2000年に結ばれたゲームに関する選手肖像権のコナミとの独占契約。コナミとは和解が成立したが、NPBと選手会はそのまま法廷闘争へ。
米国も韓国も選手の肖像権の商品化は選手が管理している
プロ野球選手の肖像権が侵害されている、と宮本慎也プロ野球選手会会長らが立ち上がって起こした肖像権訴訟は、2007年12月18日に口頭弁論が終結した。
選手会の主張は合理的に思われたが、裁判所はこれを認めなかった。2008年2月25日に下された判決は「宣伝目的」の意味を広義にとらえて、プロ野球の知名度の向上に資すること全般、商品化にも利用できると判断したのであった。
背景にはすでにこれまで、長年に渡って選手の肖像権が商品化されて来た実務慣行があった。言わば、条文の解釈というよりも既成事実となっていたことが、ネックとなった。
宮本は上告審に向けて立ち上がる。ここであきらめることは絶対にしたくなかった。アメリカも韓国も選手の肖像権の商品化は選手側が管理しているのである。世界のスポーツ界の潮流から見れば、サッカーもラグビーもアイスホッケーも選手の肖像権は選手側が管理している。
なぜ日本ではそれが認められないのか。スタジアムで選手の名前を冠した弁当が勝手に売られていて、収益が分配されなかったという不誠実な行為も是正されなければならない。
二審では、メジャーリーグで認められた「宣伝目的」の解釈という戦略に加え、独禁法や一方的に決められる分配金の不合理性も強調していた。
商品化するにしても球団の一元管理ではなく、安価な手数料で選手の価値をさらに最大化してくれるエージェントに依頼すれば、マーケットもさらに活性化する。
そのほうがビジネスとしても合理的ではないか。残念ながら二審でも認めらなかったが、こうした点を最高裁への上告でも改めて主張した。
最高裁の判決は、バトンタッチした次代の新井貴浩会長のとき、2010年6月15日に出された。これもまた敗訴であった。宮本はこう回顧する。
「あの裁判はしんどかったですね。まずは肖像権の歴史から全部頭に入れて、法律的にはこうなんだというのを理解して口頭弁論で話しました。
見ていた弁護士さんは『完璧』と言ってくれたんですが、結局負けてしまった。選手のためにも勝ち取りたかった権利ではありますね。
50年以上前に成立した統一契約書というのは、基本的に経営者の利益が最優先されていて、選手のために書かれたものではないというのが明らかじゃないですか。
日本の野球界を良くしていこうと考えたときには、そこをなんとかひっくり返さないといけないと思っていたんですよ」
エンタメとして年俸は公開すべきだ
ヤクルト内野陣の司令塔としてゴールデングラブ賞を通算10回受賞した男は、フィールド同様に俯瞰して野球界全体のバランスとイメージを常に考えていた。
自分たちは権利を主張する労働組合の構成員であるが、一方でエンターテイメントとしてのプロ野球を輝かせるファンにとってのスターでもあらねばならない。
あるときの総会で選手から、「選手名鑑に年俸を載せないで欲しい」という意見が上がったことがあった。個人情報でありプライバシーに関わることを嫌がる気持ちがそこにはあった。しかし、これを宮本は即座に却下した。
「僕はそれはダメだと言ったんです。お客さんが試合のチケットを買って下さることで、僕らの給料は確保されているじゃないかと。ファンがあって成り立っているし、それなのに年俸を隠すというのは、違うんじゃないかと思ったんです。
お客さんはそこに夢を見たり、興味を持つ。自分たちは見られている存在で年俸は公開してしかるべきです。やっぱり、自分らだけが得をするという主張は良くないと思ってるんで、時には譲歩したり、損もしないといけない」
移籍しやすい制度の整備
宮本は、自らが定めた3年間という短い在任中にFA取得期間の短縮(9年から8年)とともに、それに伴う「補償金制度の改善」と「故障者特例措置」を勝ち取る。宮本は補償金について、チームメイトの真中を例に出してメディアに説明を施していた。
「うち(ヤクルト)の真中がFA宣言して残留しましたが、仮に年俸1億円の選手が宣言した場合、補償金は1.2倍ですから、取ろうとする球団は所属する球団に別に1億2千万円を払わなくてはならない。これが無ければ、欲しがる球団は他にもいると思うんです」
出場機会を求めて新天地へ行きたい選手がいて、それを求めるチームがあってもこの補償金がネックになる。
この改善を求めたことで、2008年からは年俸の高い順にA~C(Aランク:上位1位~3位、Bランク:上位4位~10位、Cランク:上位11位以下)とランク分けされて、Aランクは旧年俸の80%(人的補償が伴う場合は50%)の補償金となった。
一方、「故障者特例措置」は、ケガをしたことで選手登録を抹消されてしまい、FA取得のために必要な日数が消化できない選手を救済する制度で、特定の条件(前年の出場選手登録が145日以上)を満たせば、抹消されていても実績を考慮して登録日数を60日までカウントするという措置である。
福留孝介(中日)はこの制度の適用によりFAを取得した第一号選手として2008年にシカゴカブスにFA移籍を果たしている。
「メジャーは故障者リストがあってケガをした人でもFA日数がカウントされると聞きました。僕もオリンピックの経験があるので分かるんですが、今はWBCと試合数の増加でケガのリスクが多くなっています。
プレッシャーのかかる国際試合で頑張ってケガをしたら、FA日数が溜まらない。それはおかしい。FA取得期間はそれでなくても長いので、この特例措置は短縮も含めた部分につながると思って取り組みました」
制度運用の仕方に対しても意見 「明日から試合やりませんよ」
宮本は選手とファンが納得する環境の整備と並行して、制度設計やその運用についても矛盾を感じたときは、活発に発言をしていった。
2007年の開幕前に中日が元本塁打王の中村紀洋を支配下登録しようとした。当時の中村はオリックスの契約交渉がこじれて自由契約となり、中日に育成で入団していた。
実力は疑う余地が無いので開幕前に支配下になるのは、織り込み済みであったが、これで70人枠が上限に達してしまった。
何かのときのために1枠の余裕を持たせたい中日は2005年の高校生ドラフトで入団していた金本明博をウェイバー公示(契約中の選手の保有権を解消して他球団に対して獲得機会を与える)にかけた。
時期的にも編成は固まっており、投手から野手に転向したばかりの選手の獲得に手を上げる球団は現われず、結局金本とは育成枠で再契約をすることが想定されていた。
宮本にとっては、交渉相手となる巨人の清武が推進した育成制度である。その目的は熟知していた。
生え抜きの選手をしっかりと育てるために作られた制度だが、しかし、ここで本来の在り方とは異なる使われ方(=強化施策として実力のある選手の緊急退避先や支配枠を空ける場所)をしたことに、猛反発して即座に声を上げた。
「これを悪しき前例にしてはいけない。本当は『明日から選手は(試合を)やりませんよ』と言ってもいい問題です」と強い言葉で遺憾を表明した。
ウェイバー公示は本来、シーズン終了後にリリースされるもので、このやり方では選手がさらし者にされてしまう。協約上は、確かに違反ではなかったが、このときはセ・リーグ事務局もまた中日の2度にわたる申請を相次いで却下した。
結局、金本は育成ではなく支配下登録されたが、翌年も育成登録を打診されこれを固辞、「プロではいい思い出が何も無かった」という言葉を残して球界を去っている。この育成制度の在り方について、宮本は現在も疑義を呈している。
育成制度がアマのレベルを低下させている
「僕が特に思うのは、この育成制度がアマチュアの著しいレベル低下につながっているということです。育成でプロが取るのはやはり基本的に高校生が多いですよね。
育成制度が無いときはドラフトにかからない選手は大学、社会人に進んでそこでアマチュアのレベルを上げていた。
取る側は、まあ育成なら取っておくかということになりますが、選手でセカンドキャリアを考えたときに大卒・社会人だと、どこかで見切りをつけた場合に潰しも効くけど、育成の場合3年(同一チームで3年以内に支配下になれないと自動的に自由契約になる)で辞めるとそこはきつい。
僕がアマチュアを教えていると、「育成でもプロに行きたい」という選手が多いんですけど、「育成で3年でクビになったらどうするの?」って言うんです。「契約金ないよ。給料だって年間200万ぐらいでしょ。野球道具どうするの、お前らに用意してくれるところないやろ」って。
ある高校の先生がおっしゃっていましたけど、教え子が野球を継続することは嬉しいけど、心が痛むと。球団も故障者を育成に回してとか、便利にこの制度を使い過ぎています。それだったらもう70人枠も撤廃して支配下枠を増やしたほうがいいと思うんですよ」
宮本の後任、新井新会長の手腕は…?
宮本の知見と分析によると、日本の文化として根付いてきた大学野球や都市対抗の社会人などへ行っていた人材がプロの育成へと分散し、少子化とも相まってアマチュアのレベル低下が余儀なくされている。
そして労働組合的な観点から言えば、育成制度はプロという名のやりがい搾取に繋がるのではないか。支配下選手を正社員とするならば、派遣切りよろしく安価な育成選手については経営者側は取りやすく、切りやすい。
選手会会長として自ら名乗りを上げて、濃密な三年間を過ごした宮本であるが、この時期、プレーの面でもそのキャリアにおいて好成績を収めている。打率は2006年が3割4厘,2007年3割ジャスト,2008年3割8厘と3年続けてすべて3割を超えている。
本人はその理由をメンタルに求めた。
「球団は僕と選手として契約してくれているわけですから。ヤクルトがあって僕がある。選手会の仕事をすることで、迷惑をかけるわけにはいけないじゃないですか」
月に1度のNPBとの事務折衝、2か月に一度の清武との会食、そして裁判という非日常のミッションに追われながら、なぜプレーヤーとしての結果を残すことができたのか。
「バッティングも守備も技術的に特に何かを変えたということはなくて、僕の場合は切り替えが上手く出来たということだと思います」
2008年に会長を退任する際、次は誰に託すか。FAや肖像権、そして統一契約書における保留権に対する権利獲得に向けて、この流れをしっかりと繋いでくれる人物として早い段階から宮本には腹案があった。
広島カープの新井貴浩である。北京五輪のキャプテンであった宮本は予選、本選と一緒に代表選手として戦っていく中で新井の誠実な気性を認めるようになっていた。
「彼は頭もいいんですけど、何より『こいつは損得で動かないな』という性格の部分ですね。やっぱり、損する、得するで動く人というのは僕はちょっと信用できないので。
そして新井は正しいと思ったところには思い切って突っ込んでいける。そしてその正しいという定義をちゃんと持っている。彼は逃げない。僕が会長として心掛けていたのは、プロ野球界が良くなるためというよりは、日本の野球が良くなるように。
で、その中にプロ野球という組織があって、ここはやっぱりみんなに憧れてもらわないといけない場所ということ。まあ選手会の仕事は正直、誰もやりたがらない。新井だってやりたくなかったと思うんですけど……」
大阪まで直談判にやって来た宮本に対して新井はNOと言えず、引き受けた。そして実際に正しいと思ったところに突っ込んでいった。会長任期3年目に起きた東日本大震災の際にセ・リーグを相手取り、開幕の延期を認めさせたのである。
宮本が選手会長としてやり残したこと
自ら手を上げて、3年間をやり切り、次世代への人選指名や引継ぎも円滑に行った人物にも、一つだけ悔しさとともにやり残したと思う事案があった。後に国の制度の変更に伴って廃止になった選手の年金である。
これは宮本会長の責任ではないが、国の制度の変更という流れの中でも、何とか維持できる余地がないか、次世代に向けて任期中に声をあげたいと考えていた。「それで財源としてクライマックスシリーズのファーストステージと、セカンドステージのそれぞれ1戦目、セ・パ合わせてその4試合を年金用にプールさせて欲しいとNPBに提案したんですが、これはけんもホロロに拒否されてしまいました」
ここまで食い下がることができたのは、なぜだったのか。
「やる前は実際に経営者側と、一選手の僕が話ができるかと考えたら、すごく不安だったんです。でも最初に事務折衝に出席したときに、言い方は悪いかもしれませんが、あ、これは大したことないなと思ったんですよ。
対峙する人は、本当に野球界を良くしようと思って話していない、というのがすごく感じ取れた。だから自分は渡り合えるという気はしました」
交渉事は無私の精神で臨み、大義がある方が強い。そして野球に捧げる情熱の前では、誰しもが平等に意見を交換できるし、できなくてはいけない。
宮本は言わずと知れたシーズン犠打日本記録保持者。自己犠牲を強いられた上で決めて当たり前と思われているこの送りバントの技術は極めて高度である。割りに合わない仕事には慣れている名球会会員。プロフェッショナリズムをもって次世代の選手のために権利という走者を大きく前に進めていった。
文/木村元彦
労組日本プロ野球選手会をつくった男たち
木村 元彦
初代会長の中畑清、FA制度導入の立役者・岡田彰布、球界再編問題で奮闘した古田敦也、東日本大震災時に開幕延期を訴えた新井貴浩、現会長の曾澤翼など歴代選手会長に聞く、日本プロ野球選手会の存在意義とは。
今から40年前の1985年11月に設立された「労働組合日本プロ野球選手会」。
一見、華やかに見える日本プロ野球の世界だが、かつての選手たちにはまともな権利が与えられておらず、球団側から一方的に「搾取」される状態が続いていた。そうした状況に風穴をあけたのが「労働組合日本プロ野球選手会」であった。大谷翔平選手がメジャーリーグで活躍する背景には、彼自身の圧倒的な才能・努力があるのは言うまでもないが、それを制度面で支えた日本プロ野球選手会の存在も忘れてはならない。
選手たちはいかに団結して、権利を獲得していったのか。当時、日本プロ野球の中心選手として活躍しながら、球界のために奮闘した人物や、それを支えた周りの人々に取材したスポーツ・ノンフィクション。

![【Amazon.co.jp限定】鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 豪華版Blu-ray(描き下ろしアクリルジオラマスタンド&描き下ろしマイクロファイバーミニハンカチ&メーカー特典:谷田部透湖描き下ろしビジュアルカード(A6サイズ)付) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51Y3-bul73L._SL500_.jpg)
![【Amazon.co.jp限定】ワンピース・オン・アイス ~エピソード・オブ・アラバスタ~ *Blu-ray(特典:主要キャストL判ブロマイド10枚セット *Amazon限定絵柄) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51Nen9ZSvML._SL500_.jpg)




![VVS (初回盤) (BD) [Blu-ray]](https://m.media-amazon.com/images/I/51lAumaB-aL._SL500_.jpg)


