「はぁ?」不機嫌という手段で攻撃してくる夫に30年仕えた妻のまさかの気づき…私も「不機嫌ハラスメント」の加害者になっていた!?
「はぁ?」不機嫌という手段で攻撃してくる夫に30年仕えた妻のまさかの気づき…私も「不機嫌ハラスメント」の加害者になっていた!?

気に入らないことがあると無視するといった夫の不機嫌に30年耐え続けた女性は、ついに家を出て一人暮らしを始めた。だが距離を置いて気づいたのは、夫だけでなく自分自身も「不機嫌ハラスメント」の加害者だったかもしれないという事実だった……。


さまざまな夫婦の実態について取材した『ルポ 熟年離婚』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全2回のうち1回目〉

気に入らないことがあると無視

自分も「不機嫌ハラスメント」をしていた。

首都圏で暮らす女性(59)がそう気づいたのは、夫の不機嫌から逃れ、アパートで一人暮らしを始めた2年前のことだった。

大学を卒業後、女性は自己啓発セミナーの講師として働いていた。だが仕事が忙しすぎ、ストレスからパニック障害を発症して退職した。

そんなときに再会したのが、高校の同級生だった夫だった。

端正な顔立ちで、誰からも好かれる人気者。数年ぶりに会った彼は、相変わらずいい人だった。でも、そこはかとなく「影」を感じた。

「この人を助けてあげたい」

なぜかそう思った。猛アタックの末、つきあうことになり、数カ月後には妊娠。26歳で結婚し、娘二人と息子に恵まれた。

女性のパニック障害は続いていた。

「公園に連れて行かなきゃ」「夕飯の買い物しなきゃ」と思うと、不安で動けなくなる。

子どもを風呂に入れるのも、健診に連れていくのも、公園で遊ぶのも夫の役目。子育てのほとんどを、夫が担うことになった。

「だから夫は私に、絶対的なパワーを持つようになりました」

夫はもともと、結婚には乗り気ではなかった。そんな事情もあったのか、次第に不機嫌という形で女性を苦しめるようになった。

何か気に入らないことがあると、埴輪のように無表情になり、無視する。

話しかけると、冷めた視線で「はぁ?」と小馬鹿にしたように受け流す。

運転を頼むと人格が変わり、事故を起こさないかと怖くて仕方なかった。

それでも夫に頼らないと、育児は回らない。面と向かって文句を言うことはできなかった。深夜まで何時間も差し障りのない話をして、夫の心をほぐしながら「実は……」と少しだけ思いを伝える。そんな日々が何年も続いた。

夫の機嫌を取りながら耐える日々

夫の不機嫌は治まるどころか、増長していった。夫にとっては、どんなに攻撃しても、許してもらえる存在が「妻」だった。

一方で夫は、子どもや他人には一切、そうした態度を見せなかった。はたから見れば、子煩悩な父親がいる幸せな家族だった。

結婚から10年が過ぎたころ、「このままではまずい」と思うできごとがあった。

夫婦で話しているときに、興奮した夫が何度も壁をバンバンと叩いて威嚇してきた。それまで、物に当たることはなかったのに。

「今度は私に暴力をふるうようになるかもしれない」

暴力に発展したら、いつでも逃げられるようにしておこうと自立の決心をした。幸い、パニック障害の症状は落ち着いていた。自宅で塾を開くことにした。

子どもの同級生を教えることから始め、口コミでどんどん生徒が増えていった。収入も、やりがいも得た。

それでも、夫の機嫌を取りながら、フキハラに耐える日々は変わらなかった。



転機は3年前に訪れた。

父を亡くして間もないころ、どうしても夫に動いてもらわねばならない用事があった。迷った末に頼んだが、いつものように「はぁ?」と言われるだけだった。

次の日、「昨日の言い方はひどくない?」と切り出すと「何だお前、その態度は‼」と逆上された。

ああ、この人とやっていくのはもう無理だ。その瞬間、30年間耐えてきた糸がぷつんと切れた。

1年間かけて家を出て行く準備を進め、2年前に近所にアパートを借りた。

家を出る直前、家族五人でZoomで話し合う機会があった。夫はいつものように、上から目線で女性に不機嫌をまき散らした。

だが子どもたちにとっては、初めて見る父親の姿だった。

夫ほど子育てにかかわってこなかったせいか距離のあった娘から、初めて「お母さん、飲みに行こう」と誘われた。娘はDVを受け、離婚していた。
女性のつらさを、瞬時に理解してくれた。

それなのに、アパートで一人暮らしを始めて一番つらかったのは、意外にも夫の“ケア”ができないことだった。

互いに離れられない「共依存」

今思えば、夫は妻から機嫌を取ってもらうために、わざと不機嫌な態度を取り、自分はそれをケアする、といういびつなサイクルに陥っていたのではないか―。

「私は夫の不機嫌をケアすることに、自分の存在価値を見いだしてきたんです。離婚しようと思えばもっと早くできたのに、互いに離れられない『共依存』の関係でした」

一人になってみて、夫の一挙手一投足に振り回されず、好きなものを食べ、欲しいものを買って自分を甘やかすようになると、少しずつ張り詰めていた心に間ができた。

そして自分を見つめ直すうち、知らず知らずのうちに、もしかしたら自身もフキハラの加害者だったかもしれないと思い始めた。

子どもには「勉強しなさい!」「もう寝なさい!」と怒ってばかりだった。ストレスを感じている自覚はなかったのに、夫への鬱屈した思いをぶつけていたのだとがくぜんとした。

「お客様」である塾の生徒に対しても、宿題をやってこないなど気に入らないことがあると、いらつく態度を隠さなかった。

買い物の際も、店員の要領が少しでも悪いと不機嫌を抑えられない。商品を購入後、コールセンターに電話し、カスタマーハラスメントすれすれの態度で接したことも一度や二度ではなかった。

「とくに娘にはものすごい圧をかけていたと思います。そのときは自分が正しいことをしているだけと思っていたけれど、弱い立場の人に不機嫌をぶつけていた。

それじゃあ、夫と同じですよね」

別居して気づいたこと

夫も自分も根はまじめで、自分で思い描いていた人生を送れなくても、自分にむち打つように生きてきた。

「でも人間だからときには甘えたいし、疲れを癒やしたい。そんなとき、誰かに不機嫌をぶつけてしまうのは、自分を守る上ではやむを得ない行動だったのでしょう」

不機嫌になることが悪いことだとは思わない。ただ、誰もが無自覚にフキハラの加害者になっている可能性がある。その気づきが大事だと思うようになった。

夫はいまだに「おれは何も悪くない」と言っている。アパートへ移る直前に離婚届を渡されたが、「出すはずはない」と高をくくっているようだった。

この2年間で夫に対する思いも、自分の弱いところも、少しずつ整理がついてきた。

自分はずっと「相手が悪く、自分は傷つけられている」と思っていた。でも、別居して気づいた。「自分が選んでそこに居続けた」ことに。

経済的に独立できるようになっても、「家族が大事」だと離婚に向けて行動しなかった。何よりも、夫のことが世界で一番好きで、諦めきれなかった。



何度も「不機嫌」という地雷を踏み、心が壊れそうなほど痛みを味わってきた。そのたびに、「心が痛い。不機嫌ではなく言葉で伝えて」と全力全身で伝えてきた。いつか分かってくれると思っていたからだ。

離れて初めて、分かった。自分は被害者ではなかった。

「私が選んで、あの人といたのだ」と気づき、相手への非難への気持ちがスッと減った。

桜の季節になり、ずっとしまっておいた離婚届を提出した。

文/朝日新聞取材班 写真/Shutterstock

ルポ 熟年離婚

朝日新聞取材班
「はぁ?」不機嫌という手段で攻撃してくる夫に30年仕えた妻のまさかの気づき…私も「不機嫌ハラスメント」の加害者になっていた!?
ルポ 熟年離婚
2025/8/12957円(税込)248ページISBN: 978-4022953186

「一人に戻って残りの人生を自由に暮らしたい」
ある日突然、離婚を切り出されたらどうするか?

●心身を害してまで一緒にいることはない
●夫婦間で募る不機嫌。でも「離婚は避けたい」なら
●離婚が経済的に損なのか得なのか

婚姻期間が20年以上の熟年離婚は3万9810件、離婚率23・5%。統計のある1947年以降で過去最高を更新し続けている。子育てが一段落したことも離婚を決断する要因となり、退職金や年金などの財産分与を考える場合、「夫の定年の2~3年前から妻は準備に動きだす」という。
1950年の男性の平均寿命は約60歳だったが、今や81歳。人生100年時代、定年後に夫婦で過ごす時間はかつてなく長くなっている。一方、「卒婚」「熟年婚活」が盛んという現象も。令和ニッポンの「熟年離婚」を追った徹底ルポ。専門家による役立つアドバイスも満載。

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