
夏休みの宿題の定番、自由研究。近年実施しない学校も増えているが、家庭にとってはテーマ探しに苦労したり、子どもを叱りながら進めたりと、悩ましい課題のひとつとなっている。
「コーラって作れるの?」小学生の疑問から始まった自由研究
伊藤梢さんは誕生日に訪れた焼肉店で好物のコーラを口にしながら、「毎日飲めたらいいのに」とつぶやいた。なぜならコーラは彼女にとって、特別な日にしか飲めないご褒美のような存在だったからだ。
だが、その一言が「コーラって自分で作れないのかな?」という発想への第一歩となった。
自宅に戻った伊藤さんは「夏休みの自由研究でコーラを作ってみたい。売られているものだから、きっと自分でも作れるはず。調べてみたい」と母親に伝え、母親も「作れるかどうかはわからないけれど、調べてみたら」と、彼女の背中を押したという。
塾で先生に相談しながら調べを進めたところ、コーラは「コーラの実」とスパイスで作られていることが分かった。ただし、その実は近所のスーパーには置いておらず、伊藤さんは何か代わりになる身近な果物で作れないかと考えた。
地元豊川市の名産のシソとレモンのクラフトコーラが完成
実験ノートを用意し、レモン、ぶどう、パプリカなどの食材を記録しながら調べを進める中で、「クラフトコーラ」という飲み物の存在を知り、実際にクラフトコーラを製造している店舗の情報も得たことで、挑戦はより具体性を増してきた。
レシピを考え、材料をそろえ、煮詰めて味を確かめる。そうした工程を繰り返すなかで、伊藤さんはついに自分の手で一本のクラフトコーラを完成させた。
家族や友人に試飲してもらった中で、最も好評だったのは、豊川市の名産でもあるシソとレモンを組み合わせたレシピだった。
自分の疑問を形にできた成功体験はさらに、「この味をより多くの人に届けたい」という思いを伊藤さんに芽生えさせたという。
そこで、地元豊川市のレンタルカフェスペース「三辻屋ベース」に協力を依頼。同スペースは、地域住民の「やってみたい」を応援する拠点として知られており、商品化に向けた強い味方となった。
ラベルのデザインも自身で手がけ、迎えた商品化発表会では地域の人たちが約50人参加した。「さわやかでおいしい」「子どもも飲みやすい」といった感想が相次ぎ、60本ほど用意したコーラはほぼ完売した。
ひとりの小学生の素朴な疑問から始まった自由研究が、商品化という形で実を結ぶまでになったことは、自由研究の可能性を感じさせる出来事となった。
赤い植物「ローゼル」との出会いが生んだ次の挑戦
レモンとシソのクラフトコーラが地域で話題となり、商品化発表会も成功を収めた頃、伊藤さんは地域の協力者から「ローゼルという植物がある」と紹介を受けた。
聞き慣れないその名前に戸惑いながらも、興味を持った伊藤さんはさっそく調べることにした。ローゼルはハイビスカスの仲間で、美容に効果のあるアントシアニンを豊富に含むことから、古代エジプトではクレオパトラも愛用していたとされる植物だという。
これまでのクラフトコーラづくりの経験を生かし、今度はこのローゼルを用いた新たなレシピを作ることは出来ないかと考えた。図鑑やインターネットで調べ、塾の先生にも話を聞きながら情報を集めたが、味や香りといった具体的な特徴をつかむことができずにいた。
そんな中、三辻屋ベースのスタッフから、豊川市内の障害者支援施設でローゼルを栽培しているという情報を得た。
早速、畑を訪問し施設のスタッフからローゼルについて説明を受けると、葉以外はすべて赤く見た目にも鮮やかなその植物に、伊藤さんは驚きとともに惹き込まれた。
収穫したローゼルをその場でひとかじりしてみると、レモンや酢に似たはっきりとした酸味が口の中に広がったという。この味ならクラフトコーラに合うと直感し、「試してみよう」という意欲が彼女の中で湧きあがった。情報としての関心が、実物に触れたことで確信に変わった瞬間だった。
試作と味比べ、人気投票で決まった「15gの正解」
ローゼルの酸味と鮮やかな色に手応えを感じた伊藤さんは、クラフトコーラの試作に取りかかった。収穫したローゼルのがく(花の最も外側にある、花びらを包む部分)を使い、スパイスやレモン、砂糖などを加えた液体を煮詰め、何パターンかの配合で味と色を確認するという作業を繰り返した。
がくの量を変えて試作した結果、水分100mlにがく15gを使用したレシピが試飲では最も評価が高く、「風味がはっきりしていて飲みやすい」といった声が集まった。見た目にも深紅が印象的で、爽やかな酸味とほどよいスパイスの香りが調和した、大人っぽい味わいのコーラが完成した。
「もっとたくさんの人に飲んでほしい」クラファンという出口
伊藤さんの挑戦は、完成したレモン&ローゼルクラフトコーラを「もっとたくさんの人に飲んでもらいたい」という願いとともに、新たなステージへと進むことになった。
家族や地元の大人たちの協力のもと、クラウドファンディングでのプロジェクトが立ち上がる。
プロジェクトページには、開発のきっかけや伊藤さんの思い、制作の様子などが写真付きで丁寧に紹介されている。支援者にはクラフトコーラが届くほか、コーラづくりをまとめた、伊藤さん手書きのコーラ新聞などがプレゼントされるプランもある。
自由研究がここまで展開するとは、親子ともども想像していなかったと、伊藤さんの母親は振り返る。「日々の暮らしの中で、子どもが出す『なぜ?』『どうして?』って、意外とささいで見逃してしまうことが多いと思うんです。私もコーラが作れるなんて、娘と自由研究をやって初めて知りました」
「自由研究ってとても大変というイメージがあるけれど、どんなささいなテーマでも、子どもの『なんだろう?』を大切にすれば面白い研究になるし、広がっていくんだなと思いました。こんなに大きくなるとは思わなかったですけど(笑)。今回のことで難しいなと感じたのは、親が手伝いすぎないこと。親から見たら、それでは失敗するんじゃないかしら……と思っていても、やってみたら意外とうまくいったこともありました。親の私も学ぶことが多いなと思います」
伊藤さんは日々の疑問をノートにメモして、塾の先生や家族に質問しながら、次の自由研究の題材を探しているという。
「ささいな疑問ってやっぱりささいで、どうしても忘れてしまいがち。ノートを見返し、『なぜ』を見つめなおすことで、新たに『なぜ』が生まれることもあるみたいです」
子どもの小さな疑問に寄り添うことが、思いがけない学びや成長、そして地域との新たなつながりを生み出すこともある。自由研究とは本来、そうした気づきのきっかけとなる営みなのかもしれない。
この夏、親子で「なぜ?」を探す時間を持ってみてはいかがだろうか。
取材・文/塩谷奈津