都市から田舎への移住が失敗するのはなぜか?「都会で悪いことをして逃げてきた」火のないところに煙を立てられた夫婦の苦悩
都市から田舎への移住が失敗するのはなぜか?「都会で悪いことをして逃げてきた」火のないところに煙を立てられた夫婦の苦悩

自然豊かな環境に憧れて都市部から過疎地域に移住する人たち。だが日本の田舎での生活に詳しい花房尚作氏によると、移住した多く人々は生活が徐々に破綻し、田舎から去ってしまうことが多いという。

それはなぜか? 
書籍『田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来』より一部を抜粋・再構成し、過疎地域に住む人々の思考を解説する。

失敗する移住者たち

過疎地域の住民は排他性をそれほど持っていない。移住者の受け入れについて尋ねると、「あまりよそから人が来てほしくないです。でもよそから人が来るのは別に構わないです」と言う。そこで、「移住者はどういう人がよいですか」と質問すると、「地域愛のある人です。他は何も要らないです。でも犯罪者は来てほしくないです」と言う。ほぼ全員が同じように答える。

つまり、移住者を望んではいないが、移住したいのなら受け入れる。その代わり、地域の風土的個性には従ってほしいと考えている。

人口が多い都市部では気が合う友人や知人を自分で選べる。ところが、人口が少ない過疎地域では狭い範囲の中で、友人や知人がおのずと決まる。気が合わない者と付き合うのは誰しも難しい。



そこで、相手に気を合わせるのではなく、「地域の風土的個性に気を合わせる」という手法を取っている。

役場の職員採用についても同じだ。その選考基準は「深い郷土愛を持ち、地域に根差した人材」である。要するに、地域の現状に好感を持っていて引き続き保ちたい者になる。地域に不満を持っていて変化を望む者は選考から外れる。

じつは、移住者が地域に馴染むのは簡単だ。住民は暇を持て余しているので積極的に世話を焼いてくれる。農作物のお裾分けもあるし、野焼きの方法や地域の穴場も教えてくれる。ただし、地域の風土的個性に逆らう行為は許されない。

次のような失敗事例がある。ある夫婦が自然に囲まれた生活に憧れて過疎地域に移住した。移住先の決め手は支援金と就業先の斡旋だった。

夫は地域づくりを担う企業で働くことになった。妻は小学校の教員になった。自宅は古民家を購入してDIYで修繕した。庭の畑で自然農法の野菜づくりにも取り組んだ。住民との関係は良好で、それらの作業を手伝ってくれた。

「都会で悪いことをして逃げてきた」と身に覚えのない噂が

半年ほど過ぎた頃である。夫婦は定期的に要請される自治体活動が負担になっていた。その活動は参加、不参加にかかわらず作業費の徴収があった。徴収された作業費は飲み会に使われていた。

そこで「飲み会はやめませんか」と夫婦が提案したことで、住民から「決まりに従わないのは裏切りだ」「地域のつながりが壊れる」といった反発が起こった。

住民側からすれば、移住者を快く受け入れて面倒を見ている。地域の風土的個性に従うのが礼儀だ。その礼儀を反故にしたのだから反発を受ける。

しかも、移住者は支援金の恩恵を受けて高い年収を得ている。

当然ながら「税金泥棒ではないか」といった主張が正当性を持つ。そのうち「不法投棄をしている」「都会で悪いことをして逃げてきた」といった身に覚えのない噂が立つ。その夫婦は心身ともに疲れ果てて過疎地域を去った。

この他にも、住宅ローンを組んで家屋を購入した移住者がいる。その移住者から、「住民が自宅周辺をうろついて室内を覗き込み、毎日のように噂話をしているのが精神的に耐えられない」といった相談を受けたことがある。

住宅ローンは居住条件が付くので家屋の賃貸化が難しい。移住の際にはフットワークを軽くしておくことが肝心だ。

厄介事と息苦しさ

過疎地域には相互扶助の精神が根づいている。相互扶助の代表的な組織として自治会がある。地域によっては町内会・集落会・村落会・区会とも呼ぶ。主な活動内容は、道路清掃・草刈り・柵の修繕・冠婚葬祭・地域行事・ゴミの管理・防災管理・高齢者の見守り・児童の見守り・会費の集金・広報誌の配布等がある。

また、教育委員会では自然体験学習会や、モノづくり教室等を定期的に開催している。

そこでは高齢者が子どもたちに自然を巧みに扱う術を教えている。組織の構成員で互いに支え合う関係性は先人たちがつくり上げた誇るべき伝統である。

その一方で、厄介事や息苦しさを生み出す要因にもなる。

まず、相互扶助は他者を監視する。たとえば、「あの人があれをしている」「この人がこれをした」と裏でコソコソと言い合う。「火のない所に煙は立たぬ」と言うが、過疎地域では火のない所に煙が立つ。

やってもいないことを「やっている」と言われることがよくある。

次に、相互扶助は関係性があいまいだ。仕切りたがりが偉そうにして場の雰囲気を悪くすることもあるし、場を取りまとめる者がいなくて困ることもある。

たとえば、草刈りを終えたあと、高齢者が「次も手伝うよ」と住民に伝えた。その住民は「来ても来なくてもよいよ」と返答した。まるで役に立っていないかのような返答に高齢者は激怒した。



「雨降って地固まる」と言うが、そう都合よく揉め事は収まらない。ぬかるんだ状態で放置するしかない。

移住者は転居の選択肢を持っているが、地元の住民はその選択肢を持っていない。住み慣れた地域で暮らす手段として、厄介事や息苦しさを受け入れている。誰しもが何かしらのわだかまりを持ちながら暮らしている。

それでも、地域内の揉め事は「顔を合わさない」という逃げ道がある。その逃げ道がないのが職場だ。職場での揉め事は相手を退職に追い込むまで続く。

よくあるのが、根拠のない指導や注意を繰り返して揉めるパターンだ。そのような職場のギスギスした状態は一見してわからない。どちらかの退職が決まって「またそうなったか」となる。過疎地域では定期的に似たような揉め事が起こる。

住民同士でいつも揉めているし、親族間でも揉めている。よく揉めるものだと思う。

住民はこれまでの経験から揉め事が起こり易いことを知っている。そうならないよう普段から穏やかな言葉を選び、ゆるやかな口調で話すよう心掛けている。

たとえば、日本各地の方言の多くは語尾を装飾する。だに、だら、ずら、けん、だがや、け、にゃ、みゃあ、ちゃ、等だ。言葉尻を柔らかくすることで敵意がないことを相手に伝える。

揉め事が多い地域で暮らすための知恵と工夫である。揉めるのが嫌とかではなくて、揉めるものだと考えておくことが大切だ。

写真はすべてイメージです 写真/Shutterstock

田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来

花房尚作
都市から田舎への移住が失敗するのはなぜか?「都会で悪いことをして逃げてきた」火のないところに煙を立てられた夫婦の苦悩
田舎の思考を知らずして、地方を語ることなかれ 過疎地域から考える日本の未来
2025/8/201,100円(税込)304ページISBN: 978-4334107376日本の国土に占める過疎地域の割合は約60%。「田舎は危機的状況にある」「過疎地域は悲惨」――。「田舎=過疎地域」にはネガティブな言説が付いてまわる。しかし、こうした言説の多くは「都心の思考」で発信され、「都市部の都合」を田舎に押しつけている。だが、田舎は本当に悲惨なのか? 都会の思考とは異なる合理性に裏打ちされた「田舎の思考」を明らかにし、過疎地域で暮らす人びとの日常を通して日本の未来を考える。
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