〈宮本慎也が古田敦也の先見の明に謝罪〉なぜメジャーは三振率が増えて「投高打低」が解消し、日本は三振が減っているのに「投高打低」が加速しているのか?
〈宮本慎也が古田敦也の先見の明に謝罪〉なぜメジャーは三振率が増えて「投高打低」が解消し、日本は三振が減っているのに「投高打低」が加速しているのか?

近年、日本のプロ野球界では「投高打低」が続き、打率3割を超える打者は珍しくなっている。一方、MLBでは三振率が増えつつも「投高打低」が解消されつつある。

日米で起きている真逆の現象について野球解説者の宮本慎也氏が解説する。
『プロ視点の野球観戦術 戦略、攻撃、守備の新常識』より一部抜粋・再構成してお届けする。

時代に取り残されている日本の打者

結果論からの推測になりますが、なぜメジャーは三振率が増えて「投高打低」が解消し、日本は三振が減っているのに「投高打低」が加速しているのでしょうか?

本来、日本の常識から考えると、投手のレベルが上がると三振が増えると思うでしょう。打者側から考えても、打者のレベルが上がったから三振が減ったと考えられます。しかし、実際にはメジャーと日本球界で逆の現象が起きているのです。

この疑問について、私なりに考えてみました。おそらく高めのフォーシームへの対応の差が、日米の逆転現象を引き起こしているのだと推測できます。

高めのフォーシームの弱点と強みを考えてみてください。高めというのは、長打が出やすい球です。その一方、空振りもしやすい球ともいえます。ここでメジャーと日本球界の高めのフォーシームに限定して、直近3年間の空振り率と長打率の割合を調べてみました。

簡単に説明すると、メジャーの空振り率も長打率も、ほぼ横ばいといっていいでしょう。日本は空振りする確率が減少していますが、23年に0.5%上がった長打率は、24年に大きく下がっています。



24年、日本球界で使用したボールが「飛ばない」とされていました。実際に飛ばない影響はあったのでしょうが、この3年間の本塁打率を見ても22年から24年までは下がり続けています。「飛ばない」ボールを使っていなかったとしても、前年度より下がっているのは間違いないでしょう。

こうした数値が出る理由を私なりに説明します。

長打狙いの打者が多いメジャーでは、高めのフォーシームに対してホームランを狙います。しかし、その一方で空振りのリスクは高くなります。

力を入れてスイングするし、速い真っすぐに対して早めにタイミングを取るので、変化球にタイミングが狂いやすくなります。空振りが多くなるのは仕方ないでしょう。

その逆で日本球界では、高めのフォーシームに空振りをしないようなスイングを心掛けます。その結果、ミートしても力負けしてファウルになり、フェアーゾーンに飛んでも詰まらされて力のないゴロになります。

高めの真っすぐに空振りしないためには、高めのボールゾーンに手を出してはいけません。どうしても「見る」を優先してしまいます。
その分、タイミングは遅れるし、「打つ」より「見る」が優先するため、力強いスイングができなくなります。

当てることはできても、長打できるような力強いスイングはできなくなります。

日米でこんなに違う! ポストシーズンのホームラン数の比較

ホームランによる得点の重要性が、最も表れやすいのがポストシーズンの短期決戦でしょう。短期決戦になると、出場した各チームはいいピッチャーを続々とマウンドに送り出します。好投手から連打で得点するのが難しくなり、数少ない失投を逃さずにホームランにするというパターンで得点を狙う方が有効です。

それでは、ポストシーズンでのメジャーと日本野球のホームランによる得点割合を比べてみましょう。日本はコロナ禍の影響でセ・リーグがクライマックスを中止したため、フルで試合が行われるようになった2021年からにしました。

日本はメジャーよりもポストシーズンに参加するチームが少なく、一概に比べることはできないのでしょうが、4年間の平均を比べてもメジャーが48.18で日本は30.28です。約半分弱の得点をホームランで稼ぐメジャーと、3割ちょっとの確率でしかホームランで得点できない日本の差が大きく出ています。

次は、シーズン中のホームランによる得点割合を比べてみましょう。

やはりというべきか、メジャーはシーズン中のホームランで得点した割合が低くなっています。一方、ポストシーズンで対戦するいいピッチャーからは連打が出にくいため、ホームランでの得点が有効だということです。日本は低かった年と高かった年が半々です。

短期決戦ではスモール・ベースボールに徹する傾向があり、戦うチームによって違うのでしょう。はっきりとした傾向が出ていないということは、いいピッチャーからはホームランで得点を狙うという視点がまだ薄いのでしょう。

ちなみに、この4年間でワールドシリーズを制したメジャーのチームの、ホームランによる得点割合を見ると、半分以上の得点をホームランで奪ったことになります。

一方、日本一になったチームを見てみると、21年のヤクルト以外、ホームランによる得点割合が平均より低いチームが日本一になっています。「日本はホームランに頼らない野球でいい。それが日本の野球」と思う人もいるでしょう。確かに一理ある考えで、否定するつもりはありません。

しかしそのような考えが、現在の「投高打低」を招いたのではないでしょうか?ホームランの価値を追求するメジャーと、ホームランの価値に気づいていない、もしくは否定する日本野球の差が表れているのだと思っています。

先見の明があった古田敦也に謝罪

振り返ってみると、私も「ホームラン野球」に納得がいかなかった1人です。長嶋監督時代の巨人は、FAなどでホームランバッターばかりを獲得していました。私自身も「そんなチームに負けてたまるか!」と懸命に戦っていました。しかしそんなヤクルトでも、今思えば巨人ほどではありませんが、クリーンアップには1発のあるバッターが揃っていました。

古田監督が就任し、外国人選手のアダム・リグスなど、1発のあるバッターを2番に起用しました。

当時の私は「古田監督は巨人みたいな野球をしたいのかな?」と疑問に感じていました。これは私の想像ですが、巨人のように1発のある打者を揃えた打線を相手にマスクをかぶり配球する古田さんは、そういう打線の方が手ごわいと感じていたのでしょう。

古田さんは選手を兼任した監督だったため、緻密な野球を考える暇も余裕もなかったから、采配の負担が減る「1発野球」をするしかなかったと思っていました。

実際、どうなのか聞いていませんが、今の野球を振り返ってみると、「先見の明」がありすぎたのでしょう。当時はメジャーでも「2番最強説」はなかった時代です。当時は時代が古田さんの野球についていけなかったのだと思います。さすがです。私自身、疑問に思ってプレーしていたので、この場を借りて古田さんにお詫びしたいと思っています。

申し訳ありませんでした!

それともうひとつ、ホームランや長打力のある打者の絶対数も少なかったのだと思います。当時は日本人の長距離打者が少なくても、外国人選手は今よりもレベルが上でした。しかし見方を変えると、日本人投手のレベルが急速に上がり、外国人のバッターが昔ほど活躍できなくなっています。

これも「投高打低」を招いている要因のひとつになっているのでしょう。

文/宮本慎也

『プロ視点の野球観戦術 戦略、攻撃、守備の新常識』(PHP研究所)

宮本慎也
〈宮本慎也が古田敦也の先見の明に謝罪〉なぜメジャーは三振率が増えて「投高打低」が解消し、日本は三振が減っているのに「投高打低」が加速しているのか?
『プロ視点の野球観戦術 戦略、攻撃、守備の新常識』(PHP研究所)
2025年8月13日1,320円(税込)208ページISBN: 978-4569859712

著者は、通算2133安打・408犠打を記録し、10度のゴールデングラブ賞を受賞。堅実な守備と高い戦術理解度で長年チームを支え、WBC(2006)では世界一メンバー、2008年北京五輪では日本代表主将を務めた。現役引退後はNHKの野球解説者として活動しながら、学生野球の指導にも力を注いでいる。

こうした豊富な実績と経験に、現代のデータ分析を融合させ、本書では「戦略としての野球」に本格的に切り込む。著者は、個々のプレー技術を論じるだけではなく、チーム全体をどう設計し、どのような方針で試合に臨むかという“戦略”と、実際の試合中にどんな判断を下すかという“戦術”の両面を精緻に考察している。

たとえば、バントや打順の構成における旧来の常識は、もはや「思考停止」と言わざるを得ない。著者は、試合展開に応じたバントの是非、最強打者の打順の合理性、得点を奪うための起用と配置など、試合の局面ごとの具体的な戦術判断についても、理論と実例をもとに詳しく解説している。

そして、日本野球が世界と戦う上で進むべき方向性として、従来の「緻密な野球」ではなく、「パワーベースボール」をまずは志向すべきと説く。打力・身体能力を活かす選手育成、柔軟なポジション編成、徹底したデータ活用を通じて、国際舞台でも勝てる新たなチームづくりが求められている、と説く

技術論にとどまらず、大局的な戦略と実際の試合での戦術を見通す本書は、ファンのみならず、選手、指導者にとっても必読の内容である。「観戦力は戦術眼で磨かれる」――。データとプロの経験が導く「勝負の読み方」は、野球という競技の理解を一段と深めてくれるだろう。新たな観戦の地平を切り拓く、新時代の野球論の決定版である。

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