
市議会から不信任を突きつけられた静岡県伊東市の田久保眞紀市長(55)。地盤である市南部の伊豆高原では、メガソーラー建設計画反対運動の中心になった田久保市長の行動力を評価する声は根強い。
「市長が代わり市政も変わったことは確かだと思います」
今年5月に市長に初当選した田久保市長は、その前に市議選で2回当選している。伊豆高原では斜面に広大なメガソーラーを設置する計画があり、これを住民が反対運動で凍結させたが、その反対運動の中心にいたことが、田久保市長が市議になった背景にある。
市長を支持する伊東市の住民Aさんはこう語る。
「太陽光発電は国も県も推進の立場で、伊東市も2代前の市長が主導してあちこちにメガソーラー計画が持ち上がりました。土砂崩れや海を汚染する危険があるため住民は反対しましたが、法的に止める“武器”はなく、どうやって闘えばいいのかも手探りでした。
署名を集め、工事が始まったと聞くと現場に駆けつけて抗議をするという本当に地道な行動を繰り返すなかで、メンバーを攻撃する怪文書がまかれたりもしました。
そのなかで田久保さんは許認可制度などをすごく勉強してくわしく、専門知識を持つ人を集め、市だけでなく県や国にも掛け合って計画を止める流れをつくりだしました。それを知っているので、彼女が住民のために本当に闘ってくれる人だという評価は全然変わりません」
住民Aさんはさらに、田久保市政が生まれたこの春のことを振り返る。
「隣の熱海市は町おこしに成功して活気づいているのに、人口減少が止まらない伊東市は沈滞しています。ライフラインの補修や公共施設の維持管理に予算が回されず、中心街もシャッター街となって観光業が上向く展望もないと思っています。
そうしたなかで、田久保さんは42億円かかる新図書館の建設反対を公約に掲げて出馬し、市の政財界の大部分が推した前市長を破りました。
メガソーラー反対運動を引っ張った彼女の行動力を目にした伊豆高原周辺の支持者だけでなく、市民生活や観光業よりも新しいハコモノを優先するような当時の市政にフラストレーションを感じていた人たちも彼女に票を投じたのだと思います」(Aさん)
田久保市政になってから良くなったこともあるという。
「私には中学生の子がいるのですが、伊東市の小中学校は教室以外のクラブで使う部屋や体育館に空調がなく、前の市長時代からずっと保護者が設置を求めてきたのに放置されてました。
それが、この夏休みにどんどん取りつけが進み、年内に体育館にもエアコンが全部つくことになったと聞きました。市長が代わり市政も変わったことは確かだと思います」(別の市民Bさん)
だが市長就任直後に、田久保市長がメディアなどに説明してきた「東洋大卒業」との学歴はウソで、本当は除籍されていると指摘する文書が全市議に送られたことで学歴詐称疑惑が浮上。
田久保市長は除籍が事実だったと認めながら、偽物の疑いがある卒業証書とされるものの公開は頑なに拒否。辞職して出直し市長選に再出馬すると一度は表明したものの、この約束も反故にした。
市議会や市幹部との対立が深まる中、9月1日に市議会は全会一致で不信任を議決。田久保市長は10日以内の失職か辞職、または市議会解散を迫られる状況だ。
「田久保さんが辞意を撤回してから、みんなシーンとなったんです」
地元や、東京のメディアで伝えられる「街の声」が市長非難一色となる中、市長室を訪ね、応援の気持ちを伝えたマダイの一本釣り漁師・石井泉さん(77)は支持の理由をこう話す。
「田久保さんを応援する理由は突き詰めれば、彼女にはしがらみがないということ。新図書館建設を進めたいことが明白な市議会にしてみれば、“ヨソ者”である田久保さんが市長になったことが許せないんだと思うよ。
卒業の真偽は、30年前のアナログな事務手続きで手違いが起きた可能性があるし、発言の撤回が悪いとみんな言うけど、国会議員なんて前言を翻すことは日常茶飯事。
ヌクヌクとした伊東の政治に田久保さんのような人が出てきたことはうれしいし、私の周りには表には出ないが彼女を支持する人はいっぱいいますよ」(石井さん)
前出のAさんも、学歴詐称問題が起きても伊豆高原一帯では田久保市長への支持は固かったとみる。
しかし「特に地元メディアが一方的なのですが、田久保さんサイドの声は一切伝えずに最初から犯罪者扱いで、そうした報道にしか触れてないから地元でも支持する人は減っていると思います。
それと、この街は静かなところなのに、それがいきなりこんな大騒ぎになって、毎日毎日じゃないですか。そうしたら、それ自体が嫌だっていう人もいると思います」と指摘する。
伊豆高原の別の住民のCさんも、地域の変化を証言する。
「私も除籍を指摘した文書が送られたりしたのは田久保さんの足を引っ張る大きな動きがあるのではないかと思いますし、騒ぎが起きた初期は『(田久保さんを)応援しなきゃ』というあいさつもみんなしてたんです。
7月に田久保さんが“一度辞職してもう一回選挙に出る”と言った後だって『5月の選挙では前市長に入れたけど、今度は田久保さんに入れる』という人までいたと聞きます。
でも、田久保さんが辞意を撤回してから、みんなシーンとなったんです。今は人が集まる場所で彼女のことを口にするのは“タブー”になっています。
メガソーラー反対で田久保さんと一緒に動き、家の前に田久保さんのポスターを貼っていた人も外したりしています。支持する人は多いと思っていましたが、今はもうわからなくなりました」(Cさん)
圧倒的に不利とみられた選挙を市政の転換を求める声に押され勝ち抜いた田久保市長。
この異常な事態をどう終息させるのか。出直し市長選か議会解散か、市長の決断のリミットが近付いている。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班