
新NISAで投資を始めたものの、トランプ関税ショックで株価が下がった時に動揺してしまった人も多いだろう。そんな方は、もしかしたら投資が「目的化」しているのかもしれない。
本来は“幸せになるためのお金”を得るための投資なのに、それが目的化してしまうリスクを、水瀬ケンイチ著『彼はそれを「賢者の投資術」と言った』より抜粋・再構成して詳しく解説する。
投資は「手段」であって「目的」ではない
ハーバード大学の「Harvard Study of Adult Development」(1938年開始、現在も継続中)は、人間の幸福について最も長期間かつ包括的なデータを提供している。現在の研究責任者であるロバート・ウォルディンガー教授による2015年のTEDトーク「What makes a good life? Lessons from the longest study on happiness」では、年収や社会的地位よりも人間関係の質が人生の満足度を決定する最も重要な要素であることが示されている。
この研究では、「お金そのもの」を目的とする人よりも、「お金を通じて実現したいこと」を目的とする人のほうが、長期的な満足度が高いことが示されている。
投資を始めた当初の私の目的は「お金を得ること」だった。しかし投資を続けていくうちに、その目的は少しずつ変化していった。現在では「社会に貢献する活動を、経済的な心配なくできること」が目的になっている。
お金は人生の目的ではなく、あくまで手段だということ。インデックス投資で資産形成ができたことの最大の価値は、手間とお金の心配から解放され、本当に大切なことに時間とエネルギーを使えるようになることだ。家族との時間、健康、趣味、社会貢献など、人生にはお金以上に価値あるものがたくさんある。
実際に1億円を超えたあたりで「これだけあれば、今後十分に生活できる」と気づいた。それからは目標を「3億円の資産形成」から「1億円の資産を安全に維持しながら社会貢献する」に変更した。心の豊かさと経済的な豊かさのバランスを取る視点が大切だと思っている。
インデックス投資は割とロジックがしっかりしている。過去の膨大なデータに裏付けられ、多くの学術研究でも支持されている堅実な投資法だ。これはとても頼もしく、心強いものであるが、時々「原理主義者」のような人物にお会いすることがある。「インデックス投資こそが最強!」とばかりに、他の投資家を攻撃したりケンカをふっかけたりするような困った人だ。
先日もXで、ある個別株投資家の投稿に対して「その投資法は間違っている。インデックス投資以外はすべてギャンブルだ」といった厳しいリプライを送っている人を見かけた。投稿者は自分なりに企業分析をして、楽しみながら投資をしているだけなのに、なぜそこまで攻撃的になる必要があるのだろうか。
市場の懐は深い。短期・長期、インデックス・アクティブ、バリュー・グロース、デイトレードからバイ&ホールドまで、さまざまな異なる投資法でリターンをあげることができる。たとえば、短期トレーダーが市場の非効率性を利用して利益を得ることもあれば、長期のバリュー投資家が割安株を発掘して大きなリターンを得ることもある(私にはできなかったが)。成長株投資家がテクノロジー企業の将来性に賭けて成功することもあれば、配当株投資家が安定した配当収入を得て満足することもある。
重要なのは、これらの投資法は再現性や効率性は異なるものの、それぞれ異なる市場参加者のニーズに応えているということだ。
しかし、お金を増やすという根本的な目的は同じである。その手法の正しさを競うものではないし、派閥を作って勢力を拡大するようなものでもない。投資の世界で「宗教戦争」を起こす必要などまったくないのだ。
ギャンブル化する投資の罠
投資はあくまでも「手段」であって「目的」ではない。この基本的な認識を忘れてしまうと、さまざまな問題が生じる。
まず、投資を目的と考えてしまうと、定期的にやってくる経済危機や○○ショックのような市場暴落の際に、損失を被ると目的が達成できず「失敗した」と必要以上に落ち込み、精神的に参ってしまう。私も2008年のリーマン・ショックでポートフォリオが50%近く下落したとき、ブログのコメント欄で「水瀬さんのせいで大損した」「もう投資なんて二度とやらない」といった悲痛な声をたくさん見た。これらの人たちは、投資で損をすることイコール人生の失敗だと捉えてしまっていたのだろう。
一方、投資がお金を増やす手段であると正しく認識していれば、投資で損失を被ったとしても、「しばらく頑張って働くか」と開き直り、仕事に精を出すことで余剰資金をまた稼げばよいだけと考えることができる。「少し節約してみるか」と生活費を下げる方向で頑張ってみるという方向だってあるだろう。
これは、受験にたとえるとわかりやすいかもしれない。第一志望の大学に落ちたとき、「受験に失敗した。人生終わりだ」と考える人と、「第一志望はダメだったけど、第二志望の大学で頑張ろう」と考える人では、その後の人生が大きく変わってくる。投資も同じで、一つの手段に過度に依存せず、バランス良く人生設計を考えることが大切なのだ。
また、投資が目的化している人の典型例として、売買によるスリルが楽しくて取り憑かれてしまう人もいる。株価が上下するたびに一喜一憂し、チャートを見ながら興奮している状態だ。私も若いころのトイレ・トレーダー時代は、この状態に近かった。
行動経済学の研究によると、投資における売買行為は脳内でドーパミンの分泌を促し、ギャンブルと似たような快感をもたらすことがわかっている。特に、予想が当たって利益を得たときの快感は強烈で、「もっと大きく勝ちたい」という欲求を生み出す。
売買そのものが楽しくなってしまい、やめられなくなってしまう。ひどくなると、パチンコなどのギャンブル依存症に近い状態になってしまう人もいる。
ギャンブル依存症の治療を専門とする医師によると、投資依存症の患者も近年増加傾向にあるという。症状としては、投資のことが頭から離れない、投資資金を確保するために借金をする、家族や仕事よりも投資を優先するなど、ギャンブル依存症と酷似している。
このような状態に陥らないためには、投資を始める前に設定していた目的を定期的に見直すことが重要だ。「なぜ投資をするのか」「投資で何を実現したいのか」を時々ふり返り、投資はあくまでその目的を達成するためのひとつの手段であることを忘れないようにしたい。
お金を増やすこと以外の価値を見つけることも大切だ。ウォーレン・バフェットは「お金そのものに興味はない。お金を通じて新たな事業を創造することに興味がある」と述べている。また、マザー・テレサは、「お金は大切だが、お金よりも大切なものがある。それは人への愛だ」という言葉を残している。
私自身も、資産が1億円を超えたころから、お金を増やすこと自体よりも、その資産によって得られる「自由」や「安心感」の方に価値を感じるようになった。
繰り返しになるが、投資はあくまでも「手段」であって「目的」ではない。この当たり前のことを、ゆめゆめお忘れなく。投資の成功とは、単にお金を増やすことではなく、自分らしい人生を送るための選択肢を広げることなのだ。
文/水瀬ケンイチ
『彼はそれを「賢者の投資術」と言った 水瀬ケンイチのインデックス投資25年間の道のり全公開』(Gakken)
水瀬ケンイチ
経済評論家の山崎元氏(故人)が全幅の信頼を寄せた個人投資家・水瀬ケンイチ氏。
インデックス投資を世に広めたベストセラー『ほったらかし投資術』で山崎氏と共著した水瀬氏が、自らインデックス投資を実践し、ごく普通の会社員として歩んだ25年間のリアルな投資の軌跡を、資産額の推移とともに余すところなく明かします。
これは単なる成功物語ではありません。貯金ゼロからのスタート、チャートとにらめっこし自分を見失った「トイレ・トレーダー」時代、そして資産が半減し、罵詈雑言の嵐にさらされたリーマン・ショックの絶望。数々の困難や、利益の出ない長い停滞期を「愚直な継続」で乗り越えた先に、何が待っているのか。投資の先に本当に得られるものとは――。
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