6月「好きで好きで仕方がなかったから」と、指名していたホスト・琉月さんを刺し、殺人未遂で捕まったA子のことだ。
親が面会にきて、証言台に立ったこと
A子は3年6か月の刑期を終え、現在は配信者として活動している。その持ち前の美貌と、「『好きで仕方なかったから刺した』という理由がエモすぎる」と日本国内のみならず海外にもコアなファンがついており、自身のブロマイドやグッズの販売も行っている。
私は渡邊容疑者が、A子を「羨ましい」と話すのは、「刑期が短かったこと」や「表現者として社会復帰を果たしたこと」を指しているのかと思った。だが、彼女はこう言うのだ。
「あのコは、お母さんが証言台に立ってくれたんでしょう? 教えてください。お母さんって、普通、情状証人として、出廷してくれるんじゃないんですか?」
確かにA子の母親は父親と共に、江戸川区の自宅から小菅にある東京拘置所まで毎日のように通った。法廷にも白いブラウスと黒のスカート姿という〝正装〟で現れて証言台に立ち、娘に対する思いを涙ながらに語った。消え入りそうなその様子は、被告人席のA子だけでなく、傍聴席の人々の涙も誘ったのだった。
「あのコのお母さんは面会にもきてくれて、出廷もしてくれた。結愛ちゃんのお母さんだってそう。私は、あの2人が羨ましい」
それまでのどこかあっけらかんとした様子とは打って変わり、深刻な表情で訴えかけるように話す。
「結愛ちゃんのお母さん」とは、2018年に起きた目黒区児童虐待死事件の犯人・船戸優里受刑者のことだ。渡邊被告は「歌舞伎町の友達」から差し入れてもらった船戸受刑者の著書『結愛へ』を読んだという。
だがその感想は、この事件がいかに凄惨なものであったか、また事件の背景に彼女がDVを受けていたことに衝撃を受けた、といったことではなく、ただ「親が面会にきて、証言台に立ったこと」が胸に響いたと言うのだ。衝撃だった。
「公判前に弁護士が、お母さんに電話して『情状証人として証言台に立ってくれ』と言ったら、お母さんは『ああ、そういうのはいいです』って断ったんです。弁護士が『それで真衣さんの刑期が短くなる可能性があるんですよ』と言っても、『そういうのはいいです』って。
お母さんは私との面会に来ると、優しい言葉を掛けてくれて、差し入れもしてくれるけど、私に事件について聞いたり、今後どうやって罪を償っていこうかという話は一切、してくれない。私が起こしてしまった事件について、一緒に考えていってほしいのに。
お母さんは、私のことや事件について、なんで考えてくれないんでしょう?」
そして、一瞬、黙り込んでからもう一度、言うのだ。
「なぜ、私のお母さんは、証言台に立ってくれなかったのでしょうか」
彼女はひどく傷ついたような表情をして、うつむいた。
セックスって楽しいことばっかだな
渡邊被告の母親の気持ちについては、私は想像をするしかない。渡邊被告の母は、50代前半で私より少しだけ年上。ほぼ同年代だ。渡邊被告と話していると、〝もし、私の先輩である女性ライターが、渡邊被告の母親と同じ立場だったら、私は彼女にどのように声を掛けるだろう〟と考えてしまう。
渡邊被告は公判で自身の生い立ちについて語る際に、「学校にも自宅にも居場所がなくて、小学校高学年から家出をして、ネットで知り合った男性に会いに行き、性行為をする代わりに、泊めてもらうことが増えた」と明かした。また「中学時代の出来事」として自身のSNSにこのように綴っていた。
《中学生、暇な毎日だったから、担任の先生に20代の男の人に車でセックスされましたって、涙出そうな苦しい顔のフリをして言ったら、警察沙汰になって取調べとか受けた、楽しかった。みんな可哀想な風に話しかけて来るのにわたしは『セックスって楽しいことばっかだな』って思った、ちなみに男逮捕された》
母と娘は親子でありながらも、当然ながら別の人間である。まだ年若い自分の娘が、性犯罪に巻き込まれ、警察沙汰になる。学校にも行かなくなり、保健室登校となっている。
そういった生活を日常的に送っていたとしたら、母親としてどんなに〝頑張らなきゃ〟という気持ちがあっても、娘がかわいいと思っていても、どう接していいのかわからず、戸惑うこともあるだろう。
そもそも世間からは、子供を産んだ瞬間から「母性」を求められる傾向がある。
渡邊被告は意識してなのか、無意識なのか、こちらの意図を先回りし、私の欲しい答えをくれようとする。それ故に、真意がわかりにくくなるとも感じていた。だから母親についてもどこまでが彼女の「本音」であるのか理解しきれない部分があったのだ。
「男の人はキモい」って言っていたのは何だったの……?
そう思ったのは、4回目の接見の時だ。4日前の3回目の接見時と比べるとだいぶ落ち着いた様子だった渡邊被告に、コレコレ氏に取材したことを報告し、前回の接見で聞きそびれてしまった「りりちゃんには男性に対する嫌悪があるのでは?」というコレコレ氏の推測について訊ねた。
すると、彼女は笑顔で、こう言うのだ。
「そういうのはありませんよ~」
また、コレコレ氏が明かした「男性になりたい」という発言の真意を聞くと、こう解説した。
「ホストと一緒にいると、自分が女のコである限りは同等になれないんです。私は、男性が嫌いとか、憎いとかそういうのではなく、ホストの男の人たちの〝仲間〟になりたかったんです。
ホストの人たちって、先輩後輩の絆が強くって、開店前はやれミーティング、閉店後もミーティング、ミーティングで、一緒にいても『先輩を超えたい』とか『あの人はすごい』とかそんなのばっかり。私も、一緒に同じ光景を見て、並んで、同じ世界にいたかった。だから男の人になりたかった」
彼女のやっていたことの根底には男性嫌悪や、男性に対する「復讐」という部分があるのではとうっすら考えていた私にとっては意外な答えだった。彼女の「男になりたい」は「憧れ」と同義だったのだ。
私の取材してきたホス狂いの女性たちは、叶わないと思いながらも、担当と交際して「本カノ」となり、最後には「結婚」というゴールを夢見る。口では「カレを応援したいから」「担当ホストは推しだから」と言いながらも、よくよく話を聞いていくと「付き合いたい」という気持ちがあったり、最後には「結婚したい」という願望を口にする。
しかし渡邊被告は「そういうのは一切なく、恋愛感情もゼロ。というかこれまでの人生で恋人自体、いたことがありません!」と言い切り、「あっ!」と思い出したように、こう言葉を重ねた。
「取り調べていた50代のおじさんの刑事さんからは、『真衣ちゃん、あゆ君の取り調べ行ってきたよ。あゆ君は真衣ちゃんにぞっこんだね』と言われました! 歩さんが留置所で夢中で読んでる本の内容が、『少年少女がいて、お互いに好き合っているのに、少女のほうは新しい世界を見つけ、少年のもとを去っていく』とかで。歩さんは、その女のコに置いていかれる少年に自分を重ねているんじゃないかって!」
私の中で芽生えていた渡邊被告に対しての〝あれ? 以前にあれほど深刻そうに「男の人はキモい」って言っていたのは何だったの……?〟という違和感は、すぐに〝刑事の取り調べで、そんなに近い距離感でフランクに話をすることはあるのだろうか……!?〟という衝撃で塗りつぶされ、思わず「取り調べでそんな話をするんですか!?」と驚きのあまり前のめりになって尋ねた。
そんな私を見て、彼女は目をキラリとさせ、どこか満足そうな笑みを浮かべた。
そんなふうにこちらが少しでも興味を持ちそうな内容を、彼女は自分の体験の中から探し出し、意図的なのか、そうでないのかはわからないが、コミュニケーションを取ろうとするのだ。
渇愛: 頂き女子りりちゃん
宇都宮 直子
「頂き女子」に迫った衝撃ノンフィクション
複数の男性から総額約1億5千万円を騙し取った上、そのマニュアルを販売し逮捕された「頂き女子りりちゃん」に迫った本作に大絶賛の声続々!
◎町田そのこさん
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。
◎橘玲さん
すべてウソで塗り固められた詐欺師
家族や社会から傷つけられた犠牲者
彼女はいったい何者なのか?
―選考委員激賞!第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作―
◎酒井順子さん
りりちゃんの孤独、そして騙された男性の孤独に迫るうちに、著者もりりちゃんに惹かれて行く様子がスリリング。都会の孤独や過剰な推し活、犯罪が持つ吸引力など、現代ならではの問題がテーマが浮かび上がって来る。
◎森健さん
今日的なテーマと高い熱量。とくに拘置所のある名古屋に部屋を借りてまで被告人への面会取材を重ねる熱量は異様。作品としての力がある。
◎河合香織さん
書き手の冷静な視点とパッションの両者がある。渡邊被告がなぜ”りりちゃん”になったかに迫るうちに著者自身もまた、”りりちゃん”という沼に陥り、客観的な視点を失っていく心の軌跡が描かれているのが興味深い。