
「CMタレント好感度」2025年上半期(1~6月度)ランキングで、米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手が現役アスリートとして初めて総合1位となった。時代とともに移り変わる広告の中で、なぜ大谷翔平は人気を得続けているのか。
『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「大谷翔平崇拝」を分析する
近年、卓越した能力を持ち注目を集める男性として、アメリカでメジャーリーガーとして活躍する大谷翔平選手に並ぶ人はいないでしょう。メディアで大谷の名前を目にしない日はないほどで、試合での輝かしい功績のみならず私生活も含めて注目されています。
多種多様な企業の広告にイメージキャラクターとして起用され、それによって生み出される経済効果や消費者からの反響がマーケティング分析の対象になり、ビジネスパーソン向けの雑誌『DIME』では「伝説の1年をデータで振り返る! 大谷SHO費〈超〉研究」と題した特集が組まれ、大谷を広告に起用したことでどれだけの宣伝効果があったのかが分析されています(*1)。
数多ある広告の中でも、美容広告の文脈で筆者が非常に強いインパクトを受けたのが化粧品メーカー、コーセーのプレステージ(高価格帯)ブランド、コスメデコルテのキャンペーンです(*2)。
このキャンペーンは動画広告をはじめさまざまな媒体で大々的に展開され、都市部の主要駅近辺やデパートで大がかりな特設ディスプレイを設置した販促活動も行われて、話題を呼びました(*3)。
クリスマス商戦展開中の2023年の年末、JR池袋駅構内の地下通路を歩いていた筆者の視界に入ってきたのは、柱に設置された複数のデジタルサイネージの画面いっぱいに繰り返し映し出された大谷の顔でした。黒いタートルネックを着用して顔だけがくっきりと浮かび上がり、毛穴がすべて消失したかのような滑らかな肌は光り輝き、顔はほぼ正面の角度で真っ直ぐ前を見つめています。
「肌を整える。それは自分と向き合うこと。」というキャッチコピーとロゴ、画面の右下には美容液のボトルが内側から光り輝いて濃紺の背景に浮かび上がり、神託のようなキャッチコピーも相まって、聖像(イコン)のような荘厳ささえ感じられました。
さらに続く2024年には「超えたい自分がいる限り。」というキャッチコピーが添えられ、さらなる高みを目指して挑戦を続ける大谷に重ねあわせたブランドメッセージが打ち出されました。
2010年代末以降、化粧品メーカーが次々にアイドルや俳優など男性著名人を起用したキャンペーンを展開し、デパートやドラッグストアのコスメ売り場で男性の写真を目にすることは珍しくなくなりました。
しかし、コスメデコルテの広告が頭抜けて強い訴求力を発揮したのは、大谷の正面像に憧れを超えた「大谷翔平崇拝」ともいうべき、崇拝・信仰の念を込めた眼差しが具現化されていたからです。
神格化を意図したライティング
大谷の正面像に自身の言葉やキャッチコピーを組み合わせる表現は、ほかの企業の広告にも採用されています。なかには大谷が写る画面の中に、彼自身のメッセージが手書き文字で添えられるなど、商品やサービスよりも大谷の存在が強く印象に残るように構成されることもあります。
三菱UFJ銀行は、2019年から2025年3月まで大谷翔平を広告キャラクターに起用しました。2023年に店頭ポスターなどで展開された広告では、アップショットで捉えられた大谷の正面像に「あなたにしか描けない夢が、きっとある。You can be a challenger.」というキャッチコピーが太字で掲げられ、大谷による手書きの文字で「これからも自分の限界をつくらず、挑戦を続けましょう!」という呼びかけと署名が添えられています。
金利やサービス内容などの銀行の業務に関わる具体的な情報は記載されず、大谷はブランドイメージの担い手、さらには「価値」そのものを体現する存在として表現されていました。
寝具メーカーの西川は2017年から大谷と契約し、マットレス「エアー」の広告に起用していますが、広告と並んで「大谷翔平崇拝」を強く印象づけるのは、2023年から販売されているバスタオルです(*4)。
身長193センチの大谷のほぼ等身大・正面全身像の写真をタオルにプリントしたもので、大谷の存在を肌に触れるほど身近に感じたいという、熱狂的なファンの心理に強く訴えかける商品です。大谷の威光にすがりたい、ご利益にあやかりたいという企業と消費者双方の願望が、このような広告や商品を通して表現される「大谷翔平崇拝」の背景にあるのでしょう。
先述したように、筆者がコスメデコルテの広告から強いインパクトを受けた要因の一つは、大谷が「ほぼ正面から真っ直ぐ前を見つめている」ということです。デパートのコスメ売り場に掲出されるモデルの写真は、顔を傾げていたり、振り向くような姿勢だったり、四分の三正面で左右どちらかの目線を強調していたりと、買い物客の注意を惹きつけ、アイコンタクトを取ろうとするような視線で捉えられるのが一般的です。
「美麗な男性像」の条件
男性モデルの場合は「首を傾げて、流し目や上目遣いをする」「肩幅を強調しないように肩の先を画角から外す、肩を内側に向ける」といったキメ顔やポーズがよく用いられます。
このような表情やポーズは、男性のアイドルや俳優に対して女性ファンが抱く憧れや恋愛感情に訴求するものとして作り出されています。
このような「女性の目線から見て評価される(≒モテる)男性像」の傾向に照らし合わせると、「正面で真っ直ぐ前を見つめている」大谷の写真は異彩を放っています。この視線の表現は「肌を整える。それは自分と向き合うこと。」というキャッチコピーと結びつき、彼の視線は他者に向けられているのではなく「自分と向き合う」視線、すなわち鏡に映った自分自身を見つめる視線であることが示唆されています。
一方、動画広告では正面像に加えて、大谷の顔はさまざまな角度から捉えられています。暗い空間の中でたたずむ大谷は旋回するカメラで捉えられ、鏡の中に映った自分に「やることをやってきたか。いい顔ができているか。」と問いかけます。
「肌を整える。自分が整う。」というセリフに続き、大谷が鏡の中の彼自身と互いに手を差し出しあって頬に触れるという異空間の交差が示されるのです。「鏡」の存在や旋回するカメラワークは、大谷を正面からだけではなく、あらゆる角度から拝みたいという崇拝の視線を表現しています。
暗闇の中で上方と下方から白く光るライトボックスに照らし出される大谷の表情の変化がアップで捉えられた後、「リポソーム リペアセラム」という呪文のような商品名のナレーションとともに、美容液のボトルが霊験(れいげん)あらたかな秘薬のように湧き出る水の中から浮かび上がります。
神々しい存在であることを指し示す光の演出
上方と下方から照明をまんべんなく当てて顔立ちの立体感を際立たせる演出は、美術館や博物館で陳列される立体作品を照らすライティングを連想させます。ピンスポットのライトではなく、ライトボックスで面として光を当てること、これは水面の反射光に近いもので、平等院鳳凰(ほうおう)堂の阿弥陀如来(あみだにょらい)像の顔が阿字(あじ)池の反射光で照らし出される様子に通じるものがあります。
つまり、一般的な人物描写で用いられるライティングとは異なり、とても貴重なもの、神々しい存在であることを指し示す光の演出なのです。このようなライティングのもとで鏡に映る自分を見るという行為は、大谷にとっては自己の内面に向きあい、外見だけではなく心を整え、さらなる高みを目指す精神鍛錬であるというメッセージが込められています。
このように大谷の精神性を表現することに比重を置いた広告を通して、コスメデコルテは男性からの支持も得るにいたったといえるでしょう。
*1『DIME』2025年2・3月増刊号
*2「DECORTÉ ╳ 大谷翔平 特設サイト」コスメデコルテ
https://www.decorte.com/site/s/liposome_ohtani.aspx
*3 2023年からの広告起用によるヒットにより、表参道でポップアップショップが2024年、2025年に開設されました。
*4「大谷翔平が選んだハイブリッドマットレス[エアーSX]|AiR【公式】」[エアー]マットレス https://www.airsleep.jp/ohtani/
文/小林美香
『広告で読み解く「デキる男」の現在地』(朝日新聞出版)
小林美香
「24時間戦えますか」から
「おじさんの詰め合わせ」まで
栄養ドリンク、缶コーヒー、スーツ、下着、メンズ美容、ホスト看板、選挙ポスター……
CM・ポスターに刷り込まれた“理想の男性”の虚像を暴く!
缶コーヒー広告のスーツ姿と背景の高層ビル群、
「出世」や「モテ」と結びつけられるヒゲ脱毛、
決まって命令口調で真正面から睨みつける本田圭佑。
その〈男らしさ〉のイメージはどこからきて、
男性のみならず見る者の価値観に影響を与えてきたのか。
スーツ/大股/集団/腹筋/白人男性/お笑い芸人/生涯現役……
街中の広告に潜む、これまで「なかったこと」にされてきた男性表象の問題点を炙り出す。
【目次】
序章 「男らしさ」の広告観察
第1章 ドリンク広告と働く男 ――栄養ドリンク、コーヒー、ビールの広告史
・リポビタンDの車内広告は何が問題だったのか
・「24時間戦えますか」バブル時代の栄養ドリンク広告
・「違いがわかる男」のためのコーヒー
・ビールかけという究極のホモソ儀式
・「男は黙ってサッポロビール」が描き出した「男らしさ」
・コロナ禍で起きた「男らしさ」表現の変化 ……ほか
第2章 スーツとパンツ ――装いが作る身体の価値
・「背景高層ビルおじさん」はどこへ向かうのか
・スーツ文化の墓場としての《Cut Suits》
・褌(ふんどし)を締めることの精神性
・カルバン・クラインと腹筋の商品価値
・細マッチョのK-POPスターが示す新しい「男らしさ」
・アバクロの栄枯盛衰 ……ほか
第3章 自己鍛錬としてのメンズ美容 ――「崇拝」と「推し活」の視線
・能力主義と結びつく男性の「ケア」
・「大谷翔平崇拝」を分析する
・推し活を取り込むマーケティング
・男性脱毛広告4つのパターン
・本田圭佑に命令されたい男たち
・これからの男性のケアの可能性 ……ほか
第4章 「デキる男」を目指すのは何のため? ――能力主義と「報酬」としての女性
・「男磨き界隈」を考える
・英語圏を支配する男性中心カルチャー「マノスフィア」
・「オタ恋」プロモーションへの違和感
・クリニック広告とホストクラブ看板の共通点
・再生産される「バーキン買うなら豊胸しろ」系広告
・性感染症予防ポスターに潜むミソジニー ……ほか
第5章 選挙ポスターに見るジェンダー表現 ――「おじさんの詰め合わせ」から脱却するために
・「おじさんの詰め合わせ」発言が引き起こしたハレーション
・遍在する「男の詰め合わせ」と家父長制政治
・日本維新の会が流行らせた「断言口調」と「太ゴシック斜体文字」
・SNS時代の選挙ポスター
・政治家に求められる「男らしさ/女らしさ」
・「(国名)election poster」で画像検索してみたら ……ほか
第6章 その〈男らしさ〉はどこへいくの? ――これからの教育と医療と男性性
1 田中めぐみさんに訊く、男子校でのジェンダー平等教育の実践と課題
・広告・メディアが中高生に刷り込む能力主義
・もっと男性同士の「おしゃべり」が必要だ
2 堀川修平さんに訊く、性教育史研究から捉える「男らしさ」
・大学で「男性」としてジェンダー講義をするということ
・「弱者男性」を自認する学生との向きあい方
3 池袋真さんに訊く、多様なジェンダーを生きる人に伴走する医療とケア
・接近するジェンダー医療と美容医療
・医療業界の「男らしさ/女らしさ」規範 ……ほか