
自民党の総裁選では、たった一つの振る舞いが、その結果を左右しかねない。9月22日に行なわれた候補者による所見発表演説会で、有力候補の一角である高市早苗・前経済安保相(64)の演説が「致命的になりかねない」(自民党関係者)との声が出ている――。
「へずまりゅうしか思い浮かばなかった」
その演説は、はじまりからやや唐突だった。
「高市早苗、奈良の女です。ヤマトの国で育ちました」
紺色のスーツに身を包んだ高市氏は、破顔一笑すると、「奈良の女としては、奈良公園に1460頭以上住んでいるシカのことを気にかけずにはいられません」と続けた。
さらに、奈良時代の歌人・大伴家持による鹿についての和歌を、独特な抑揚をつけて読み上げ、次のように語った。
「そんな奈良のシカをですよ、足で蹴り上げるとんでもない人がいます。殴って怖がらせる人がいます。外国から観光に来て、日本人が大切にしているものをわざと傷めつけようとする人がいるんだとすれば、皆さん、何かが行き過ぎている、そう思われませんか。
(中略)古い、古いものが大切に、大切にされているところに、そういう日本人の気持ちを踏みにじって喜ぶ人が外国から来るようなら、何かをしないといけません」
演説を聴いていた自民党の地方議員は、「へずまりゅうしか思い浮かばなかった」と振り返る。“へずまりゅう”とは、SNS上で外国人観光客から奈良公園の鹿を守るなどと訴えて、7月の奈良市議選で初当選した元迷惑系ユーチューバーの男性だ。
しかし、この問題を巡っては、公園を所管する奈良公園室が、今年6月の県議会で実態を説明していた。それによれば、関係団体が毎日パトロールをしているものの、意図的に鹿を傷つけるような、殴る、蹴るといった暴力行為は確認されておらず、そういった通報もないという。
さらに、報道によれば、昨年7月に奈良公園内で男性が鹿を蹴ったり、殴ったりする動画がSNS上で拡散されたことはあったものの、動画の男性が外国人であるか否かは未だに特定されていないという。
高市氏やへずまりゅう氏の「奈良公園で外国人からの鹿への暴力行為が常態化している」という主張は、根拠が不十分な面があるのだ。
さらに高市氏は所見発表演説で「(会社が)外国人の方を雇うほうが得になる」「(外国人は)警察でも通訳の手配が間に合わないから、逮捕はしても、勾留期間が来てですね、期限が来て、不起訴にせざるをえない」などと主張した。
「これっておかしいですよね。不公平じゃありませんか。まあ何か私たちが持っている公平・不公平、正義・不正義、この感覚を逆なでするような事態が、外国人が増えて残念ながらいろいろ出てきている」
実に演説時間の半分近くを「外国人問題」に費やした高市氏。その後の演説では「今までよりはるかに多くの女性からも選んで活躍していただく」といったプランも提示した。
高市選対関係者によれば、「今回の総裁選で高市氏は自身が選ばれれば、女性初の総理になることから女性議員からの支援を前面にアピールしている」という。実際、推薦人についても、昨年は20人のうち女性は杉田水脈前衆院議員と有村治子参院議員の2人だったが、今回は片山さつき参院議員、生稲晃子参院議員ら5人に増えている。
昨年の総裁選では、国会議員の間で、高市氏の保守的な姿勢に対する警戒感が強かった。その反省から、今回の総裁選では、こうした女性議員の積極登用をはじめ、“高市カラー”を抑え、リベラルな姿勢を打ち出している面があった。
「9月19日の立候補会見でも、総理就任後に靖国神社へ参拝するかどうかを明言せず、これまでの持論を封印していた。ただ、こうした高市氏の姿勢に対して、一部の保守系団体などは不満を抱えていたとされます。
土壇場での“空気の読めなさ”
参院選で “日本人ファースト”という排外主義的との批判も呼んだキャッチフレーズを掲げ、「外国人問題」を訴えて躍進した参政党を意識し、いわゆる“岩盤保守層”の党員の支持を得る狙いがあったとしても、「あまりに極端で危うい演説」(前出・自民党関係者)だった。
これにはさすがに、高市選対関係者も危機感を抱かざるを得なかった。
高市氏支援を表明している自民党の西田昌司参院議員(67)は同日に自身のYouTubeで、「奈良の鹿の話に時間をとりすぎて、もう少し経済政策や安全保障政策を重点的にお話をしてもらうほうがよかった」「他の4名の方々は自分の所信を真剣に話されてて、そこに関西弁が入ったり、奈良の鹿の話だったり、ちょっとおちゃらけた印象になってしまった」と苦言を呈した。
振り返れば、昨年の総裁選の決選投票前の演説でも、高市氏は持ち時間の5分を超過して注意を受けるなど、土壇場での“空気の読めなさ”が指摘されてきた。奈良の鹿と外国人問題にシフトした所見発表演説でも、不安定感が露呈した格好だ。
高市氏を巡っては、その出馬表明会見でも、司会を務めた選対事務局長で側近の黄川田仁志衆院議員が、質問のために挙手する記者を指す際に「顔が濃い方」「逆に顔が白い、濃くない方」などと発言し、波紋を呼んだ。
高市氏は即座に「なんてことを言う。すみません」と繰り返し謝罪。黄川田氏も会見後に「不適切な表現だった」と謝罪したものの、「バカみたいだ。あんなことを言う必要は一ミリもない」(高市選対関係者)と身内からも司会に対し 批判の声があがっていた。
ANNの序盤情勢報道によれば、小泉進次郎農相(44)が80人近く、林芳正官房長官(64)が50人ほどの議員票をすでに集めるいっぽう、高市氏は40人ほどに留まっているという。
前回総裁選のように、麻生派の全面的な支援を得て、議員票の積み増しを図れるかどうかは未知数だ。
前出の高市選対関係者は「党員票で圧倒するしかない」と語るが、日本テレビの「党員・党友電話調査」によれば 、小泉氏が32%とトップで、高市氏は2位の28%だった。
もはや“黒歴史”となってしまった所見発表演説会の反省からか、9月23日の共同記者会見では、減税や交付金の財源について「どうしてもというときは国債の発行もやむを得ない」と語り、他候補との違いを見せた。
9月24日の日本記者クラブの討論会で、奈良公園の鹿についての発言の根拠を問われた高市氏は「自分なりに確認をした」と強弁した。だが、その後のJR秋葉原駅前の街頭演説では、鹿の問題についてはまったく言及しなかった。
“責任ある積極財政”を掲げる高市氏は、その経済政策を訴えることで、序盤の“失策”を挽回できるだろうか。
取材・文/河野嘉誠 集英社オンライン編集部ニュース班