〈中学受験撤退〉暴言、家出、つかみ合いの喧嘩…家庭崩壊寸前の東大出身夫婦が本番直前で“降りる”ことを決めた理由
〈中学受験撤退〉暴言、家出、つかみ合いの喧嘩…家庭崩壊寸前の東大出身夫婦が本番直前で“降りる”ことを決めた理由

「中学受験を撤退するなら小5の夏までに」と受験界隈では言われるように、夏場は受験の継続か撤退かを判断する大きな節目となりうる。「中学受験撤退」の背景には、成績の伸び悩みや子どもの体調不良など複数の要因が絡み合うことも多いというが、なぜ彼らは一度走り出した「受験」から降りるという決断に至ったのか。

今回、息子の中学受験撤退を決断したまりーさん(仮名、女性)に話を聞いた。 

何を言っても全く勉強しない息子 

都内の外資系金融に勤める、まりーさん夫婦。いずれも東京生まれの中学受験経験者で、東京大学出身同士という超高学歴夫婦だ。「中学受験は当然するもの」という考えから、2人の息子にも中学受験をさせることにした。

「長男は私たちの方針通り、順調に勉強して志望校に合格しました。何も困ることがなかった。でも…、次男は違いました」(まりーさん、以下同)

小学5年生になった次男も個別塾に通い、本格的に受験勉強をスタートしたのだったが…。

「次男はもともと『自分がやりたいことしか絶対にやらない』性格で、興味を持てば徹底的に打ちこむけど、気が乗らなければ何を言っても動かないんです。いつまでたっても勉強にやる気を見せない次男の姿に、焦りといら立ちが募っていきました」

次男は6年生になっても本気で勉強に取り組もうとしなかった。

そこで、次男が所属していたサッカークラブに休部を申し出たまりーさん。それでも次男の勉強姿勢は変わることはなく、気づけば6年の夏が終わろうとしていた。

「その頃になると、焦りから『勉強しなさい!』と怒鳴るようになっていました。怒りもピークに達していて、『勉強しないと、将来食べていけないよ』とか『ママたちはいつまでも、あなたの面倒を見てあげられないよ』という、脅しに近い言葉も投げかけるようになっていました」

明るく活発だった次男は、ほとんど部屋から出てこなくなった。

さらに、次男が慕っていた長男が留学で数か月、家を離れることになると、態度はますます荒れていき、本格的な反抗期に突入した。

「6年生の秋頃、親子での言い争いがさらに増えました。『勉強しなさい!』という私の怒鳴り声に対して、次男が『うるさい!』と激しく応戦し、つかみ合いの喧嘩になることも増え、そのまま家を飛び出していくこともありました」

家庭崩壊の危機、受験本番残り3か月で撤退を決断  

受験本番まで時間もない。まりーさんの焦りと不安はさらに増していった。

「次男を怒りながら、頭の中では『このままだと家庭が崩壊するかも』という危機感も抱いていました。でも、当時は受験をやめようという決断ができなかった。私たち夫婦に中学受験以外の選択肢がなかったんです。

次男と言い争いになるたびに、お互いの心がズタボロになっていき、『私、この子のこと嫌いになってしまうかも』という恐怖すら感じていました」

ある日、まりーさんのもとに塾から電話がかかってきた。どうやら次男は塾に行っていなかったという。「何をしているのか?」「どこで誰とお弁当を食べているのか?」。いくら次男に問い詰めても口を割らなかった。まりーさんがなんとか聞き出したところ、塾をさぼって渋谷の路上で一人、こっそりお弁当を食べていることがわかった。

「渋谷の路上で一人お弁当を食べる次男を想像したとき、胸がしめつけられました。

その姿を想像して、ようやく受験を辞めようと思いました。いわゆる中学受験撤退です。

でも、中学受験撤退って、普通は4年生とか5年生の秋に決断しますよね。次男の場合、撤退を決めたのが6年生の11月。あと3か月で本番という時期でした」

受験本番を目前に控えた中学受験撤退。それでもまりーさんに迷いはなかった。

「『あと、3か月だけ我慢すればいいのに』と周りの人からはたくさん言われました。でも、大人にとってはわずか3か月かもしれないけど、次男にとっては小学校時代の大切な3か月。人生に与えるインパクトは、私たち大人が思っているより大きいんじゃないかって思ったんです」

受験撤退後の次男は…  

このまま過ごさせれば、次男は大きな傷を負う。直感でそう感じたまりーさんは撤退を決断した。

「『中学受験やめよう』と次男に言ったら、『サッカークラブにまた行きたい』と言いだしました。そこで昔の仲間たちとサッカーをしながら、笑っている次男の姿を見たんです。

『私、いつから次男の笑っている顔を見てなかったんだろう』と気づいて…。かわいそうなことしたなと心の中で謝りました」

周囲に中学受験撤退の報告をすると、もれなく「もったいない!」と言われた。でも、次第に元気になる次男を見て後悔はなかった。小学校生活の残り3か月、次男は笑顔で過ごし、心も親子関係も壊れることはなかった。

「きっとあのまま追いつめられて勉強をしていたら、勉強が嫌いになっていたと思うんです。社会に出てもいくつになっても、人は一生勉強をするものだから、中学受験をすることで勉強が嫌になってしまうのであれば、やる意味はないのではないでしょうか」

その後、次男は公立の中学に進学。高校受験でも相変わらずやる気をださず、あっけなく志望校に落ちた。しかし、高校2年生で突然、「東大に行く」と言い始め、猛烈に勉強をし始めたという。残念ながら東大は合格しなかったが、現在は慶應義塾大学に通って、ある専門分野を研究している。

「中学受験撤退を考えているということは、子どもの体調・親子関係・家族関係、何かしらに歪みが出ているサインなのかもしれない。だからこそ、勇気をもって撤退するのも一つの方法だと思っています。

私たちは撤退したものの、中学受験はやってよかったと思っています。

あのとき得た学びが今の学びの知識に繋がっていると次男の研究内容を見て思います。たとえ少ししか勉強していなかったとしても、そこで得た思考や知識は何も無駄になっていないと思うんです」

走り続ける勇気もあれば、立ち止まる勇気もある。その一歩が、親子にとって本当の価値がある『進路』になることもあるはずだ。

取材・文/集英社オンライン編集部

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