「『伊代はもう60だから』って歌いましょうか(笑)」還暦を迎えた松本伊代、デビュー曲の名フレーズへの戸惑いと、再び道を切り開いてくれた夫・ヒロミの存在
「『伊代はもう60だから』って歌いましょうか(笑)」還暦を迎えた松本伊代、デビュー曲の名フレーズへの戸惑いと、再び道を切り開いてくれた夫・ヒロミの存在

歌手・タレントの松本伊代が、2025年6月21日に還暦を迎えた。1981 年10月リリースのデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」では、「伊代はまだ16だから」と歌った彼女だが、60歳になった今の心境とは?(前後編の前編) 

「伊代はもう60だから」

1981年10月21日、シングル「センチメンタル・ジャーニー」でデビューした松本伊代。デビュー40周年を迎えた2021年から毎年コンサートを行うなど精力的に音楽活動に取り組んでおり、今年も10月4日、5日には「松本伊代 Live 2025"Journey"and Sweet Sixty」と題したコンサートを開催する。



――16歳でデビューされて、今年60歳に。改めて還暦を迎えた今の気持ちを教えてください。

松本伊代(以下、同) あんまり実感がなかったんですけど、実際に60歳になると、「あと何年生きられるんだろう」ってちょっと思うようになってきたんですよ。本当にこんな風に思うものなんですね(笑)。

だから、大事なときに使おうと隠していた高級な食器を引っ張り出して、使うようになりました(笑)。(夫でタレントの)ヒロミさんには「これ、どうしたの」と言われたんですけど、「しまってあったけど、使えるうちに使わないと」というと、「そうだね」と。ただ、「でもこれちょっと使いづらいな」と言われるので、小出しに使うようにしています。

――それはつまり、「やりたいことをやろう」「楽しまなきゃ」というマインドになっているということですか。

そうですね。お仕事も、より意欲的にいろいろとやっていくかもしれないですね。今しかないかなって思いますし、実際に歌えるのはあと10年くらいかもしれないし。

――松本さんと言えば、やはりデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」の一節、「伊代はまだ16だから」というフレーズのインパクトが大きいですが…。



「伊代はもう60だから」って歌いましょうか?(笑)

――「まだ」じゃなくて?

あ、「まだ」ですね(笑)。

――今は「もう」っておっしゃいましたけど、お気持ち的には「まだまだ」でしょうか。

気持ち的には、ちょっと疲れた時とか、ちょっと弱ってる時には本音が出て「もう」になっちゃう(笑)。

そういう気持ちになる時もありますけど、私の周りのお友達や同期がみんな若いので、やっぱりすごく刺激になるし、どんどん新しいこともできたらなという風に、まだ思ったりもします。

デビュー曲の歌詞に「なんか恥ずかしいな」

デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」は30万枚を超える大ヒット。翌1982年には『第24回日本レコード大賞』新人賞を受賞するなど、松本は華々しいスタートを切った。

――松本さんはデビュー曲からヒットするという、芸能界で最高のスタートを切られましたが、逆にそれはプレッシャーにもなったのではないかと想像します。

最初にこの曲に出会ったときは、湯川れい子先生の歌詞を見た時でした。いい歌詞と思いつつ、「名前と16歳って入ってる。なんか恥ずかしいな」っていう気持ちもちょっとありました。でも、筒美京平先生のピアノに合わせて歌うと、すごく素敵なメロディーと歌詞がすんなり入って。「素敵な曲をいただけたな」っていう気持ちの方が大きくなりました。

ただ、「これが売れないと大変だな」っていう風にはだんだん思って。

なぜなら、大人の人たちがすごく力を入れて頑張ってくれていたので、「これが売れなかったら私のせい」「これが売れなかったら、1曲とか2曲とかで終わっちゃうかも」という風に思っていたんです。だから、売れて本当によかったと思いました。

――松本さんにとって「センチメンタル・ジャーニー」はどのような存在ですか。

昔からインタビューなどで、「何歳になっても『16だから』って歌っていくんですか?」とよく聞かれていて、「歌っていくに決まってる」と思っていたんですけど、18歳ぐらいになると、自分も少し大人になって、「もう少し大人っぽい歌を歌いたい」って思うようになった時期もあったんです。

18歳から20歳の頃は、「ちょっと『センチメンタル・ジャーニー』はつらいな」と、思う時もありました。そう思いながらも歌ってましたけど。

今でも反省しているんですけど、多分20歳の頃は、コンサートでも歌ってなくて。その時に来てくださったお客様は、多分「センチメンタル・ジャーニー」を聞きたかったはずなのに、全くヒット曲を歌わずにアルバムの曲だけ歌って、「皆さんさよなら」と去っていくみたいな時期が2年ぐらいあったのかな。

――それを乗り越えたのはいつ頃ですか。

それはね、だいぶ遅いんです。結婚してからですね。

家でテレビを見ていた時に、大先輩の方が自分の代表曲を歌っていらして。

その姿を見て、「こういう風に自分のヒット曲を歌うことって大事なんじゃないか」と、ちょっと客観的に見ることができて。私も今度お話が来たら絶対に歌おうって思えるようになりました。

ヒロミさんからも「なんでいい曲があるのに歌わないの」って、結婚当初から言われてました。例えば、バラエティ番組で「センチメンタル・ジャーニー」を歌うのはいやだとかわがままを言うと、「歌えばいいじゃん。そんな美味しい話ある?」みたいに。

松本伊代の1番のファンは?

1993年11月12日、松本は番組での共演がきっかけで、タレントのヒロミと結婚する。その後、2人の男の子を出産。俳優・タレントとして活動する長男の小園凌央は29歳になるなど、子どもたちも大きく成長した。

――お話を伺うと、ヒロミさんと出会われたことは、仕事においても、プライベートにおいても、松本さんの人生で大きな転機だったのでしょうか。

そうですね。前向きに思えることやアドバイスをいろいろと言ってくれます。

以前、私がコンサート中に「疲れた」と、ファンのみなさんの前でポロッと言った時には、「アイドルに徹しなさい。

例えば、松田聖子さんは疲れたとか言わないよね?」と言われました(笑)。

でも、時々言うことが矛盾するときもあるんです。たまに「ママ、いつまで歌ってんの」みたいなことを言うんです(笑)。でも基本的には「なんで歌わないの」「ママは素敵な曲があっていいね」みたいな感じで言ってくれます。

――お子様とは、今どのように向き合ってらっしゃいますか。

子どもたちは、もうほんとにいつの間にか大きくなってって感じで。昔は、よく私が怒ってましたけど、今はもう逆に怒られます。ヒロミさんにも怒られるし、本当に私、家で肩身が狭くて、常にみんなに怒られてます(笑)。

でも、子どもたちはいろいろな相談にのってくれます。インスタに載せる写真はこれがいいとか、息子たちはいろいろと教えてくれますね。

――松本さんのYouTubeチャンネルを拝見したところ、ファンの方が「松本さんの1番のファンは○○だね」というコメントをつけて、それに多くの方が賛同していました。「○○」はどなただと思いますか?

えー、ファンの方が書いてくださってるんですか、知らなかった。
なんだろう。1番のファンは…犬? もう家のなかでずっとついてくるんです。

――「○○」はヒロミさんでしたよ!

あ~!! でも、ワンちゃんも私にとっては癒しです(笑)。

いま、前向きな気持ちで歌手活動に取り組めているという松本だが、実は歌うことに躊躇する時期もあったという。再び歌へと向き合う気持ちになったきっかけは、同期の仲間、そして急逝した後輩の存在が大きかった。(後編へ続く)

取材・文/羽田健治 撮影/廣瀬靖士  

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