
昨年10月の衆院選、今年7月の参院選と10代、20代の投票率は伸びず、「日本の若者は政治に無関心だ」という現実を突き付けられることになった。消費者研究を続けるトレンド評論家・牛窪恵氏が、令和の若者1600人以上に大規模調査を実施。
書籍『Z世代の頭の中』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「103万円の壁」にこだわる理由
24年秋の衆議院議員選挙。玉木雄一郎党首率いる国民民主党は「『年収103万円の壁』を引き上げる」公約を掲げ、若い世代から絶大な支持を集めました。
とくに影響を与えたとされるのが、同氏のYouTubeチャンネル「たまきチャンネル」です。彼は、税と社会保険料を巡る世代間格差について「若者は損をしている」などのメッセージを盛んに発信。それらがZ世代など若者に、大いに刺さったとされます。
熱狂は、この年の投票結果にも一定程度、反映されたようです。選挙当日、朝日新聞社が実施した出口調査(比例区/24年10月28日掲載)を見ると、全世代のうち同政党を最も支持したのが20代(26%)。それまで若い世代に人気があった自民党支持(20%)を上回り、若者が最も支持した政党となりました。
このとき私も含めた上の世代が、少なからず首を傾げたことが、大きく2つあります。1つは、「Z世代は『年収103万円の壁』にこだわるけれど、学生が103万を超えて働くとなれば、学業が疎かになるのでは?」との懸念。もう1つは、「20代って、そもそも政治や選挙に興味あったんだっけ?」との疑問です。
確かに、年収103万円を単純に12か月で割ると、月8.6万円弱。時給1300円として月に66時間以上、毎週17時間近く(週4日勤務で4時間以上/日)も働かねばなりません。それなのに、彼らがさらに就労時間を増やしたいと考える理由は何なのか。
その一端は、衆院選直後の24年11月、キャリアリサーチLab(マイナビ)がアルバイト就業者に行なった調査から透けて見えます。同調査で「年収の壁」がなくなったら、いま以上に「もっと働きたい」としたバイト大学生は、7割以上(72.1%)で、彼らの約半数(49.2%)は、「経済的ゆとりが(あまり・まったく)ない」と答えていたのです(「大学生アルバイト就業者の『年収の壁』に関するレポート」)。
近年は、奨学金の借入経験を持つ学生が、学部生、院生(修士・博士課程の平均)で、ともに55%にのぼるとされます。このうち「貸与型」の借入総額は24年、平均で「344.9万円」と過去最大を記録(24年日本学生支援機構「学生生活調査」/同労働者福祉中央協議会「高等教育費や奨学金負担に関するアンケート」)。
毎日の生活が決して楽ではない、あるいは多額の「借金」を背負った若者たちが、学生の間に少しでも多く稼いでおこうとする気持ちは、十分理解できますよね。
24年、弊社が他社の協力を得てZ世代1600人以上に行なった定量調査(※協力:CCCマーケティング総合研究所)でも、Z世代にお金の借り入れについて聞きました。「いま・あるいは過去に借り入れをしていた(している)」との回答は約2割(19.2%)に留まりましたが(別途「覚えていない+答えたくない」が11.4%)、その内訳で「自動車購入」(39.7%)に次いで多かったのが「学費・奨学金」(20.6%)でした。
とくに大卒・院卒の20代に限れば、借り入れ経験のある男女の3人に1人以上(33.5%)が、学費や奨学金のために借金しており、インタビュー調査でも「(借金を)忘れたい」「リセットしたい」や「実家が『太い(裕福な)』子が羨ましい」といった声が相次いだのです。
「投票離れ=政治離れ」か
そんななか、発信された「あなたたち若者は損をしている」といった玉木氏によるメッセージは、Z世代に「ようやく自分の味方が現れた」と強く感じさせたのでしょう。玉木氏はその後、Z世代の親世代にもあたる「氷河期世代」の救済をも訴えました。
では、国民民主党に共感する若者が増えたことで、投票率は伸びたのでしょうか。
衆院選における20代の投票率(小選挙区)は、90年の段階では6割近く(57.8%)ありましたが、96年に4割を切り(36.4%)、以後一度も5割を超えず、毎回3、4割台で推移しています。
そして24年はといえば、20代の投票率は3割強(34.6%)で、前回の衆院選時(21年/36.5%)を、むしろ下回る結果だったのです(総務省「選挙関連資料」)。
若い世代の間で、あれほど「年収103万円の壁」を巡る熱狂が見られたにもかかわらず、20代の6割超が、やっぱり投票行動に出ていない。こうした結果が、「日本の若者は結局、政治に無関心だ」と、上の世代を落胆させるのかもしれません。
本音で言えば、私も「せめて5割以上の若者には、投票に行って欲しい」とも思います。ですが近年、投票行動に消極的なのは、若者や「日本人」だけでもないようなのです。
たとえば、40、50代における衆院選の投票率(小選挙区)。90年にはいずれも8割を超えていましたが、20代の投票率が急落した96年には両者とも7割前後まで下落。さらに24年にはいずれも5割台まで落ち込み、96~24年までの下げ幅は、20代より40、50代のほうが大きかったことが分かります(総務省公表値)。
また、米国の大統領選挙(含・中間選挙)における世代別投票率を見ても、00~16年までに実施された9回の選挙で、21~34歳の投票率がその上の世代を上回った年は、ただの一度もありません。16年の同年代の投票率も約5割と、日本を多少上回る程度です。
同じく「若低」の傾向は、英、仏、独など欧州においても見られます。北欧諸国のように、学校で実践的な「政治教育」を行なう国では、若年層の投票率が8割前後に達するケースもありますが、多くの国、とくに仏では18~29歳における投票率(17年)が、なんと2割を割り込む(17.4%)ほど下がっているのです(20年文部科学省「諸外国における世代別投票率」)。
仏の投票率は「有権者登録」をした人を元に算出しますが、若者は未登録割合が高いとされ、実際の投票率はさらに低いかもしれません。
本気で政治家になりたい
もっとも、フランス政治を専門とする同志社大学政策学部の吉田徹教授は22年、朝日新聞の取材に対し、「投票率が低いことと政治無関心は、同義ではない」「フランスの若者は、(投票率が低くても)政治参加には積極的」だと答えています(同6月24日掲載)。
確かに、政治関連のデモに大挙して参加する仏の若者たちは、政治に無関心とは思えません。日本のZ世代も、SNS限定とはいえ、バーチャル空間では「こたつ記事」ならぬ「こたつ民主主義」とも言うべき盛り上がりを見せており、必ずしも政治に関心がないわけではないでしょう。
また、「この国を変えたい」と思いつつも、「誰に投票すればいいか分からない」「だから投票に行かない」との声は、今回のインタビュー調査でも多く聞こえてきました。もちろん、20代の6割以上が投票に行かない日本の現状は、決して褒められたことではありません。
ただ、これほどデジタルが身近になり、ショッピングも仕事も学びも、様々なことが自宅からネット経由で、こたつに入りながら可能になった現代において、限られた期間に「わざわざ」リアルの場に投票に出向くのは、明らかに以前より「面倒」だと感じやすいはず。その傾向は、なにも若者や日本に限ったことではないのです。
「衆院選(24年)のときは海外にいて、投票に行けなかった。でも僕、本気で政治家になりたいんです」と話すのは、グローバルメーカーに勤務する阪本弘輝さん(実名・以下ヒロキさん)。慶應義塾大学在学中に、「議員インターンシップ」に参加、国会議員の事務所で選挙活動の手伝いをした経験があります。
10歳のとき、父親が「ナゾの借金」を作って離婚、母と祖父母の家で育ちました。
また中学校では、同級生によって、椅子から床に引きずり降ろされるなど暴力的ないじめに遭った、とのこと。さっそく、いじめのリーダー格(A男)を突き止めると、いじめを黙認する担任の先生と交渉し、「先生も(いじめを)大ごとにしたくないでしょう?」「それなら次のクラス分けで、僕とA男を必ず別のクラスにしてください」と迫ったといいます。
同時に、不当ないじめに遭わないためにも、一心不乱で勉強し知識を身につけ、「別の(高レベルな)ステージ」に行こうと決意。受験勉強と並行して、むさぼるように古典(文学・哲学)や偉人伝を読みあさりました。「ケネディみたいに、言葉で世界の人々に影響を与えられるって、超カッケー(カッコいい)じゃないスか」。
高校以降、真剣に政治家の道を模索し始め、大学では複数の分野にまたがる「総合政策学」を専攻。また授業で出会ったゲストスピーカーに頼み込み、「将来、政策を練るときのために」と、介護施設で1年間ボランティア活動に勤しみました。身近な祖父母の悩みや日本の少子高齢化を鑑み、未来の課題解決へのヒントを「現場で知ろう」と考えたそうです。
就活では、最終段階まで進んだグローバルメーカーの面接で、新卒採用の責任者に対し、「いつか政治家になりたい!」「そのために、世界(海外)の中の日本を見たい!」と宣言。その甲斐あって、採用後は海外支局(タイ)に配属され、いまに至ります。
本来は卒業直後、議員秘書になろうとも考えたそうですが、議員インターンシップの経験から、「政策云々以前に、議員になるまでの資金集めや、人間関係の構築がめっちゃ大変」だと気づいたとのこと。
ゆえに、しばらくは様子見だと、ヒロキさん。タイでアジア方面との取引に関わりながら、「古典エヴァンジェリスト」の名で始めた、YouTubeチャンネル(「阪本弘輝のロード・トゥ・カエサル」)を運営。「立候補の際に必要な資金を稼げるかもしれないから」と、コツコツと地道に配信を続けています。
文/牛窪恵
『Z世代の頭の中』(日経BP)
牛窪恵
早期離職、タイパ重視、恋愛しない、飲み会嫌い、スマホ中毒……若者の「それ」本当ですか?
近年、日本の職場や消費の現場で、あるいは少子化のキーパーソンとして、広く注目される「Z世代」。実は、メディア発信による既存イメージの多くが、彼らの実像を見えにくくし、「昭和・令和世代」との大きなギャップを生んでいる可能性が、指摘され始めています。
たとえば、「会社をすぐ辞める」「恋愛・結婚は面倒」「お金を使わない」「打たれ弱い」「親とベッタリ」「政治に無関心」……など。こうした世間でのイメージの背後で、実際の令和の若者・Z世代の多くは何をどう考え、なぜそのように振舞っているのでしょうか?
本書では、消費者研究で定評のある世代/トレンド評論家・牛窪恵が、令和の若者1600人以上への大規模調査(※)と55人へのデプス(1対1)インタビューを基に、彼らのナゾにとことん迫ります!
(※大規模調査=協力:CCCマーケティング総合研究所)
●本書に登場するZ世代のナゾ●
○なぜ第一志望に決まった直後に「転職サイト」?
○なぜ「いいね」の数より「界隈」を好む?
○なぜ仕事と恋愛は「トレードオフ(両立できない)」?
○なぜ健康志向なのに体に悪そうなモノを買う?
○なぜ「地元好き」なのに都会や海外に出ていく?
【目次】
第1章 若者は「すぐ辞める」のか――仕事と働き方のナゾ
第2章 若者は「ニッポン」に興味がないのか――政治と起業、地元志向のナゾ
第3章 若者は「結婚が面倒」なのか――恋愛と結婚のナゾ
第4章 若者は「親に甘えすぎ」なのか――家族と出産のナゾ
第5章 若者は「お金を使わない」のか――消費とSNS、友人関係のナゾ
第6章 若者と、どう歩んでいくべきか――Z世代と創るニッポンの未来
Z世代の皆さんへ 行動経済学に基づく「3つの知恵」