
千葉市稲毛区に行列が絶えない北朝鮮料理店がある。切り盛りするのは2015年に北朝鮮から命懸けで脱出した文蓮姫(ムン・ヨンヒ)さん(34)。
NHKの取材で大繁盛
――どのようなきっかけで千葉にお店をオープンしたんですか?
文蓮姫(以下、同) 私は2015年に、母と弟は16年にそれぞれ脱北しました。母は平壌の最高級ホテル「高麗ホテル」の一角に店を出していたほどの料理人で、脱北後に韓国の事情を研究してソウルの中心部に北朝鮮料理店を開業し、私と弟も一緒に働いていました。
そのころ、ソウルで焼肉店を経営していた旦那さん(成さん)と出会って結婚し、彼も私たちの店の厨房に入って働いていました。
次の店を出そうかという話をしていたときに、NHKが私たちの店を取り上げたのがきっかけで日本人のお客様がソウルの店にたくさん訪れるようになったんです。
皆さん、冷麺のスープまで飲み干していて、空になったお皿を見るたびに「この味なら日本でもきっと通用する」と確信したんです。
それで、夫の地元の千葉にお店をオープンしました。私自身、「いつかは日本にお店を出したい」と思っていたけど、まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。NHKのおかげです。
――お店の名前の「ソルヌン」はどんな意味ですか?
「正月の雪」という意味です。2019年の正月に北朝鮮ですごく有名な「正月の雪よ、降れ」という曲に合わせて北朝鮮の子どもたちが踊っている公演の動画をYouTubeで見たのがきっかけです。
――北朝鮮で生まれ育って結婚前に日本を意識したことがありましたか?
私の祖父母はみな在日朝鮮人で(1959年に始まった)「帰国事業」で北朝鮮に渡りました。その後、日本にいる親戚が毎年、北朝鮮に来て服やいろんなものを持ってきてくれて、「日本ってすごくいい国だよ」とよく言っていました。
外国の情報がほとんどない北朝鮮で育ったけど、日本のことは親戚から直接聞いていたので、自然と信用できたんです。だから、日本の文化には昔から親しみがありました。
――日本でオープンしたころ、お店はどんな様子でしたか?
宣伝は何もしていなかったんですよ。チラシ1枚も配っていませんでしたし、夫と2人で始めたので、「地元の方に少しずつ広まってくれたらいいな」と思っていたんです。
でも、初日から大盛況で、本当にびっくりしました。オープンして最初の1ヶ月は、2人だけで営業していたので、休む時間もほとんどありませんでした。
夜9時にお客さんが帰ったあと、全てのテーブルの片付けと皿洗いを終えて、ようやく帰れるのが深夜2時。そんな日々が続いていました。まさか、ここまで繁盛するとは思ってもいませんでした。
「すべて手作りなので、とにかく時間がかかるんです」
――異国の地でお店をオープンして、大変だったことは何ですか?
一番大変だったのは、やはり言語ですね。私は2023年9月に日本に来て、まだ2年たっていないんです。24年3月22日にお店をオープンしたときも日本語がまったくわからなかったんです。
――そこから、この短期間でどうやって日本語を話せるようになったのですか?
家で息子の面倒を見ながらテレビで日本語を聞いたり、移動中はラジオを聞いたりしていました。それから、夫に日本語を教えてもらうこともありました。今でも、わからない単語があればすぐ夫に聞くようにしています。
――日本で北朝鮮の味を作り出すために苦労したことはありますか?
うちの冷麺は、日本から北朝鮮に行った後、北朝鮮南西部の海州(ヘジュ)で平壌冷麺店を営んだ母方の祖母の味がルーツです。それを母が受け継いでアップググレードしました。母は30年以上経験を持つ料理人で、料理の研究を続けてきた人です。
その味を出せる食材を日本でも入手しようと1年くらい探しましたが、醬油から塩まで全然違うんです。それで食材の中でお肉と野菜は日本のものを使っていますが、それ以外は毎月韓国にいる母から送ってもらっています。
韓国って今すごく物価が高いんですよ。
それでも、旦那さんとは「今の値段で通ってくれているお客様に申し訳ないから、しばらくはこのままでやっていこうか」と話しています。
――オープンしてから1年以上経ちました。
ありがたいことに、平日でも昼夜問わず毎日行列ができています。今は従業員を3人雇っているんですが、それでも休憩がほとんど取れない日も多いです。
午前11時半のオープンに向けて、毎朝8時から準備を始めても、毎日ギリギリ。すべて手作りなので、とにかく時間がかかるんです。
うちの冷麺は作りおきができないんです。時間が経つと麺はのびるし、ぬるくなるのでテイクアウトもやっていません。作りたてを食べてほしいんです。
母が韓国でフランチャイズをやらなかったのは、それが理由なんです。
――今後の目標は何ですか?
小さなキムチ工場を作って千葉県内のスーパーで1日30~50個くらい販売できるようにするのが目標です。今は店に来た人しか買えないけど、より多くの人に食べてもらいたいですね。3年以内にスーパーで並べられるようにすることが目標です。
※後編では脱北までの北朝鮮での生活を聞いた。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班