「心にぽっかり穴があいてしまった」 3人の息子が巣立ったあとにシングルマザーを襲った虚脱感 “空の巣症候群”になりやすい人の特徴と対処法
「心にぽっかり穴があいてしまった」 3人の息子が巣立ったあとにシングルマザーを襲った虚脱感 “空の巣症候群”になりやすい人の特徴と対処法

長年、子育てに専念してきた親が、子どもたちの巣立ちをきっかけに燃え尽きや喪失感に襲われる「空の巣症候群」。親としての役割を終えたあと、親ではない自分の人生をどう歩んでいけばいいのか。

空の巣状態に陥りやすい人の特徴と対処法を専門家に聞いた。

3人の息子が一気に巣立ち“空の巣状態”に

「いつか、こういう日がくるとは覚悟していましたが、いざ全員いなくなると、心にぽっかり穴があいてしまった感じで…」

そう寂しげに語るのは、関西在住の60代の女性、Kさん。男の子の双子と末っ子の三男の3人を育てあげたシングルマザーだ。今春ついに3人の息子が結婚や就職を機に家を出て、ひとりぼっちとなった。

「子育ては生活の全てでした。徐々に手がかからなくなったとはいえ、一緒に暮らしていたら、『今日はご飯いるかな』『洗濯しなきゃ』と考える日常がありましたが、それが一変してなくなってしまうと、精神的にかなりこたえました」(Kさん、以下同)

突然訪れた静けさに、Kさんは「空の巣症候群」に陥った。春以降、朝が辛くて涙を流すことも。成人後、別々に過ごす時間が増えたとはいえ、帰ってくる場所が同じというだけで心の支えとなっていた部分が大きかったことを実感した。

「何が楽しくて生きているんだろうって感じるときがあるんです。食事もひとりぼっちなので、適当になりがちで、食欲がわかない日も多いですね…」

趣味に打ち込んだり、同じ境遇の人と語らったり、自分なりに“空の巣状態”を乗り越えようと工夫しているKさん。それでもひとりの時間が長くなると「この先どうしよう…」と不安がふくらみ、余計な考えがせわしなく脳裏をよぎるという。

空の巣症候群になりやすい人の4つの特徴とは 

そもそも「空の巣症候群」とはどんな症状を引き起こすのか。近畿大学総合社会学部(心理系専攻)の塩﨑麻里子教授に話を聞いた。

具体的な症状としては、喪失感や空虚感、苛立ちなどの心理的症状、睡眠障害や食欲不振などの身体的症状、また引きこもりやその逆の過活動、子どもへの過干渉などの行動的症状もあげられるといい、

「子育て終了時期は、中年期と重なることが多く、その年代特有の心理社会的、身体変化によって引き起こされる不調も根底にあります」(塩﨑教授、以下同)

とのことだった。

実際、「空の巣症候群」になりやすい人にはどんな特徴があるのか。塩﨑教授によると、「主に4つの特徴があげられる」という。

まず一つ目が、「親の役割が生活の中心である人」だ。

「私たちは家庭以外にも、職場や趣味などさまざまなコミュニティの中でそれぞれの役割を担っています。『親』以外の役割が充実している人は子育て終了時の役割消失の影響が少ないですが、逆に『親』の役割が人生の中心である人は、その喪失感や影響力は大きいでしょう」

二つ目は、「子どもと心理的に密着している人」だ。

「日本人の母子関係は、心理的距離が近く、その境界線があいまいとも言われています。子どもを自身と一体化して捉えている場合は、子どもの自立自体が自身の存在価値の否定につながり、不適応を引き起こしたり、自立を引き留めるような行動をとってしまうこともあります」

三つ目は、「他のライフイベントも重なった人」だ。

「人間は一つだと対処できることも、複数のストレスフルな出来事が慢性的に重なると対処しきれなくなることが多いです。親の介護、家族の健康問題、職場での立場の変化や解雇などのライフイベントが重なると不適応症状が生じやすいです」

四つ目は、「社会的ネットワークが少ない人」だ。

「子育てが忙しい時期から、ひと段落する『ポスト子育て期』への移行は、家族にとってさまざまな変化を経験することになり、その際に友人や近所、親族とつながりがあることは大きな人生の資源になります。また夫婦関係が不安定だと、子どもが巣立ったあとの人生に希望や意味を感じることができず、不適応に陥りやすいです」

高齢期に健康で幸せでいるためには…

では、実際に「空の巣症候群」に陥ってしまった場合、どう対処すべきなのか。

「新たなコミュニティに参加するなど『親としての自分』以外の役割を見つけることが大切になります。

親として、子どもの成長をポジティブに受け止めて、区切りをつけつつ、これからの人生を再設計すること。そこで子どもや夫婦の関係性も新たに再構築していけるでしょう」

それが難しい場合、まずは健康的な食生活や睡眠リズム、身体づくりなどを心がけ、必要に応じて専門家の支援を受けることも大事だという。

また「空の巣症候群」は、ミッドライフクライシスと重なりやすいことから、男性にも生じうるという。

「若いときに思い描いていた40~50代の自分と比較して、『なんのために頑張ってきたのか』『これからの時間をどう使うべきなのか』苦悩しやすい時期です。その一方で、この時期の落ち込みはこれまでの人生を振り返り、これからの人生をどう生きるか、考え直すうえでとても重要になってきます」

高齢期に健康で幸せでいるためになにが重要なのか―。約80年かけてその事象を追ったハーバード大学の有名な研究では、『学歴』『収入』『容姿』などの項目が検討されたなか、最も重要なのが『温かいつながり』だという答えが導かれた。

「家庭を持つこと自体も減り、AIが人にとって代わるなど複雑な時代ですが、最終的に私たちに人生の意味をもたらし、支えてくれるのは人とのつながりだということが繰り返し報告されています」

子どもが巣立った瞬間からはじまるのは、親ではない自分の人生。大切なのは、その時間を誰と過ごし、どんな形で彩っていくか―。いま一度、人との関係性やつながりを振り返ってみてはどうだろうか。

#2へ続く

取材・文/木下未希 

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