東京―大阪間のリニア開業は2060年? 工事遅延続々…「静岡悪者論」も今は昔、問題山積リニア開発の現在地
東京―大阪間のリニア開業は2060年? 工事遅延続々…「静岡悪者論」も今は昔、問題山積リニア開発の現在地

リニア中央新幹線の工事遅延をめぐり、「静岡県のせいでリニアが遅れている」との声が根強い。しかし、この批判は本当なのか? 実は全国で工事の遅れや環境問題が相次いでいる。

長年この問題を追い続けてきたジャーナリストに、静岡叩きの背景とリニア計画の本質を聞いた。

静岡県だけが批判される理由とは?

「2020年からリニア工事の進捗を調査していますが、静岡以外の全ての都府県で既に遅延が起きていました。2027年開業は最初から不可能だったのです」と語るのは、リニア問題を10年以上追い続けているジャーナリストの樫田秀樹氏だ。

JR東海は2024年3月にようやく開業延期を公表したが、それまで「遅れの原因は静岡県」とする論調を崩さずにいたという。

実際、前・静岡県知事の川勝平太氏は「リニア妨害の急先鋒」ともいわれ、全国ニュースでもその発言などが繰り返し取り上げられた。するとSNSでは、次第に川勝氏だけでなく静岡県民全体への非難が拡大していった。

「静岡県民は国全体の利益を考えていない自己中だ」

「どう考えても川勝選んだ静岡県民の罪が大きい。お前らのせいでリニア開通せんねん」

「この一件で静岡県民が嫌いになった。川勝のような国賊を知事に据え続けているため」

だが、川勝氏の姿勢を支持する県民の背景には、環境への強い懸念があった。そしてその懸念は、徐々に全国の工区でも明らかになってきている。

「これまでJR東海が静岡以外の工事の遅れを公表しなかったのは、静岡のせいにしておけば、例えば株主などからの批判の矛先を避けることができたからでしょう。こうして、静岡悪者論を展開してきました。

しかし、リニア工事では静岡以外にも未着工工区が20弱あり、既着工区でも、たとえば南アルプストンネル(山梨側)は、私の試算では2040年代半ばまで完成しません。

つまり今後、全国的な遅れが表面化するのは時間の問題です」(樫田氏、以下同)

実際、リニア建設に伴うトラブルは全国で発生している。岐阜県瑞浪市大湫町では、14カ所の水源の減渇水と地盤沈下が確認された。東京都町田市では民家の庭から酸欠状態の空気が噴出する事例も報告された。

しかし、こうした「センセーショナルな事件」以外にも、報道されないだけでトラブルは続出しているという。

開業しても富裕層のためだけの乗り物に?

「たとえば山梨のリニア実験線では、耐え難い騒音が日常的に発生し、現在の工事区域でも、住民の立ち退きや減渇水、杜撰な残土処分も問題になっています。また、リニア工事の差し止めを求める民事訴訟も複数進行中ですが、全国報道されることはほとんどありません」

報道が広がらない背景には、メディアの構造的な問題がある。

「JR東海は大手メディアのスポンサーでもあります。私も、同社が広告を出している媒体には記事を掲載できませんでした。さらに、こうした長期的なプロジェクトを継続的に取材する記者が少ないことも問題です」

しかし徐々にだが、世論の空気に変化が出てきた。当初はリニアに肯定的な人が多かったものの、今では「そこまでして作る必要があるのか?」「環境問題を優先するべきだ」という声も強くなっている。

そもそも、リニアで採算を取るのは厳しいという声もある。

「2013年にJR東海の山田佳臣社長(当時)が『リニアは絶対ペイしない』と発言し、この発言を受けて国交省鉄道局も『リニアはどこまでいっても赤字です』と認めたように、リニアは赤字が確実視されています。

根拠となる数字もあります。

実際、リニアを黒字にするには、かなり高い運賃設定が必要です。現在は、『のぞみ』の料金プラス700円~1000円程度を想定しているようですが、それでは到底足りないでしょう。

ただし国交省は『鉄道は採算性だけで走らせるものではない』と釈明することでリニア計画を推進しています」

これらの事情から、リニアは一部の富裕層やインバウンド観光客向けの高級交通手段になりかねず、社会全体のニーズを満たすか疑問視されている。

「JR東海が推進するアメリカでのリニア計画(ワシントンDC・ボルチモア間の65km。将来的にはNYまで)では、現地鉄道会社が公表するその料金は在来線の最高で8倍であり、払えるのは人口の2%の富裕層だけと報じられていました。

また、リニアは東京から大阪まで開業してやっと意味を持ちますが、その大阪開業の実現も、私の試算ではおそらく2060年代になりそうですし、品川~名古屋間だけでは乗客はそれほど伸びないと思います」

リニア中央新幹線は、日本の技術力の結晶であり、国家的な大事業として推進されてきた。だがその裏では、水資源の枯渇や騒音被害、そして都道府県単位での分断も各地で生じている。一度失われた環境は、元には戻らない。だからこそ、いま改めて、慎重な姿勢が求められている。

取材・文/集英社オンライン編集部

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