「目上の者に逆らうな」「弱い女性を守る」日本の田舎に時代錯誤の価値観が蔓延しがちな理由
「目上の者に逆らうな」「弱い女性を守る」日本の田舎に時代錯誤の価値観が蔓延しがちな理由

にわかには信じられないかもしれないが、過疎地域では現在でも「女性がでしゃばるな」「若いくせに生意気を言うな」といった言葉がつかわれている。いったいなぜなのか。


花房氏の書籍『田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来』より一部を抜粋・再構成し、その背景と、田舎の若者が都市部でぶち当たる壁について解説する。

田舎の役割文化

田舎の役割文化について述べる。過疎地域では現在でも「女性がでしゃばるな」「若いくせに生意気を言うな」といった言葉が使われる。女性や若者の意見は軽く扱われるのが一般的だ。その背景には古の時代から続く役割文化が二つ隠れている。

一つ目は、男女の役割文化だ。私たちは幼い頃から、「男女はこうあるべき」といった固定観念を刷り込まれて育つ。たとえば、男性は弱い女性を守る、女性は強い男性に頼る。この固定観念は、「弱い女性を従わせる」といったDVやセクハラの温床にもなっている。

とくに第一次産業は男女の役割が限定される。男性は荷運びや機械を扱う等の力仕事や面倒事を担う。女性は選別や包装等の細かい雑用を担う。

「力仕事や面倒事は男性に任せておけばよい」といった考えが女性の側にある。

男性の側も女性から任せられることを望んでいる。つまり、地域の産業構造によって男女の役割が違う。

対して欧米の場合、大型の農業機械を扱うのは専ら女性だ。地域会合に出席する代表者も専ら女性である。「機械仕事や面倒事は女性に任せておけばよい」といった考えが男性の側にある。女性の側も男性から任せられることを望んでいる。

欧米では「男女の機会均等」という西洋思想の流れの中で、性別で役割が規定されないよう様々な工夫がされてきた。立法措置を含めて意図的に固定観念の排除を図っている。固定観念を受け入れる私たちの東洋思想とは大きく異なる点である。

世代の役割文化

二つ目は、世代の役割文化だ。農耕は地域に定住して変化のない日常を求める。そこでは「昔ながら」をよく知る高齢者が重宝される。

若者は高齢者から種まきや田植え、収穫時期等の知恵と工夫を教わる。

高齢者は地域の歴史的背景や人間関係もよく知っている。

おのずと年功序列の枠組みがつくられて、「地域のことは高齢者に任せておけばよい」といった考えが若者の側にある。高齢者の側も地域を担うことを望んでいる。つまり、変化が乏しい地域であるほど高齢者が重要な役割を担う。

日本社会において役割は重要な意味を持つ。どのような組織に所属して、どのような役割を担っているかが、その人の価値になる。

私たちは相手の役割の違いで自らの立ち位置を変えるし、それができない者は社会人失格の烙印を押される。そのため、所属組織での役割を失うと扱いがとたんに軽くなる。だからこそ、高齢者は亡くなるその日まで手に入れた役割を保とうとする。

それでも都市部では、若者が「その役割を私たちに譲ってください」と高齢者に言うくらいはできる。なぜなら、他にやることを幾らでも探せるからだ。ところが、過疎地域の高齢者は他にやることを探すのが難しい。

それを知りながら役割を譲ってもらうのが心苦しいのである。

謙虚さが従順さに置き換わる

私たちは幼い頃から目上の者に従うよう促されて育つ。学生時代は先輩や教師に素直に従うよう教え込まれる。社会に出てからは上司に従うよう叩き込まれる。従わない者は、とんでもない者、悪影響を与える者、として叱られる。

とりわけ過疎地域では従順であることが尊ばれる。目上の者に逆らうのは恥ずかしい行為とされる。まわりからも「従っているだけでよい」「素直に頷くだけでよい」と諭される。そのような経験を繰り返しているうちに意見が言えなくなる。

鹿児島弁に「議を言うな」という方言がある。「ぎ」とは議論や反論といった意味だ。かつては「議論を尽くしたあとは決定に従え」という意味だった。

近年は「目上の者に逆らうな」といった意味で使われる。

いつ頃からか、謙虚さが、従順さに置き換わった。

この従順さは、目上の者の思考に依存し、自らの思考を放棄する。スポーツの分野では優秀な指導者に巡り合うことで、トップアスリートになることがある。目上の者が優秀であれば、従うのも一つの手段だ。しかし、多くの場合において、従順さは都合のよい道具になる。

たとえば、滅私奉公を褒め称えて従順な労働者をつくる。前例踏襲に従うよう促して既得権益の囲い込みを図る。従順さを道徳化することで、論理的に説明する技術や知識を身につける必要がなくなる。

過疎地域の若者たちが首都圏でぶち当たる壁が、この従順さだ。目上の者からの助言がないと何をしてよいのかわからない。

自分で考えて行動できるようになるまで数年かかる。

それでも20歳前後であれば決して遅くはない。

それは数年で取り戻せる遅れでもある。従順さをいち早く捨てて、謙虚さを持って目標に向かって進んでほしい。

写真はすべてイメージです 写真/shutterstock

田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来

花房尚作
「目上の者に逆らうな」「弱い女性を守る」日本の田舎に時代錯誤の価値観が蔓延しがちな理由
田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
2025/8/201,100円(税込)304ページISBN: 978-4334107376日本の国土に占める過疎地域の割合は約60%。「田舎は危機的状況にある」「過疎地域は悲惨」――。「田舎=過疎地域」にはネガティブな言説が付いてまわる。しかし、こうした言説の多くは「都心の思考」で発信され、「都市部の都合」を田舎に押しつけている。だが、田舎は本当に悲惨なのか? 都会の思考とは異なる合理性に裏打ちされた「田舎の思考」を明らかにし、過疎地域で暮らす人びとの日常を通して日本の未来を考える。
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