
南アフリカの広大なサバンナで、野生動物と日々を共にする一人の日本人女性がいる。日本人初の南アフリカ政府公認のサファリガイドとして活躍する太田ゆかさん(30)だ。
車に乗らず直接動物を見るツアーも
日本人初の南アフリカ政府公認のサファリガイドとして活躍する太田ゆか(30)さん。
ゆかさんは、もともと立教大学観光学部に通うごく普通の女子大生だった。しかし大学2年生のとき、単身で南アフリカへ渡ったことをきっかけに人生は大きく変わる。過酷なサファリガイド訓練校で経験を積み、資格を取得。2016年から世界最大級の野生動物保護区「グレータークルーガー国立公園」でガイドをしている。
「死ぬまでサバンナで暮らしたい」と言い切る彼女に、サバンナでの日常、そして野生と向き合う理由を聞いた。
――サファリガイドとは具体的にどんなお仕事なんですか。
ゆかさん(以下、同) サバンナを訪れる観光客に野生動物などが住む自然の中を案内する仕事です。
サファリカーで野生動物を間近で見るツアーだけでなく、サバンナを歩いて野宿するツアーもやっています。3泊4日、サバンナを歩いて探検して、夜はテントなしで寝袋ひとつ、満天の星の下で“雑魚寝”する私いち押しのツアーなんです。
サファリカーに乗っているときは自然を“観察する側”になりがちですが、サバンナを自分の足で歩いた瞬間、自然界の一員になることができます。文明社会から離れて動物の“ヒト”として過ごし、サバンナの地面を掘って水を収穫するなどの体験をします。野生動物が近づいて来たときに備えて、夜は交代で見張り番をしながら、寝袋でそのまま眠りにつきます。
――ツアーではどんな動物に遭遇することが多いですか?
インパラやキリンなどの草食動物と遭遇することが多いです。また運が良ければゾウやバッファロー、ライオンなどに出会うこともあります。サファリドライブだと見逃してしまいがちな虫や動物の残した足跡やフン、植物などに着目するのも野宿ツアーの醍醐味です。
――ガイドとして直面する苦労や工夫は何ですか?
野宿はやはりリスクを伴うアクティビティにはなりますので、参加者のみなさんにも安全上のルールを正しく理解していただくよう工夫しています。例えば夜の見張り番の大切さややり方などは特に細かく時間をかけて説明しています。
ライフルの訓練が一番大変だった
――そもそも、ゆかさんがサファリガイドを目指したきっかけは?
もともと動物が大好きで、将来は野生動物保護に関わる仕事がしたいと考えていました。大学2年生のとき、たまたまネットで見つけたアフリカのボツワナ共和国で行われる3週間の保全プロジェクトにボランティアとして参加しました。そこで初めてアフリカに足を踏み入れたんです。
「動物の大国といえばアフリカ」という漠然としたイメージしかなかったのに、目の前には何百キロも続く大自然と、人と動物が共存する姿が広がっていました。その圧倒的な光景に価値観を一気に塗り替えられ、「ここで働きたい」と強く思ったのが出発点でした。
そこでボツワナ共和国でサファリガイドをしているフランス人女性に訓練学校を紹介してもらい、大学3年生のときに立教大学に籍を置きながら、訓練学校に1年間通いました。あのときの決断がなかったら、今の自分はいないと思います。
――訓練学校時代は1年間テント暮らしをしていたとか?
はい。サバンナの中に建てられたテントで生活していました。電気は通っていませんでしたが、水道はありました。でも、象に水道管を壊されてしまい、1週間シャワーを浴びられないこともありました。それでも「これも経験だ」と思って楽しんでいました。
――訓練学校でいちばん大変だったことは?
内容面で一番大変だったのはライフルの訓練です。日本ではまず触れることのない大きくて重い銃を扱う恐怖に加えて、試験のプレッシャーが一番ストレスでした。訓練学校に入った最初の頃は、普通の女子大生で筋力もなかったので、本物の銃を持たせてもらえず、砂がまんぱんに入れられたペットボトルが3つぶら下がった木の棒を持ってトレーニングしていました。ライフルの訓練は体力的にも精神的にも厳しかったです。
――実際、動物をライフルで撃ったことはありますか?
今まで10年サファリガイドをやってきましたが、動物を撃ったことは一度もありません。
――構えるほどギリギリの場面もあったんですか?
はい。バッファローに突進されかけたときです。思わずライフルを構えましたが、直前で進路を変えてくれて撃たずに済みました。南アフリカ人のグループを案内している最中でしたが、本当に一瞬の出来事で、1秒もない間に全てが起こったので、お客さんは何が起きたのかほとんど分かっていませんでしたね。
サファリガイドの月給は……
――ツアーの参加者はどこの国の方が多いですか?
南アフリカに来るお客様の中心はヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアといった欧米圏の方々です。私がガイドを始めた頃は日本人のお客様はほぼゼロでした。今はメディアやYouTubeを通じて「日本人ガイドがいるなら安心」と思っていただけるようになり、ツアー参加者の100%が日本人です。
――ずばり、サファリガイドの給料はどれくらいなのでしょうか?
南アフリカで資格を取り立てのサファリガイドは月給4~5万円程度が一般的です。ただし住み込みで、食事も寮も提供されるので生活費はかかりません。
――現在はどんな生活をされているのでしょうか?
サバンナの広大な大自然の中にポツンとある賃貸の一軒家に住んでいます。家賃は月に約4万円です。
ただ、不便なのが停電です。停電すると水道も止まってしまうので大変なんですよ。あとはWi-Fiがすごく不安定で、メールすら開けない日もあります。そういうときは、仕事をするために車を運転して町まで行くこともあります。
でも、窓の外を見るとゾウやサル、鳥など野生動物がすぐ近くにいて、それを見るとすごく幸せを感じます。それには勝てないですね。オフの日は自分で車を運転して一人サファリをしたりしています。仕事でお客様を案内するのと、自分のペースで回るのとではまったく違う体験なんですよ。
――オフの日も動物を! そこまで動物を好きになったきっかけはなんだったんですか。
物心ついたときから、ずっと動物が好きでした。
――これから先の夢や目標はなんですか?
私の夢は「死ぬまでサバンナで環境保護に貢献すること」です。
今は「Yuka on Safari」という会社を立ち上げて、南アフリカのクルーガー国立公園の近くに、日本人として初めてロッジをオープンしたんです。今年オープンしたばかりなので、まずはその経営を安定させることが、一番のミッションですね。
ここへ来て初めて人を雇う立場にもなったので、運営はまさに挑戦の連続です。でも、日本からお客様をたくさんお迎えしてこのロッジに滞在していただき、現地の南アフリカの人たちを雇用することが、私にできる「貢献」のひとつだと思っています。だからこそ、これから先もずっとサバンナで暮らしていけるように、まずはこのロッジを成功させたいですね。
取材・文/集英社オンライン編集部