
「あの芸能人の枕営業の真相」「芸人の〇〇、完全終了のお知らせ」「人気アイドルが干された理由」――。センセーショナルなタイトルと、タレントの顔を醜く描いたイラストのサムネイルで視聴者を引きつけ、アニメーションや一枚絵に声優の迫真の声を組み合わせて作られる「漫画動画」。
高齢者たちがのめり込むフェイクニュース
「久しぶりに実家に帰ったら、親がネトウヨになっていた」
2010年代、スマートフォンの普及により、親世代がインターネットに接続するようになった。その結果、極端な主張を繰り返すYouTube動画にのめり込む中高年が続出し、メディアでも取り上げられるほどだ。
自分を褒めたり叱ったりしてくれた両親がこうしたコンテンツに夢中になるのは、ただただ悲しい。それでも多くの子どもは「自分の親はここまでは悪化しないだろう」と考えているはずだ。
ところが、排外主義やフェイクニュースの流行が移り変わるなか、「親が〇〇になっていた」は新たな段階に入っている。都内在住の30代男性はこう語る。
「両親がネットに接続できるテレビを購入したので、自分のアカウントを使ってYouTubeを見られるようにしました。その後、おすすめ欄にかわいい動物の動画や昔の歌謡曲が表示され、両親もYouTubeを観ているのだと思っていました」
しかし、男性のおすすめ欄には次第に、芸能ニュースで話題のタレントを醜く描いたイラストのサムネイルが増えていった。
「気になって観てみると、芸能人に関する時事ネタを題材に、脚色された真偽不明の情報がアニメーションで紹介されていました。母に聞いたところ『お父さんが見ている』とわかり、ショックでした」
父親が視聴していたのは登録者数20万人を超えるチャンネルで、「芸能界の真相を暴く!」「〇〇の悲惨な現在」など刺激的なタイトルが並ぶ。
規制が厳しいとされるYouTubeだが、下着姿の人気芸能人を模したイラストや、醜い表情を実名付きで掲載しているものも少なくない。
「テレビより刺激的なんだ」
アニメーションといっても質の高いものではなく、いわゆる「漫画動画」という形式で、1枚絵に声を当てて進行する紙芝居のようなものだ。
事件やスキャンダルの裏取りはされていないようで、あるチャンネルの概要欄には「このチャンネルでは実話を脚色して動画投稿しており、実在の人物や団体などとは関係ありません」とまで記されている。
「デタラメな動画ばかり見ている父にショックを受け、やめるようにお願いしましたが、『テレビより刺激的なんだ』と言われました。若者ならともかく、テレビや新聞を信じてきた世代が、なぜこんな怪しいチャンネルにハマるのでしょうか……」
なぜこのような動画が人気を得ているのか? ネットメディア論を専門とする国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授の山口真一氏はこう語る。
「漫画動画という形式は、日本人にとって非常に馴染みやすいコンテンツだと考えられます。“ジャパニメーション”という言葉があるように、日本人は漫画やアニメとの親和性が高い。そこに有名人のゴシップといった週刊誌的な要素が加わることで、感情を強く揺さぶられる。さらに漫画やアニメな演出で“物語”として視聴できる点も大きい。結果として多くの人を惹きつけているのでしょう」
とはいえ、中にはあまりに内容が酷く、倫理観が外れたようなチャンネルもある。
「テレビ番組には民放連があり、最低限の放送倫理やガイドラインがあります。週刊誌もセンセーショナルな表現はあるものの、企業ですので、信頼と責任は意識します。一方で今は“個人”が自由に情報を発信できる時代です。そうなると、倫理に対する責任を誰が取るのか、常に宙ぶらりんになります。アカウントが消されても次の場所に移ればいいという感覚で運営されているのでしょう」(以下、山口氏)
まさに、フェイクニュースや陰謀論で人々を煽り、そこから利益を得る「アテンション・エコノミー」の典型例といえる。
親世代にできることは何か
虚偽や誤解を招くコンテンツが放置されている現状を変えることはできないのだろうか。
「インターネットは“自由な発信”が前提なので、削除の判断は結局プラットフォームの利用規約に依存します。明らかな名誉毀損や虚偽であれば通報で削除される場合もありますが、“事実と異なる”と証明するのは非常に難しいのです」
山口氏がテレビ番組で共演した著名人も、事実と異なる動画が拡散された際に「事実無根」と通報したが対応されなかったという。特に漫画動画のようなイラストやアニメ形式だと肖像権侵害でも訴えづらく、対応がより困難になる。
「明らかに侮辱的・差別的ならすぐ判断できますが、漫画動画のように『曖昧な表現』だと削除すべきかどうか非常に難しい。プラットフォーム側にとっても悩ましい問題と考えられます」(同)
ガイドラインはあるものの法的に明確とは限らず、結果として悪質なフェイク動画や誤解を招くコンテンツが残り続ける……。そうなると今後も親世代がこうした動画にハマる状況は減らないだろう。
「見るのをやめて」と言って聞き入れてもらえないなら、デジタルデトックスではないが、旅行などに誘ってYouTubeから切り離そう。この世界にはゴシップよりも面白いことはたくさんあるのだから。
取材・文/千駄木雄大