
炭治郎のセリフに励まされたことがある――。そう話すのは、『鬼滅の刃』で竈門炭治郎を演じる、声優の花江夏樹だ。
炭治郎は「背中を押してくれる特別な存在」
炭治郎は花江にとってどんな存在なのか――。そう尋ねると、彼は「生きるうえで背中を押してくれる特別な存在」だと語った。
「演じてるからというのはもちろんあると思いますが、やっぱり炭治郎の頑張ってる姿や、セリフからはすごいパワーをもらえるんです。自分が大変なとき、つらいときに思い出すことで救われるような、心の支えになっているキャラクター。『鬼滅の刃』で出会わせてもらえてよかったと、心から思っています」
完成した映像が観られる関係者の試写会には、あえて足を運ばなかったという。公開初日に大きなスクリーンで観るその瞬間を大事にしたかったという。
「もう何回観ても泣けますね。『無限城編』が映像化される日を待ち望んでいたので、本当に嬉しかったです。あとはキャラがそれぞれかっこよくて泣けちゃいました。
『無限城編』ではたくさんのエピソードや、戦ってるシーンが描かれているのでそれがとにかく熱くて……。
前回の劇場版である『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(2020年)が公開されてから5年、時代が変わっていくなかで、花江自身の思いにも変化があった。
「同じ空間でひとつの作品をみんなで分かち合うことができる。鬼滅の刃に込められてる想いの力や、絆というメッセージをみんなで一緒に感じることができる。そういったことを思い出すと、やっぱり胸にくるものがありました」
そう瞳をうるませながら話す花江。映画を楽しみに席に座る人々の表情を間近で見て、演じ手として多くの人が映画館に足を運んでくれることが心から嬉しかったと語る。
花江夏樹の印象に残っているセリフは?
これまで演じてきたなかで、印象に残っている炭治郎のセリフを聞くと、それは意外な一言だった。
「1番最初に思い浮かんだのが、『がんばれ炭治郎、がんばれ』という鼓屋敷編のシーンです。初めて読んだとき『すごい…こんなセリフ回しがあるんだ』と、驚きました。独特な表現で面白いなって」
吾峠(ごとうげ)先生の考えるセリフ回しは特別なものだと語る。日本語の使い方が綺麗で、なおかつユニークなんですよと目を輝かせた。そんななかで、炭治郎というキャラクターと自分が重なる部分について聞くと、こう答えた。
「極力、人には優しくありたいなとは思っていますし、その気持ちは炭治郎を演じてからより強くなりました。人を思う心の広さはすごく見習いたいです」
一方、炭治郎との違いを挙げるとすれば――。
「うーん、僕はあんなふうには頑張れないですね。もちろん環境も状況も違うので一概には言えませんが、あの胆力はちょっと真似できないなと思います」
本作では家族の絆や想い、人と人との結びつきが丁寧に描かれている。花江は、炭治郎を演じることで改めて家族の尊さに気づかされたという。
「赤ちゃんのころって本当に何もできない状態じゃないですか。でも親は毎日面倒を見てくれて、育ててくれた。それって無償の愛だと思うんですよ。
たとえば、僕は子どものころ、テニススクールに通っていて、家からすこし離れた場所だったんですけど、それでも毎週父親が送り迎えしてくれました」
自身の幼少時代を思い出しながら、父親への想いを温かい表情で振り返った。
「当時は、なんでこんなにやってくれるんだろう?と思っていたんですけど、いざ自分が親の立場になったときに、これって理屈じゃないんだな…ってわかったんです。子どもがその愛情をハッキリ理解していなくても、心のどこかではきっと感じ取っていると思いました」
「すこしでも皆さんに伝わったらいいな」
『鬼滅の刃』の根底に流れるテーマのひとつには、家族の繋がりがある。
「家族の繋がりは本当に深いものだと思うんです。その繋がりが引き裂かれたとき、人は何をどう感じるのか。家族の尊さや、後になって気づくありがたさ。
そして、花江はもう一つ心に残るセリフがあるという。霞柱・時透無一郎の父のセリフだ。
「刀鍛冶の里編で『人は自分ではない誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ』って、無一郎のお父さんが言ってたんです。その言葉がまさにその通りだなって感じていて。
人と人の想いの強さ、思いやりの素晴らしさ。それが作品を通じて、すこしでも皆さんに伝わったらいいなって。たとえ伝わらないにしても、何かを感じてもらえたら嬉しいですね」
炭治郎というキャラクターを通して、自分自身と向き合い、家族の愛や人との繋がりについて改めて考えさせられる。『鬼滅の刃』が多くの人の心に残り続ける理由が、花江夏樹の言葉からまっすぐと伝わった。
取材・文/桃沢もちこ 撮影/齋藤周造