タクシーをつかまえた松田優作が別れ際に「お前、共犯だから」…『探偵物語』『野獣死すべし』などの脚本家が明かす不世出の大スターの情熱と凄み
タクシーをつかまえた松田優作が別れ際に「お前、共犯だから」…『探偵物語』『野獣死すべし』などの脚本家が明かす不世出の大スターの情熱と凄み

「一緒に死んでもいいほど惚れていた、殺意を抱くほど憎かった」──『探偵物語』『野獣死すべし』など松田優作の代表作の脚本を担当した丸山昇一。
唯一無二の俳優、松田優作の情熱と凄み、彼との愛憎の日々を綴った書籍『生きている松田優作』より一部を抜粋、編集してお届けする。

「見方が、浅いよ」

『野獣死すべし』の公開から一ヶ月後。久しぶりに優作と会った。
この日の午後、この年設立された、セントラル・アーツのオフィスにフジテレビ放送の新番組第一話の決定稿を持参した。

そこに優作がいた。

「これから黒澤さんとともに東映本社の幹部と会食する。そんなに長くかからないから、丸山、待っててくれ」

会食後、銀座のクラブで接待を受けている優作を外の路上で待っていた。
優作がひとりで出てきた。ずいぶん不機嫌な顔をしている。
そのままタクシーで新宿に向かう。車内では何も語らない。

新宿の、私がよく知らない路地奥、小さな看板だけのBAR。
質素な内装の、カウンターの一番端。
ボソボソと、
「『野獣』(の感想)、どうだった」
「……哀しみ、とかも十分伝わりますし」

優作がジッと聞いている。


私は正直に話していない。
優作は、もう気づいているはず。

ここらで本心をほんの少し。
「ただ一点。優作さん、(声の)トーンが高いほうにズレて、動きもオーバーランした時が複数個所ありましたね。どれもほんの少しですけど、でも微調整は無理、だったんですか」

ここではサングラスを外している優作の目をきちんと見ながら、じゅうぶんに敬意を払う丁重な物言いを徹底する。
それでも優作が、神経がキリッと傷んだような顔をする。
その空気。
沈黙の、間。
ちびる。
眠気が、明後日に吹っ飛ぶ。

「見方が、浅いよ」
怒りを押し殺した声の優作。


「……すみません」
グラスでバーボンを飲む。ふたりとも。
「で、なんだ」
「飄々と、漂うように……一面で、そういう伊達も織りこむ、っていうか、できたのを観てからですが、観てから言うのも無神経だけど。『荒神』のゴロ。殺しの旅人ですけど、飄々と漂うように各地を歩きまわるといいな、とか、話、飛びますけど」
優作は、応えない。かわりに、
「けっこう、みんな、きついこと言ってんな」

『野獣死すべし』、角川映画の最新作。公開されてからの評判は賛否両論。
批判もあるが、二十代、三十代前半の若い人たちには熱狂的に支持してくれた層がいるそうだ。
「腹、減ったな」
「ええ、はい」
BARを出て、少し歩く。

深夜零時が近いのに、新宿のこの狭い通りは人で溢れ、入店したごくありふれた中華屋もほぼ満席だった。

相席でふたりの席を空けてもらい、湯麺と餃子を頼む。
客の数人が驚いた顔をしたが、従業員や大半の客がそっとしておいてくれる。


店の隅の高い位置に、古いテレビがある。
昔の作法(ルーティン)通りの、テレビ時代劇をやっていた。
観るともなしに観る。
心底うんざりした顔で、優作が低くもらす。
「この頃から、この国は進化してるか」
私は黙って首を振り、ふたつの小皿にそれぞれの餃子のタレを塩梅(ブレンド)した。
「余計なこと、するな」
俺の分は俺がやる。
はい。てなもんで。

「お前、キョーハン(共犯)だから」

外に出て、新宿駅をめざして歩く。

「今日さ、東映の重役が、第二の高倉健になってくれと、そういう話だった」
「前は、ブルース・リーとかジャッキー・チェン並みのアクションスターにって話も」
「なんだかな」
「だかな、って話ですね」
「じゃ、バーターで『荒神』やらせてくれって言おうかと思ったけど、隣に黒澤さんもいたし、……なんだかな。意気上がんなかったよ」
「わかります」
「しばらくはまだ遊ぶよ。頭真っ白にして」
「音楽」
「うん」
「丸山は、いま何してる」
「フジで帯番組(オビ)を。黒澤、村川、丸山で『探偵同盟』」
「ふん。

馬鹿やってんな。同盟、か」
「そのまま『探偵物語』の盗用(パクリ)です」
「安売りするなよ」
「……はい」
「お前にも、村川にも言ってる」
「村川さん、『野獣死すべし』の時点で、日本一の監督じゃないですかね」
これは、本心を言っている。
「うん。だから安売りするなと」
「アンテナ、また磨きます」

駅の近くの、大通りに来た。
「終電、間に合うか」
「大丈夫です」

優作は、タクシーをつかまえた。
「丸山」
「はい」
「お前、キョーハンだから」
「え?」
「共犯者、俺と」
「あ、……」
そう言われて、別に悪い気はしないという自分もいる。

数日経って、真夜中、二時頃だったか、不意に電話が鳴った。
電話はいつだって不意に鳴るが、優作からの電話は特に、不意に鳴る、気がする。
「丸山?」
「はい。行きます。一時間、待てますか」
「すぐ来れる?」
「…はい」
「飄々と、漂う話だ」
「……はい。行きます。

一時間、待てますか」
「いや。夜が明けてからでいいわ」
「え? いいんですか」
「すぐ行く、って返事してくれただけで、もう会ってる。つづきは、午後でいい」

こちらの仕事を大急ぎで片づけ、お昼すぎに優作の家に駆けつけた。
すぐ書斎にこもる。

いきなり、レコードでなくカセットテープをコンポでONにする。
サントラ。
『クルージング』を試写で観て感動したという。
アル・パチーノ主演。ウィリアム・フリードキンが監督。
パチーノ刑事が、ニューヨークのゲイがたむろする町に潜りこみ、連続する殺人事件を捜査する物語らしいが、その内容はともかく、融合する音楽に感銘を受けたそうな。
「音楽映画と呼ばれていいからさ、全篇、音楽と刺激し合うフィルムやりたい」
「ノリの良さ、ですか。ノリで勝負」
「うん。

乗れよ」
優作が笑う。
めったに見せない優作の笑顔は、他に変えがたい魅力がある。

「ノリを脚本(ホン)にするのは難しいです」
「いよいよグールドやるか。『ロング・グッドバイ』」
「ああ。そっち方面からノリをつかまえますか」
「どこでやるか」
「トーキョウ? ヨコハマ? コウベ?」
「ヨコハマ、か」
「なんて名前の奴? だろ」
「英語。シンプルがいい」
「R、アール。J、ジェイ。K、ケイ」
「あとでノリで出てくるものを。それで、ヨコハマを、漂うんだ、飄々と」
「とにかく歩く、歩く、休む、歩く」
「ヨコハマ、意外と坂道多いからな。歩きのほうが絵になる」
「音楽、どうします?」
「作曲とか、候補は考えてる」
「優作さん、歌っちゃえば」
「おいおい」
「売れないブルースシンガー。あんまり売れてない私立探偵」
「……さえないライブの店。されど、ヨコハマ」

ヨコハマBJブルース

横浜を舞台にした一九八一年版歌謡映画の脚本を書きはじめた。
書きながら、何度か、横浜に行って歩いた。
赤レンガ倉庫のあたり。
馬車道。
本牧あたり。
大黒埠頭。
引き込み線。
地下鉄駅と駅前を何箇所か。
横浜港を見渡す公園。
朝。昼。夜。
優作演じるブルースシンガー兼私立探偵の足と心になりきって、歩く。
飄々と、漂うように。
途中で、自宅にいる優作に電話する。公衆電話。

「いま、馬車道にいるんですけど」
「どう」
「漂ってきて、佇んで、またフラッと人混みに消えてゆく。表通り、ブルース背景(バック)にいけますよ」
「表通り、人混みに消えるんじゃなくて、ビルの地下か上階に入りこむ。いい階段はないか探してみて」
「了解。優作さん」
「なに」
「BJって名前にしませんか。さっき、歩きながら降りてきた」
「遊んでるな」
「いい遊び場です、ヨコハマ」
「乗るか、BJ」
「ノリで」

文/丸山昇一

生きている松田優作

丸山 昇一
タクシーをつかまえた松田優作が別れ際に「お前、共犯だから」…『探偵物語』『野獣死すべし』などの脚本家が明かす不世出の大スターの情熱と凄み
生きている松田優作
2025/8/262,200円(税込)244ページISBN: 978-4797674552

『探偵物語』『野獣死すべし』などの脚本家・丸山昇一が、
没後40年を経てなお輝きを失わない不世出の天才俳優・松田優作との出会いから
永遠の別れまで10年余の日々をつづる渾身の一作!

■「一緒に死んでもいいほど惚れていた、殺意を抱くほど憎かった」──1979年、新TVドラマ『探偵物語』の製作前打ち合わせ。脚本家志望の若者・丸山昇一の前に現れたのは、「むき出しの野心」と「さわると危険」な空気をまとった、サングラスにデニムのスタジャンのスター、松田優作。この「好きな俳優ではなかった」が「存在感がすごすぎる」役者との出会いが、丸山の運命をかえていく。『探偵物語』で脚本家デビューを果たした丸山は、同じく優作主演の『処刑遊戯』で念願の映画脚本を担当。撮影現場で、完成した映画で、松田優作のすごさに感動した新米脚本家。映画の出来ばえに脚本家としての自信も得た。そして、優作主演の大作『野獣死すべし』の脚本執筆という注文が、角川春樹から舞いこんでくる。それは松田優作とのさらなる戦いの始まりであった……1989年、突然の別れを迎えるまでの濃密すぎる関わりを、愛憎入りまじった感情を、脚本家・丸山昇一が初めて自身の筆で書きしるす! 70年代末~80年代の映画業界の熱気と混沌、不世出の大スターの情熱と凄み、脚本家の苦悩と恍惚、を活写した快作!
■回想録本編に加え、松田優作が生前語っていた構想を基に、75歳の優作主演を想定して書かれた探偵ドラマの書きおろしシナリオ『21世紀探偵秘帖 顔(フェイス)と影(シャドー)』を収録!

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