
現在までに30冊以上の著書を出版し、作家として精力的に活動する坂口恭平さん。その夢を叶えたのはひたすら現実的な「事務作業」だという。
書籍『生きのびるための事務』より一部を抜粋・再構成し、抽象的なイメージを数字や文字に置き換えて、具体的な値や計画として見える形にする技術をお届けする。
事務の世界には失敗はない
「10年後の年収は1000万円でしたよね」
「そうだね。正直2000万円とかいっているイメージはないよ。でも300万円って感じでもない。1000万円いってたら嬉しいなって」
「楽しくないことは一切しないでいいですから、それでいいんです。楽しくないことの《事務》なんてなんの意味もありません。楽しむためにだけ《事務》があるんです」
「そう考えるとさらにやる気になるよ」
「では1000万円の内訳に入りましょう」
「いいね、《事務》っぽい」
「はい、1000万円をどうやって稼いでいるのかをイメージしてみてください」
「うーん……、1000万円なんか稼いだことがないからな……。今のところ、僕は一度も作品を売ったことがないし……」
「それでもできますよ。《将来の現実》が見えたんですから。大丈夫です」
「あっ、ジム!」
「どうしました?」
「俺、作品を売ったことがあった!小学5年生のとき」
「へえ、それは興味深いですね」
「俺、サンリオっていうメーカーが作ってる文房具が好きでね、『みんなのたあ坊』っていうキャラクターがいて、それが傑作でさ。自分もキャラクター商品を作ってみたいと思ったのよ。コピー用紙に色鉛筆で罫線を引いて、下のほうにキリギリスを主人公にしたキャラクターを描いてさ。既成の封筒を分解して構造を学んで自分でも封筒まで作ってみてね。
「素晴らしい。もう既に《事務》をやっていたわけですね」
「確かに」
「じゃあその調子で、自分が何をどれだけ売れば1000万円になるかをイメージすればいいんですよ」
「そっか。50円のレターセットだと……20万セット売らなきゃいけないね。それはちょっと大変だ」
「もう少し値段上げていきたいですね」
「例えば朝書いている執筆原稿が本になったとしたら、1冊1500円だから6666冊売れば1000万円になるな」
「それは現実的な感じですね」
「でも待てよ。出版社が出してくれるってことになったら、全部俺のところには入ってこないよね」
「そうなりますね。大抵本の印税は10%くらいだって聞いたことがあります」
「そうすると、1冊150円しか入ってこないのか……。6万部以上売らなきゃいけない」
「イメージできますか?」
「6000部は売れそうな気がする。でも6万部だと売れても1、2回って感じだな」
「そうすると100万円くらいしか入ってこないですね。でも、イメージが暴走していないのはとてもいい流れです。自費で出版している感触はありますか?」
「うーん。自力で出版するとなると俺が先にお金を払うわけじゃん。
「でも年収が1000万円を超えてくると、考えられそうですね」
「それはあり得るね。《将来の現実》が10年後に《現実》になっていれば、さらに10年後の《将来の現実》で自費で本を出版することも描けそう」
抽象的なイメージを数字や文字に置き換える
「それはあり得そうな気が私もします。他人が思えることですから、とても素直で自然なイメージなんだと思います」
「こうやって具体的に《将来の現実》を考えていくと、自分が成長することもちゃんと計算に入れるようになるね」
「それが《事務》のいいところなんです。《事務》とは抽象的なイメージを数字や文字に置き換えて、《具体的な値や計画》として見える形にする技術です。数字に置き換えたり、時間に置き換えたり、文字に置き換えたり。一つ具体的な値が見えるようになると、その《具体的さ》というものには命が宿るんですよね。
命あるものですから、当然のようにその瞬間から成長を始めるんです。10年後のあなたはまだ自分で出版する力はないかもしれませんが、年収1000万円の生活が続けば、当然のように貯蓄も増えますからね、きっと20年後には自分で出版社のようなこともできているはずです。
1ドル紙幣を200年前から持っていてももちろん1ドルのままですが、1ドルの株券を持っていると現在では6000万円以上になってるみたいな、よく株式投資についての本に書いているグラフから学べるのは、株式投資しろってことじゃなくて、1ドルは成長しないけど、株、つまりなんらかの人間が興した会社ってものの価値は必然的に成長するってことです。人間は植物と同じように必ず成長するんです」
「というわけで、恭平、あなたが《失敗》することはありません。やっていることが《好き》であれば。
さて、先に進めていきましょう。20年後はまたのちに設定するとして、まず10年後のあなたは本を出版しています。1万部は売れてますか?」
「1万部までならなんとなく見える。10万部は見えてないね。5万部くらいが時々あると嬉しいけど、ベースは1万部で考えていきたい」
「具体的で素晴らしいです、飲み込みが早いですね。1500円の本を1冊書くと150万円入るという計算です。1000万円にするためには6冊以上書く必要があります。見えますか?」
「いや見えないな。6冊はさすがにやりすぎでしょ。
「でも俺、今から10年後も毎日ずっと原稿書くんだもんなあ」
「そうですよ、1日、原稿用紙だと何枚くらい書けるといいんですか?」
「小説家の村上春樹さんは1日に原稿用紙10枚書くんだって。どんなときも10枚だってエッセイに書いてた。それくらい書きたいね」
「書いたことありますか?」
「論文なら大学ノートに書いてたけど、そのときは1日でノート10ページだった。挿し絵も入ってたけど」
「できそうですね。単行本1冊って原稿用紙だと何枚くらい必要なんですか?」
「それは知らないなあ。でも村上春樹さんのエッセイ読むと、1日10枚を半年続けるらしいのよね」
「それだとざっと1800枚ですね」
「でも彼のは長編でしょ?上下巻でそれぞれ500ページずつくらいあるんじゃないかな。1冊200ページの本なら原稿用紙350枚くらいってとこかな?」
「毎日10枚書いたら、1ヶ月半で書き上げられそうですね」
「……でもさ、書くネタがあればいいけど、なければ書けないよね……」
「そうやって考えると、急に難しくなるの、わかります?」
「ん?」
「何か一つの素晴らしい作品を必ず作らなくちゃいけない、みたいになると、そのために準備して、構想して、構成を書いて、原稿を書いて、推敲して、って行程があって、年に1冊出せるか出せないかわからない、みたいになるじゃないですか」
「そうすると年収150万円になっちゃうね。それまずいわ」
ただ書くことと本を作るとでは全く別
「そこで《事務》の側から考えるんですよ。書くネタとか、1冊を完璧な完成品として仕上げるとかはどうでもいいです」
「どうでもいいの?」
「はい。私は作家でしょ? だから経験者なので、参考になると思いますが」
「気になる気になる。どういうこと?」
「まず完成品を作ろうとしなくていいですし、ネタとかどうでもいいんです。事務的に考えると[ただ書く]ことと[本を作る]とでは全く別のことです。完成品なんか実はどうでもいいんです。
「え、どういうこと?」
「ただひたすら[書くこと]が《好き》なんです。はっきり言うとなんでもいいんです。書いていたら楽しくて幸せで、それ自体が一生のエンジンになると確信してますし、現にそうやって、私はしっかりと生きてます。一方、[本を作ろう]と考え始めると作業は止まります。それは書く楽しみ、と本を作る楽しみが違うからです。あなたは書きたい人ですか?本を作りたい人ですか?」
「ただひたすら書きたい!でもまあ、本を作りたいとも思うよ」
「大丈夫ですよ。あなたは《将来の現実》で、毎日10枚書いているわけですから、原稿があればいつでも本は作れます。1ヶ月半で1冊分できるという計算にしといて問題ありません。
「へえ、ここは一つ素直に聞いてみるよ。でもそうだね。どんな景気でもどんな社会でも関係なく、僕は1年に4冊書けるだけの筋力がついていると思うと、今から20年後がさらに楽しみになってくるね」
「いいですね。10年後の現実を書くことで、もう既に成長が始まっていますよ。20年後も夢物語じゃなく、ちゃんと現実の物語に変化していくはずです」
「そうすると、150万円を4冊だから、600万円になる。なんとなくそれくらいでちょうどいいかも。あとは連載原稿とかもやってそうだし、トークショーとか人前で話すようなこともして、歌も歌うし、絵も描くわけだから」
「残りは400万円ですね。連載原稿1回の原稿料はいくらくらいになりそうですか?」
「大学の研究室で雑誌掲載用にエッセイ原稿を書いたことがあるんだけど、1ページで3万円だった。それを1ヶ月に3社で書いたとして9万円。1年で100万円くらいか」
「いい感じですよ。残り300万円」
10年後の将来の現実
「トークはどれくらいかな。養老孟司さんとかなら1回200万円くらいもらえるだろうけど、俺は無理だろうなあ」
「そんなときは自分が企画者だと思って計算してみてください、トークショーの」
「なるほど。10年後の俺のトークショーを企画するなら……100人は無理だな。60人はお客さん呼べそうかな。入場料は2000円じゃ無理そうだから、1500円にして、9万円の売り上げになる。場所代に1万円引いて、残り8万円を出演者と企画者で半分ずつ……だと出演者が可哀想だから、1万円出演者が多くしよう。ってことは、1回5万円が出演者に入る。これが俺の10年後のトークショーのギャラだね、連載よりちょっといいくらいな感じか。なるほど、年に10回くらいはやりそう。俺、人前で話すの好きだし」
「ライブもやってそうですか?」
「確かに、トークと同じくらい歌ってそう。歌のギャラも5万円でいいや。じゃあ、それぞれ年間50万円だから、トークと歌で100万円」
「いいですよ。順当に稼いでます。残り200万円」
「それを絵で稼ぐわけね。例えば1枚5万円だと40枚。それだと月に3、4枚売るってことになるのか。うーん……月に2枚くらいの感じがする。半年に1回、個展をやって12枚ずつの絵を売るって感じだね」
「1年で24枚の絵を売るってことですね。それだと1枚が8万5000円だとできそうですね」
「8万5000円だとなんか半端だから、1枚9万円にしておこう」
「それだと24枚売って、216万円になります」
「ジム、お前のお陰で1000万円ちょっと超えるくらいになったじゃん!」
「いい感じに無理のない計算だと思いますよ」
「不可能じゃなさそうだね。なんだか、10年後楽しそうだよ」
「それが一番大事なことです。私もずっとヒモでいたいくらいです」
「これで10年後、2011年の《将来の現実》は、かなり明確に見えてきた。ジムのお陰だよ」
「はい。これで設定自体はほぼ完了かと」
「次はどうするの?」
「次は、《今の現実》に戻ってきます。そして、常に10年後の《将来の現実》を前提にして、そこと陸続きの現実を作っていくんです。簡単です、目的地が見えてますから。知らない土地へ行くのと、知ってる場所へ帰るの、どちらがラクですか?」
「あれ、なんだろうね。知らない場所に行くときと、そこから帰るときとで時間の感覚が全然違うじゃん。帰るときのほうが圧倒的にラクだよね」
「帰りはもう道がわかってますからね」
「いつも10年後の《将来の現実》を完璧に設定しておけば、迷うことがないのか」
「そうです。[迷い]は青春の副産物じゃないんですよ。ただ《将来の現実》が見えていないから当然のように迷っているわけです。簡単なことです。これを教えないで、失敗ばかり伝えるのはむしろ罪です。そのせいで、どれだけの若い人たちが自殺で亡くなっているか……。私がこの《事務》についての本を『生きのびるための事務』と名付けたのは、そういった若い人が迷うことがないように、地図を作りたいと思ったからです」
生きのびるための事務
坂口恭平
10万部突破のべストセラー漫画『生きのびるための事務』、ついに原作テキスト版が書籍化!
あなたに足りないのは、才能や能力や運ではなく、《事務》でした。
ピカソもやってた《夢》を《現実》にする具体的なヒントと方法を全11講で学べます。
書籍化にあたって新たに書き下ろされた「あとがき」や
坂口さん本人が描き下ろした多数の挿絵に加え、
巻末には坂口恭平さんと糸井重里さんによる5万文字にも及ぶ特別対談を収録。
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糸井 坂口恭平という人のことは、僕ももともと、うすうす知っている状態で。
坂口 あ、ほんとですか。
糸井 でも「この人は天才だから、会わないほうがいいな」と思ってたの。
-- 中略 --
坂口 僕自身やっぱり、糸井重里という人を参考にしているところが、たぶんあるんです。
糸井 ある……かもね(笑)
([特別講座 坂口恭平と糸井重里、はじめて会う]から抜粋)
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【スケジュール管理】【必要なお金の確認】【継続するコツ】、誰でもすぐにはじめられる実践的な《やり方》。
《夢》を《現実》にするために必要なのは才能や能力や運ではなく、《事務》でした。
必要なものはノートだけ。
【目次】
第1講 事務は「量」を整える
第2講 現実をノートに描く
第3講 未来の現実をノートに描く
第4講 事務の世界には失敗がありません
第5講 毎日楽しく続けられる事務的「やり方」を見つける
第6講 事務は「やり方」を考えて実践するためにある
第7講 事務とは「好きとは何か?」を考える装置でもある
第8講 事務を継続するための技術
第9講 事務とは自分の行動を言葉や数字に置き換えること
第10講 やりたいことを即決で実行するために事務がある
第11講 どうせ最後は上手くいく
あとがき
特別講座 坂口恭平と糸井重里、はじめて会う