
UNFPA(国連人口基金)が発表した2025年版の世界人口白書によると、インドは約14億人超となり、前年に続いて人口世界一となっている。マイクロソフトやグーグルなど、世界の名だたる企業のトップに名を連ね、20年代後半にはGDPで、米中に次ぐ世界3位になると予測される。
『『インドの野心』人口・経済・外交――急成長する「大国」の実像』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「人口世界一」は推計の不思議
「今後25年でインドを先進国にしなければならない」
国のかじ取り役を担うモディ首相は、2022年8月に開かれた独立記念日の式典で、独立100周年にあたる47年に先進国入りを目指すと宣言した。
1990年代前半から経済の自由化を進めたインドは、各国からの投資を誘致し、IT分野などのサービス業を成長させた。
国連経済社会局は2023年4月末までにインドの人口が世界最多の14億2577万5850人に達し、それまで世界一だった中国の人口を抜いたとの〝推計〞を発表した。
悠久の歴史を誇るインドが世界一に――。
日本でも社会科の授業で習うかもしれない大事なニュースだと思い、必死に原稿を仕立てた。ただし、人口を〝推計〞と書いたのには理由がある。
通常、国連の人口統計では各国の国勢調査などのデータを参考に推計値を出していくが、インドで最後に国勢調査が公表されたのは11年にまでさかのぼる。本来は21年に実施されるはずだったが、コロナ禍で延期され、27年に実施するとしている。このため、人口の推計値のズレも大きくなる恐れがあるのだ。
とはいえ、人口の増加は成長の原動力と言われる。
インドでは今も毎年2000万人もの子どもが生まれている。
インドの年齢中央値は23年時点で28.1歳。日本が49歳であることを考えるとその若さが際立つ。インドはまさにいま、子どもと高齢者以外の生産年齢人口の割合が分厚く、経済を押し上げる「人口ボーナス」期を迎えているのだ。
もともと、1947年に英国から独立した時点で、インド国内には3億5000万人近くが暮らしていたとされる。当時は高い乳児死亡率や避妊への理解不足、農村での労働力の必要性などから、5人以上子どもがいるような家庭が一般的だった。貧困や食料難、失業、不十分な教育機会といった問題も深刻になった。
対応を迫られたインディラ・ガンディー政権は70年代、強制的な不妊手術などを導入した。だが、インドは「民主主義国」をうたう。強制的な政策に国民は強く反発し、政権基盤を揺るがすほどの事態になった。それ以来、政府による人口抑制政策の導入は難しくなった。
「人口爆発は将来の世代に多くの問題を引き起こす」
先進国入りを目指すモディ氏も、人口の急増には慎重な姿勢を見せている。2019年の演説で、「人口爆発は将来の世代に多くの問題を引き起こすだろう」と訴え、「小さな家庭を持つ人々は国への愛国心を表している」とも述べた。
人口の抑制を狙い、子どもが3人以上いる親を役所の仕事に就けなくしたり、地元の選挙に出馬できなくしたりする規定が設けられている州もある。中央政府も17年、女性の産休期間を12週間から26週間に延ばす一方で、3人目以降は期間を据え置くとの通知を出した。
だが、人口問題を研究するインド国立応用経済研究所のソナルデイ・デサイ教授(65)は「家庭の子どもの人数に立ち入る政策は、細心の注意を要する問題だ。政府が人口を管理できるような政策の実施は不可能と言える。自治体が抑制策を設けても、徹底されていないケースは多い」と言う。
貧困層が多い北部のウッタルプラデシュ州の当局が、21年7月に発表した人口抑制案も物議を醸した。子どもが2人までの親に光熱費や税金を軽減するほか、1人なら子どもの教育費を無償にし、教育機関・政府機関へも優先的に入れる権利などを与えるとしたのだ。
逆に3人以上の子どもがいる親は公的補助が受けられなくなり、政府機関での就職や昇進を認めないとしていた。市民からは「差別的だ」と大きな反発を招き、実施には至っていない。
とはいえ、女性の就学率の向上や社会進出、政府による避妊具の無料提供などによって、少子化傾向も現れ始め、都市部の合計特殊出生率は1.6まで下がってきた。総人口は今後40年近く増える見込みだが、いずれは少子高齢化への対応を迫られるだろう。ある政府職員は、こうこぼした。
「かつては人口が増えた日本や中国も高齢化に悩んでいる。人口が増えるということは、その分、雇用もインフラも整えないといけない。仕事がなければ失業率が高まり、社会が不安定化してしまう。人口世界一は喜ぶべきニュースではない」
文/石原孝 伊藤弘毅
『インドの野心』人口・経済・外交――急成長する「大国」の実像(朝日新聞出版)
石原孝 伊藤弘毅
マイクロソフトやグーグルなど、世界の名だたる企業のトップに名を連ね、
20年代後半にはGDPで、米中に次ぐ世界3位になると予測される。
上昇志向と加熱する受験、米政財界への浸透、「モテ期」の到来と中国・パキスタンとの衝突……
教育・外交・経済・文化的側面から、注目を集める国の『今』に迫る。