「何のためにやるのか」納得すれば人は動く…リーダーからの「この業務、やってくれる?」では部下が動かない理由
「何のためにやるのか」納得すれば人は動く…リーダーからの「この業務、やってくれる?」では部下が動かない理由

リーダーが『感動』を意識し、部下や顧客の心を動かす物語を共有できれば、「やらされている」仕事は「これが成功すれば私たちにとっても最高だ」という気持ちに変わる。逆に言えばストーリーのない指示や営業では人の心を動かすことはできない。


書籍『無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた』より一部を抜粋・再構成し、ステーキ店で高級な食事をオーダーするロジックを例に、ストーリーのある指示の出し方、営業の方法を解説する。

高級ステーキ店での体験、価格が「価値」に変わる瞬間

人は「高い」と感じる商品でも、「払う価値がある」と納得すれば、むしろ喜んでお金を払う。これは、単なるコストや機能だけではなく、ストーリーが価格の正当性を裏付けるからだ。

ある日、Lさんはビジネスの大事な接待のために高級ステーキ店を訪れた。メニューを見ると、一皿2万円のステーキが並んでいる。「た、高い……」と内心思ったが、ウェイターがゆっくりと話し始めた。

柔らかく落ち着いた声のトーンで。

「本日お召し上がりいただくのは、〇〇牧場で育てられた黒毛和牛です。この牛は生後半年からストレスのない環境で育ち、餌も特別な配合飼料を使用しています。芳醇な香りの良質な牧草と、厳選された穀物の絶妙なバランスが、お肉の中に複雑な旨味の層を作り出すんです。ここに至るまでの2年間、畜産農家たちが毎日世話をし、春の柔らかな風から冬の冷たい空気まで、気温や湿度まで細かく管理されているんですよ」

Lさんは、その牛が育つ過程に思いを馳せた。

ただのステーキではなく、「牛を育てる人々の手のぬくもりと情熱」「長年の経験が生み出した芸術作品のような味」が目の前の磨き上げられた白い皿に載っていると知ったとき、「これは単なる食事ではない。五感で味わう物語を体験しているんだ」と感じた。

ナイフを入れると、まるでバターを切るかのようにスッと刃が通る。かすかな「じゅわっ」という音と共に、肉の中から溶け出した脂が艶やかな輝きを放ち、立ち上る湯気と共に、深く甘い香りが鼻腔をくすぐった。

ステーキを一口食べた瞬間、舌の上でとろけるような食感と共に、ふわりと広がる旨みの波。

ウェイターが続けて語ります。

「この部位は特に脂の甘みが際立ち、通常の熟成方法ではなく、特別な低温熟成をしているんです。熟成庫の中で、一定のリズムで空気が循環する中で、お肉は少しずつ変化していきます。まるで時間という名の調味料で味付けされているようなものです。お客様の舌で、その違いを感じてみてください。最初に感じる繊細な甘み、そして口の中で広がる深いコクと余韻の長さに注目されてみてはいかがでしょう」

その瞬間、Lさんの頭のなかには「2万円のステーキ」という価格ではなく、「2年間のこだわりが詰まった一皿」「五感全てを目覚めさせる芸術作品」として記憶された。

彼の隣にいたクライアントも、同じように目を丸くして口の端から溢れ出る満足の表情を浮かべながら「これはすごいですね。単なる味の良さだけではなく、物語を味わっているような贅沢さを感じます」と驚いている。皿の上で輝く肉汁の中に、二人の感動が映り込んでいるかのようだった。

「高い」と感じさせない物語の力

もしウェイターが何も説明せずに「こちら、本日おすすめのステーキです」とだけ言って提供したら、Lさんは「2万円もするなんて高いな」と思っただろう。

しかし、そこに「育てる過程」「料理のこだわり」「シェフの技術」といった物語が乗ることで、価格に対する疑問は「なるほど、そういう価値があるのか」と納得へと変わる。そして気づくだろうか? 彼の隣にいるクライアントも目を丸くしているのだ。その価値は金額にしてしまえばいくらになるのだろうか。

逆に、どんなに素晴らしい肉でも、「ただの高いステーキ」として提供されれば、客は「本当にこの価格に見合っているのか?」と不信感を抱く。人は単に「物」や「機能」にお金を払うのではなく、それが生み出す体験や感動に対して価値を見出すのだ。

付加価値の本質 価格を納得させる「ストーリー」

この高級ステーキ店のケースからわかることは、価格や機能だけでなく、「感動」や「納得感」を作り出すことが付加価値につながるということだ。

高価格の商品を提供する企業ほど、「なぜこの価格なのか?」を消費者に説明する努力をしなければならない。もし、あなたが提供する商品が「高い」と言われることがあるならば、それは価格に見合う物語が伝わっていない可能性がある。

価格が先に出るのではなく、まず「この価値に対して、どれだけの時間と労力がかかっているのか?」を伝えることで、顧客の心に響く付加価値が生まれるのだ。

「買い物は好きだけど営業されるのは嫌い」の正体

買い物が好きな人は多い。新しいファッションに身を包むこと、最新のガジェットに触れること、こだわりのインテリアを選ぶこと─どれもワクワクする体験だ。しかし、そんな人でも「営業される」と途端に身構える。

それはなぜか?

ある日、Mさんはショッピングモールの雑貨店を歩いていた。目に留まったのは、おしゃれな木製のランプ。

立ち止まってじっくり見ていると、すぐに店員が駆け寄ってきた。

「このランプ、とても人気なんですよ!いまなら10%オフなので、お得ですよ!」

Mさんは「お、おう……」と引き気味に頷いた。

実は彼は心のなかで、「素敵なデザインだな」「この部屋に合うかな?」とじっくり考えていたのだが、店員の言葉によって〝買うかどうかの決断〟を迫られた気がした。

結局、「ちょっと考えます」とその場を去ってしまった。

Mさんがこのランプを買わなかったのは、本当に不要だったからではない。「買わされる感」が出た瞬間、楽しみだった買い物が〝決断を迫られる場〞に変わったからだ。

一方で、同じ〝販売〟でも、「あなたの体験をもっと素晴らしいものにする提案」という形に切り替えると、受け手は〝買わされている〟感が薄れ、一気に前向きになる。

Mさんが別の日に訪れたのは、老舗のステーキハウスだった。メニューを開くと、ウェイターがこう話し始めた。

「本日は特別に、熟成40日のリブアイステーキをご用意しております。熟成の過程で旨みが凝縮し、通常のステーキとは違った深みのある味わいが楽しめます。もし、肉本来の甘みをじっくり堪能したいなら、こちらのペアリングワインと一緒に試していただくのもおすすめですよ」

Mさんは、「なるほど、それは面白そうだな」と思いながら、「試してみようかな」と心が動いた。

このとき、ウェイターは「これを買ってください」とは言わず、「こういう物語があり、この商品を選ぶことであなたにこんな素晴らしい体験がある」というアプローチをしていた。

人は「自分の感情を揺さぶり、価値観を満たしてくれる提案」には自然と引き込まれるが、「押し売り」には反発する。

もし、Mさんが「このランプを買えば、部屋がもっと温かみのある空間になりますよ」と言われていたら、彼はランプの価値を想像し、「たしかに、それなら買ってもいいかも」と思ったかもしれない。押し売りと違い、「あなたにとっての価値」を伝えれば、相手は前向きに選択できるのだ。

「営業」と「リーダーの指示」は同じ原理で動く

この法則は、リーダーシップの現場でも変わらない。「この業務、やってくれる?」と一方的に依頼すれば、部下は「やらされている感」を抱く。しかし、「この仕事を進めると、〇〇のスキルが身につくし、今後のキャリアにもプラスになるよ」と伝えれば、部下は「なるほど、それなら頑張ってみよう」と考える。

また、「このプロジェクトを成功させれば、会社にとっても大きな意味があるし、チームの実績にもつながる」と〝ストーリー〟として語れば、部下は「これは単なる仕事じゃない。チームにとっても、自分にとっても意義があるんだ」と実感を持って動くはずだ。

同じ営業でも、「あなたにとってこういう素晴らしい変化がある」という提案になれば、相手は納得する。同じ仕事でも、「これをやることで、こんな未来が開ける」という物語が語られれば、部下は動きやすくなる。

リーダーが〝感動〟を意識し、部下や顧客の心を動かす物語を共有できれば、「やらされている」仕事は「これが成功すれば私たちにとっても最高だ」という気持ちに変わる。人は「何のためにやるのか」を納得した瞬間、最も強く動くのだから。

文/田尻望 写真はすべてイメージです/Shutterstock

無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた

田尻 望
「何のためにやるのか」納得すれば人は動く…リーダーからの「この業務、やってくれる?」では部下が動かない理由
無言のリーダーシップ 付加価値を生む仕組みのつくりかた
2025/7/301,760円(税込)240ページISBN: 978-4815628833

リーダーに「言葉」は要らない

◎ベストセラー『付加価値のつくりかた』『再現性の塊』『「キーエンス思考」×ChatGPT時代の付加価値仕事術』の著者最新作。
◎キーエンス本の火付け役である著者が、指示しなくても自然と成果が上がる「キーエンス×田尻」式のマネジメント手法を一挙公開!

成果を出すリーダーの多くは、いくつかのミーティングを除けば、部下との会話はほぼゼロである。一方、成果を出せないリーダーの多くは、口頭指示や質問などの対応に追われ、自分の仕事は定時後や休日に片付けることになる。
もし、あなたが言葉を尽くさないとチームが成果を出せないのだとしたら、それは仕組みができていない証拠だ。
「無言」になれるかどうかは、単に「しゃべる」「しゃべらない」の話ではない。
最小の時間と資本で、どれだけの付加価値を生み出せるかというマネジメントの根幹を問うテーマなのである。
(はじめにより抜粋)

[目次]
はじめに リーダーに「言葉」は要らない
序章 ここから始まる「無言」の構築
第1章 準備編:信頼と合意を築くマインドセット
第2章 問題解決編:目標達成を阻む壁を取り除く
第3章 仕組み化編:成功をくり返す、失敗をくり返さない
第4章 付加価値編:仕組みから付加価値を生み出す
終章 リーダー不要の組織へ
おわりに リーダーシップが苦手だった私がたどり着いた答え

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