
作家、建築家、画家、音楽家、「いのっちの電話」相談員として活動する坂口恭平さん。彼が若い頃に出会った優秀な「事務員・ジム」との対話を通じ、夢を叶えるために大切な事務作業を学ぶ書籍『生きのびるための事務』。
書籍より一部を抜粋・再構成しお届けする。
未来の現実をノートに描く
「10年後の自分のある1日の様子を書くってことだよね?」
僕はそうジムに聞きました。少しずつ要領を摑めるようになってきたような気がします。なるほどです。確かに僕は自分の現実のことを知ってはいました。でもぼんやりです。毎日、毎月いくらかかっているのか、それを数字で明確に知ろうとほとんどしていなかったのですから今となっては驚きです。それでどうやって生きていたんだろうとすら、今は思っちゃってます。ジムの思う壺なんでしょう。
今の今、僕が毎日、どのような時間を過ごしているのかなんて、おそらく一度もノートに書き記したことはありません。もちろん、日々の予定を手帳に書き込んではいました。何日に何をするのかは、書いていたんです。
そんな調子で仕事ができるでしょうか。確かにバイトであれば問題ないのかもしれません。何時に何をするってことがそれなりに決まっているし、僕もいつでもそれを書き記すことができます。とは言っても、23歳の僕はこれまでほとんどバイトですらやったことがありませんでした。時々、イトーキという事務用家具の組み立てと配置をする日雇いに行っていました。日給1万円の仕事、でもそれくらいです。
「恭平は何をする人になりたいんですか?」
「え、俺は……、建築家を目指してたけど、今は本を書く人になりたいんだよなあ。音楽家にもなりたいし、それに絵を描くのも好きだしなあ。それってなんて言えばいいんだろうね。《将来の夢》ってことだよね」
「だから、《将来の夢》なんか必要ないですよ」
「あ、そっか」
「夢なんか必要なくて、必要なのはいつだって、《将来の現実》ですよ」
「将来の24時間だね」
「はい。
「朝5時には起きたいね。朝から好きなことやっているとマジで幸せな気持ちになるからね」
「大事ですね。じゃあ朝5時に起きましょう。あの恭平……」
「ん?どうしたジム?」
「《将来の現実》に、面白くないことは1秒も入れないでくださいね」
「それはびっくりだけど、ただひたすら嬉しい命令だね」
「命令は楽しいことだと嬉しくないですか?」
「嬉しい(笑)。よし、絶対、嫌なことは将来の24時間に入れない」
「何が一番嫌ですか?」
「バイトすることかな」
「じゃあ、人からやりたくないのに命令されて働く時間はもう完全に除去してくださいね」
「はい、感情的ではなく、事務的に排除します」
24時間を埋めていく
「で、朝5時に起きて、何がしたいんですか?」
「俺、作家になって、原稿を書きたい!」
「じゃあ、朝5時に起きて、まずは執筆しましょう。朝ごはんは食べますか?」
「時間がもったいないから、食べずにやる」
「何時まで?」
「朝9時に仕事が終わってると、なんか気持ちいいな」
「いいですね。9時に終わったら何をしますか?」
「ゆっくりコーヒー飲みながらタバコ吸って休憩」
「どこのコーヒーですか?」
「俺の友達で、1人でブラジルに行って、農場のヤツと仲良くなって、そこのコーヒー豆が一番美味しい豆だって言って、自分で取り寄せて焙煎をフライパンでやっているホセってヤツがいるのよ。店とか全然持てない貧乏なヤツなんだけど、周りの仲間が定期購入してるから仕入れるお金だけはいつもしっかり持っててさ。それで全国フラフラしながら焙煎して喫茶店に豆を売って暮らしているんだけど、そのホセの豆を10年後も買って飲んでいたいな」
「いいですね。そうやって細部まで具体的に決めることが大事です。じゃあホセのコーヒーはいくらですか?」
「ホセの豆は1杯100円なの、1日2杯飲むから、月に6000円かな」
「具体的なお金の金額も入れておくと、《将来の現実》が《現実》により近くなっていくのでおすすめです」
「9時から10時までたっぷり1時間、タバコ吸いながらコーヒー飲みつつ寝転がって読書したい」
「じゃあ、休憩&読書って書いておきましょう」
「その後は、絵を描きたいな」
「どんな絵ですか?」
「今は細かい絵を描いているんだけど、写真撮影したものを色鉛筆で描くのも楽しいし、いろんな絵を描きたい」
「ずっと描きたいですか?」
「あ、でも俺、なんか一つのことに集中しすぎると、それも落ち着かなくなるから、1日2時間でいい!」
「じゃあ10時から12時までは絵を好きに描くってことにしましょう。お昼ごはんの時間は必要ですか?」
「いや、いらない、コンビニで適当におにぎり買いつつ、散歩しながら、次の作品の構想練りたい」
「じゃあここは散歩&コンビニってことで」
「それは1時間くらいでいい」
「1時までですね。それからは?」
「次は音楽だね。
「音楽はどれくらい?」
「意外と曲作るの時間がかかるから、4時間くらいかな」
「はい、これでもう午後5時まできました」
「でも、これでお金稼げてるんかなあ」
「どうしますか?そういう作業入れときます?」
「うーん。どうかわからないけど、今の感触としては連載原稿とか、そういうことはありうるかな。ビジネスワークも入れといたほうが自分としては安心かも」
「へえ、意外と石橋を叩いて渡るタイプですね」
「午後5時から午後7時までは依頼仕事をやるってことで。それで1日の仕事は終わり!」
「ご苦労様でした」
「後はゆっくり、ごはん食べて、お酒飲んで、風呂入って夜9時には寝ちゃおうかな。本当は、俺、9時ごろ眠くなるんだよね」
「その頃はお子さんもいるかもしれませんからね。ちょうどいいかも。子どもたちも早く寝ますよ」
「で、また翌日の朝5時まで8時間睡眠をとる」
「十分だと思います」
「これでできた!」
将来の現実
「《将来の夢》とかマジでどうでもいいのわかります?」
「わかるわかる。もうわかったよ。将来にも現実と夢があるんだから。なるほどね、《将来の夢》ばっかり追いかけるからふわふわしてて、手が付かず路頭に迷っていたわけね。《将来の夢》はどうでもよくて、《将来の現実》はこのようになります! っていうことだったら簡単にノートに描けば示せるね。これはすごいことなんじゃないの、ジム?」
「でも一度やれば、なんでこんな当たり前のことが、って思いますよね?」
「確かに、未来だってやってくるのは毎日の24時間という現実だもんね」
「そうです。恭平も24時間の設定が完了しましたから、これからは作家になりたい、なんて馬鹿みたいなことを口走るのではなく、朝5時に起きて、そのまま朝9時まで原稿を書き続けたい、と言えばいいんです。
「だってジムも『こち亀』に負けないくらい書き続けてきた作家だもんね」
「はいそうです。1円も稼いでませんがね。でも幸せなんです。私はやりたいことしかやっていないし、何一つ困っていないんですから」
「最高じゃんジム」
「きっとあなたもそうなりますよ。《将来の現実》のヴィジョンがはっきりしてますから」
「現実がはっきり見えてないのに、夢なんか見えるわけないもんね。将来の夢がわかんないっていう人、周りに多いんだよ。だから就職するんだって」
「間違いの始まりですね。《将来の現実》が見えていない以上、その仕事を上手く発展させることは、できないでしょう」
「彼らにも、将来の24時間で何をしているかを描いてみなよって、教えてあげたらいいんだね」
「そうです。自分が知っていること、助かったことを人に教えてあげると、さらに上手くいきます。
「成長?」
「はい。あなたが作品を作り続けていったら技術はきっと伸びるでしょう」
「確かに、きっとそうなるんだろうね」
「《事務》も同じです。継続することで、どんどん伸びていくんです。それこそ今の段階で描けなかった《将来の現実》まで描けるようになります」
「それこそ、《将来の夢》も!」
「もちろんです。《将来の夢》も侮ってはいけません。《将来の現実》が《現在の現実》にしっかりと根付いてきたら、次は《将来の夢》に向かっていくんです。《現実》と《夢》、この二つが揃ってこそ、我々の生きている人生です。そのためにもまずは《現実》を味方につけましょう」
生きのびるための事務
坂口恭平
10万部突破のべストセラー漫画『生きのびるための事務』、ついに原作テキスト版が書籍化!
あなたに足りないのは、才能や能力や運ではなく、《事務》でした。
ピカソもやってた《夢》を《現実》にする具体的なヒントと方法を全11講で学べます。
書籍化にあたって新たに書き下ろされた「あとがき」や
坂口さん本人が描き下ろした多数の挿絵に加え、
巻末には坂口恭平さんと糸井重里さんによる5万文字にも及ぶ特別対談を収録。
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糸井 坂口恭平という人のことは、僕ももともと、うすうす知っている状態で。
坂口 あ、ほんとですか。
糸井 でも「この人は天才だから、会わないほうがいいな」と思ってたの。
-- 中略 --
坂口 僕自身やっぱり、糸井重里という人を参考にしているところが、たぶんあるんです。
糸井 ある……かもね(笑)
([特別講座 坂口恭平と糸井重里、はじめて会う]から抜粋)
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【スケジュール管理】【必要なお金の確認】【継続するコツ】、誰でもすぐにはじめられる実践的な《やり方》。
《夢》を《現実》にするために必要なのは才能や能力や運ではなく、《事務》でした。
必要なものはノートだけ。
【目次】
第1講 事務は「量」を整える
第2講 現実をノートに描く
第3講 未来の現実をノートに描く
第4講 事務の世界には失敗がありません
第5講 毎日楽しく続けられる事務的「やり方」を見つける
第6講 事務は「やり方」を考えて実践するためにある
第7講 事務とは「好きとは何か?」を考える装置でもある
第8講 事務を継続するための技術
第9講 事務とは自分の行動を言葉や数字に置き換えること
第10講 やりたいことを即決で実行するために事務がある
第11講 どうせ最後は上手くいく
あとがき
特別講座 坂口恭平と糸井重里、はじめて会う