〈長野立てこもり殺人裁判〉被害者の妻「もう一度話したくて、手に触れたくて…」その慟哭を無視した被告は「異次元存在から迫害を受けて人を殺した」
〈長野立てこもり殺人裁判〉被害者の妻「もう一度話したくて、手に触れたくて…」その慟哭を無視した被告は「異次元存在から迫害を受けて人を殺した」

長野県の有力者の長男として生まれ、両親に溺愛されて何不自由なく育ったはずの青年は、4人を惨殺した容疑で逮捕・起訴された。黙秘を続けていた青木政憲被告(34)が法廷で語ったこと、そして遺族たちが言葉を詰まらせながら話したこととは――。

 

「本当のことを話してほしかったです」

2023年5月、長野県中野市で男が猟銃を発砲するなどして警察官2人を含む男女4人を殺害した。この事件で、殺人と銃刀法違反の罪に問われた青木政憲被告(34)の裁判員裁判が2025年9月4日から、長野地裁(坂田正史裁判長)で開かれている。

被告は裁判で「黙秘」をつづけ、被告人質問でも真相について何も語らぬまま、検察側は「死刑」を求刑。一方の弁護側は、「死刑を回避すべき」と主張した。

傍聴人らを落涙させた被害者遺族の悲痛の叫びをもろともしない、法廷での被告の居眠りのような素振り。最終陳述では意味不明の発言。裁判を実際に傍聴した筆者が、詳報する。

「被告人は死刑を受けてください。それがあなたの定めです」(被害者意見陳述から)

被告への怒りの感情を抑えるように、震えながらも落ち着いた声音が静かな法廷に響き渡った。

起訴状などによると、被告は2023年5月25日夕方、自宅近くを通りかかった竹内靖子さん(女性・当時70歳)と村上幸枝さん(女性・同66)をナイフで刺殺したうえ、通報で臨場した中野署の池内卓夫警部(男性・同61)=2階級特進=に猟銃を発射し、玉井良樹警視(男性・同46)=2階級特進=にも発砲してナイフで刺殺したとされている。

その後、被告は12時間にわたって自宅に立てこもり、翌26日早朝に自ら投降したところを逮捕された。

今回の裁判で、弁護側は被告が犯行当時に「心神耗弱」であったと主張。

一方の検察側は、被告が妄想症であったとしても、善悪を判断する能力に欠けるところはなく「完全責任能力」があると指摘している。

2025年9月4日の初公判以来、被告は黙秘をつづけ、被告人質問でも事件の真相を語ることはなかった。そんななか、同月24日の論告求刑公判で裁判は佳境を迎えた。

開廷の5分前、グレーの長袖シャツに深緑のズボン姿で、職員に連れられて入廷した被告。被告人席に座ると、顔は前を向きやや視線を下に落として、微動だにせずに開廷を待っていた。

午前9時59分、裁判が開廷した。この日の裁判では、検察側と被害者参加弁護士による論告・求刑を前に、11名の被害者遺族の意見陳述が行われた。

被告には、法廷に響く被害者遺族の嘆きに耳を傾ける様子はなく、目をつぶって、時折居眠りをしているような姿を見せた。そんな被告に、被害者遺族の一人は、諭すように問いかけた。

「青木政憲さん、今なにを思っていますか。本当のことを話してほしかったです」

「おのれの所業を見せてやろうと思っていました」

被告は、2022年ころから自宅前を散歩中の竹内さんや村上さんから毎日「ぼっち」や「きもい」と言われていると妄想を抱き、犯行に及んだとされている。

竹内さんと村上さんは、歩調が合うことから意気投合し、夕方から一緒にウォーキングすることを日課としていた。

事件当日の午後4時ごろ、いつものように竹内さんと村上さんは、のどかな田舎道をウォーキングをしていた。そのとき突然、被告が目の前に立ちはだかったのだ。

被告は、刃渡り約30センチの「ボウイナイフ」を竹内さんと村上さんの身体に執拗に振りかざし、致命傷を負わせて即死させた。

また、被告は二人を刺殺した後に自宅から台車を持ち出し、路上に倒れていた竹内さんを乗せて自宅へと運び込んだのだ。そして、事件発生から約12時間後に被告が逮捕され、ようやく竹内さんの遺体を救出することができた。

竹内さんの遺族は法廷で、被告に対して語気を強めながらこう述べた。

「許されるなら、母と同じように、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。傷つけたいです」

さらに事件後、現場を捜索していた警察から竹内さんの遺骨が発見されたと連絡があったという。被告は竹内さんを身体から骨の一部が外れるほどの力で攻撃したことになる。

「本人の残忍な行為に怒りが増しました。私は、スマホでその骨の写真を撮って、法廷で本人におのれの所業を見せてやろうと思っていました」

村上さんの遺族も、「あの日を境に、お母さんの人生も私たちの人生も根底から奪われました」と強い怒りをにじませた。そして、法廷での被告の態度について、「まるで他人事のような様子を見て、不快です」と憤り、こう述べた。

「(被告は)両親に敷かれたレールの上で生きて、はじめて自分で決断したことが、人を殺すこと。その被告人の決断に愚かさを覚えています」

法廷を包む悲しみをよそに居眠りをしているように見えた被告

被告の敵意は、通報によって臨場した警察官にも向けられた。 

被告は竹内さんと村上さんを殺害した後、逮捕を免れるために散弾銃などで武装して、自宅周辺を徘徊していたという。

その時、通報によって現場に駆けつけた、池内警部と玉井警視の乗ったパトカーを見つけ、被告はそのあと追って銃を構えて近づいた。

「警察官から撃たれるかもしれない」そう思った被告は二人の警察官に対して発砲するなどして殺害した。

玉井警視の弟は法廷で、被告に向かって落ち着いた口調で問いかけた。

「兄には、子どもがいます。まだまだ父親の存在が大切な時期に奪われた悲しみを被告人は想像したことがあったでしょうか。ないでしょうね」

また池内警部は、同僚からも慕われる職人気質の人物だったという。事件の前年に定年を迎え、一度退職したものの県警に再任用されていた。

池内警部の妻によると、日ごろから「遅いことは誰でもできる。誰よりも早くできることが大事だ」と言っていたといい、今回の事件でも一番に駆けつけていた。

池内警部は家庭では孫を溺愛しており、「じいじ」と呼ばれていたという。事件後、孫はショックから学校に登校できなくなってしまった。そんな孫が、小学校の宿題で「生」という漢字を取り上げて、家族に向けてこうメッセージを送ったという。

「家族のみんなへ。家族のみんな、おじいちゃんが中野の事件で青木政憲に殺されたけど、みんなで頑張って生きていこう」

つづけて、池内警部の妻は「もう一度話したくて、手に触れたくて…。『帰るよ』『今日メシはなに』『風呂入るよ』……いつもの声が聞きたい」と言葉をつまらせた。

傍聴席からはむせび泣く声が聞こえた。そんな法廷を包む悲しみをよそに、被告は目を閉じたまま徐々に身体が前かがみになっていき、まさに居眠りをしているような状態だった。

目を開けたかと思いきや、身体を掻いたり座りなおす動作をするなど、暇をつぶしているようにも見えた。

「人を殺して死刑になるために来た」 

午後2時44分、検察側の論告・求刑がはじまった。死刑求刑が予想されていただけあって、傍聴席の人々は求刑を聞き逃すまいと傾聴していた。

検察側は論告で、被告は被害者4名のみを攻撃対象としていて、「自己の動機によって合理的な行動がとれており、著しく善悪の判断能力が減退している事案ではない」と指摘。

さらに、立てこもりをしていた際に、母親へ絞首刑を示唆する言葉を述べていたことなどから「(被告は)自身の行動が違法であると認識していた」として、「妄想症はあったが、犯行中やその前後に判断能力には問題はなかった」と結論づけた。

そして、検察側は「非常に残虐な態様で、冷酷な犯行を繰り返し、生命軽視の姿勢は顕著」と被告の犯行を非難。

「犯行は誠に重大で、死刑を選択をすることが誠にやむを得ない事案」だとして「死刑」を求刑した。

一方の弁護側は9月26日の裁判で、被告の犯行は計画性がないとしたうえで、「被告人の犯行は妄想の強い影響下によるもので、何の躊躇もなく次々に殺害した」と説明。

被告が、最も重度な妄想症と診断されたことや成育環境、両親からの病気に対する支援がなかったことなどの事情を挙げ、犯行時は「心神耗弱」の状態にあったと結論づけ、「死刑は回避されるべき」と訴えた。

そして最終陳述で、被告は裁判で初めて「黙秘」以外の言葉を発した。

「私は異次元存在から迫害を受けて人を殺して死刑になるために来た。もう二度とプレイしない。被害を受けた人たちには埋め合わせがある。中の人たちを傷つけて申し訳ない。ここは私にとって仮想空間なのでプレイという表現になった」

被告は約40秒をかけて、前を向きながらも身体をかき落ち着きがない様子で、ボソボソと小さな声で話していた。今回の残忍な犯行を「ゲーム」だったとでも言いたかったのだろうか。

次回、10月14日午後1時30分から判決が予定されている。

取材・文/学生傍聴人  

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