
長年、子育てに専念してきた主婦が、子どもたちの巣立ちをきっかけに燃え尽きや喪失感に襲われる――その名も「空の巣症候群」。親としての役割を終えた瞬間、彼女たちに突き付けられるものとは、いったいなんなのか。
その孤独や不安を赤裸々に描き出した新連載コミック『50歳、その先の人生がわからない』の作者・「とげとげ。」さんに話を聞いた。
『50歳、その先の人生がわからない』作者インタビュー
子育てを終え、解放感に満たされる親もいる一方、強い孤独感や喪失感に襲われ、抑うつ状態に陥ってしまう人もいる―。その症状名は「空の巣症候群」。
特に子育てを人生の中心に据えてきた親に多く見られるというが、この孤独や不安感を赤裸々に描いた新連載『50歳、その先の人生がわからない』(よみタイ/集英社)が、SNS上でも話題となっている。
この作品は、同じ高校を卒業して30年、異なる生き方をしてきた二人の同級生が、50歳を目前に自らの生き方を見つめて問い直すセミフィクション・コミックエッセイだ。その登場人物の一人が、「お母さんになりたかった」夢を叶えた48歳の専業主婦、ひまり。彼女の「ママが終わっただけなのに…」という告白から物語は展開していく。
この“空の巣症候群”を題材に選んだ理由について、イラストレーター・漫画家の「とげとげ。」さん(46歳)に話を聞いた。
「これまで育児漫画を中心に作品を手掛けてきましたが、基本的に育児漫画って未就学児と30代前半の母親が中心に取り上げられることが多いんです。だから今回は自分の年齢層に近いターゲットのものを選ぼうと、“ミッドライフクライシス”に目を向けてみました」(「とげとげ。」さん、以下同)
50代が陥る中年クライシス
『ミッドライフクライシス』とは、「中年の危機」とも呼ばれ、人生の折り返し地点を迎えた40~50代が、自身のキャリアやアイデンティティについての不安や葛藤を覚える心理状態のことを指す。
「とげとげ。」さんは作品を手掛けるにあたり、友人や知人など同世代の女性に取材を実施。その中で聞いた話が“空の巣症候群”を取り扱うきっかけとなった。
「ある友人から、『子育てを終えて、気が付いたらドラッグストアとスーパーしか行ってない』という話を聞いたんです。私自身も中学生の娘と息子がいますが、子どもが小学生までは地域のクラブチームに所属してたのもあり、親同士の繋がりが強かったんです。
『ミッドライフクライシス』の中でも“空の巣症候群”に陥った専業主婦のひまりを主人公の一人に据えたのにはある理由があった。
「キャリア、家庭、老後と、多くの人が抱えている問題を一番表現しやすいキャラクターだと思ったからです。専業主婦の方はブランクが長いほど、アルバイトやパートでも仕事復帰した際、仕事の空気や時間の流れに慣れるのに時間がかかったり、できない自分に嫌気が差したり、それぞれの部分で苦しみがあると感じます」
さらに今作ではもう一人の主人公として、ひまりと全く違う生き方をしてきた独身の看護師、しのも登場する。
「『誰かのために生きる日々を送ってきた』専業主婦のひまりと、『自分のために生きる日々を送ってきた』独身で看護師のしのという、正反対の2人が交流することで、お互いの視野や価値観が広がり、補い合っていけるような関係を描ければと思っています」
50代を目前に感じる人間関係の変化
実際に、50代を目前に控え、「とげとげ。」さん自身も30~40代前半のときとの人間関係の変化を実感しているという。
「子育て卒業と同時に、人や地域との繋がりもなくなっていくんですが、その一方で、中年でも繋がりがある人って楽しそうなんです。趣味で新しい人間関係を構築することもあれば、子育てに追われて疎遠になっていた過去の友人とまた別の形で新たな人間関係を始められたというケースもあります。
30~40代前半の頃は独身、既婚者、子持ち――、それぞれの違う立場が羨ましくて、劣等感を抱えて、お互い生き辛さを抱えている。でも年齢をある程度超えていくと、自分の状況を受け入れつつ、お互いの背景が見えることで、また近づくことができたりもします」
そんな40代後半から50代への人間関係の変化も描かれる今作だが、改めて作品に込めた想いと読者に伝えたいメッセージを聞いてみた。
「年齢を重ねることでの喪失感や虚無感はあるけど、これまで培ってきた経験や繋がりは確実に自分自身の中にあると思います。それをどう生かし、どう繋げていくかで、50歳から先の人生、新たな自分なりの生き方や人間関係を築いていってほしいです」
「空の巣症候群」は決して特別な人だけのものではない。子どもが家を出たあとに訪れる“空白の時間”。それは喪失ではなく、新しい自分を見つけるきっかけになるかもしれない。
#1「空の巣症候群になりやすい人の3つの特徴」はこちらから
取材・文/木下未希