
「深い睡眠は脳にも体にもいい」一般的にこのように信じられていますが、脳神経外科医・東島威史さんは「その間、脳に何が起こっているかに注目すべきだ」と語ります。
脳の老化に対抗するために重要なのは睡眠以上に「適切な刺激」を継続的に与えること──そう語る東島さんが、脳への刺激と癒しについての最新知見を初めて語りつくした『不夜脳 脳がほしがる本当の休息』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
「睡眠中」に脳は何をしているのか
偏った使い方をした脳のバランスを整え、疲れを癒やすためには、必ずしも眠らなくていい。バランスの良い使い方をするために、覚醒中に「正しい刺激」を与えればいいのだ。
それでも「いや、脳は疲れるし、しっかり眠らないと、脳の老廃物を除去できない」と心配になる人もいるだろう。では、睡眠中に何が起きているのか、「老廃物の除去」はどのように行われているか見ていこう。
睡眠への関心が高まっている今、睡眠中は「レム睡眠とノンレム睡眠が繰り返される」と知っている人も多いと思う。従ってここでは簡単に確認することにとどめる。
レム睡眠とはごく浅い眠りで、眼球がぴくぴく動く「急速眼球運動睡眠(Rapid Eye Movement sleep=REM)」からこの名前がついた。レム睡眠中の脳波は覚醒時と変わらないことから、逆説睡眠(paradoxical sleep)とも呼ばれる。「寝ているけど、寝ていないみたいな脳波だ」という意味だ。
ノンレム睡眠とは、文字通り「レムじゃない睡眠」だが、ノンレム睡眠でも特に深い睡眠を「徐波睡眠(slow-wave sleep)」と呼ぶ。脳波が非常にゆっくりと大きいことから、この名前がついた。
脳は深い眠りの中でも静かに活動している
入眠から覚醒までの段階は次のようになる。
❶眠りに落ちると、人はまず浅く静かな「ノンレム睡眠」に入る。
❷眠りが少しずつ深くなり、安定する。
❸「深いノンレム睡眠(徐波睡眠)」へ移行する。ここで老廃物を洗い流したり、記憶の整理をしたりすると言われている。
❹深いノンレム睡眠(徐波睡眠)をしばらく続けると、脳が急に活発になり、「レム睡眠」に切り替わる。体は脱力しているものの、目覚めているかのように眼球がぴくぴく動き、脳波はθ波やα波で覚醒時に近い。夢を見やすく、感情や記憶の統合、創造的な発想の整理をしていると言われている。
❺ノンレム睡眠とレム睡眠は、90分ほどのサイクルで3~5回ほど繰り返される。起床時間に向かって、ノンレム睡眠の深さは少しずつ浅く、レム睡眠の時間は長くなっていく。
❻朝方、最後のレム睡眠のときに、目覚める。
睡眠についての記事で注目されるのが「ノンレム睡眠」だ。
入眠して最初に訪れる20分から40分くらいの眠りが「最も深いノンレム睡眠(徐波睡眠)」で、特に関心が集まっている。
成長ホルモンが分泌され、グリンパティックシステムが盛んになることから、「美肌になり、代謝が進み、脳の老廃物が捨てられる、いいことずくめの睡眠のゴールデンタイム」などと言われる。
それについて異論はないが、脳神経の専門医としては、他にも注目したい点がある。
「最も深いノンレム睡眠(徐波睡眠)=脳にも体にもいい!」という説があまりにもパワフルゆえに独り歩きをしているが、注目すべきは「その間、脳に何が起こっているか」という点だ。
脳は睡眠全体はもちろんのこと、最も深いノンレム睡眠中(徐波睡眠)であっても、決して眠ってはいない。
脳波はゆっくり、だが大きく動いている。脳は、「いいことをたくさん起こすために」、静かに活動しているのだ。
脳波の動きを日々見ている身からすると、「これだけしっかり動いているのに、何もしていないはずがない」と実感する。
睡眠中の脳の働きの代表とされるのが、老廃物の除去だ。
生活していれば部屋が少しずつ散らかるように、脳にも体にも、常に老廃物が生じる。体の場合、細胞の間に溜まった水やたんぱく質などの老廃物はリンパ管で回収・運搬されて、代謝や排出を担当する肝臓・腎臓などの臓器に届けられる。
睡眠中「も」、老廃物は洗い流される
ところが脳にはリンパ管がない。そこで登場するのが、「グリンパティックシステム」だ。
「グリンパティック(glymphatic)」とは、グリア細胞(glia)+リンパ系(lymphatic)の造語だ。
脳や脊髄などの中枢神経系には実際に電気信号を発するニューロン細胞(神経細胞)があるが、「グリア細胞」とはそれ以外の細胞を指す。
「脳の細胞=ニューロン」のイメージが強いが、実は7~9割はグリア細胞で、かなり簡略して説明すれば、ニューロンのアシスタントのような役割を果たしている。
グリンパティックシステムの働きで、脳の表面から脳の深部へと脳脊髄液が流れ込み、脳の神経細胞(ニューロン)の間に溜まった老廃物をすみずみまできれいに洗い流す。
ノンレム睡眠中には、「神経細胞外空間」が約60%拡大するという動物実験がある。この空間は、脳神経細胞(ニューロン)やグリア細胞の隙間にある「水の通り道」だ。
「水の通り道」が広がれば広がるほど大量の脳脊髄液がスムーズに流れて、「掃除ができてスッキリ!」となる。
さらに「洗い流される脳の老廃物は、アミロイドβ・タウたんぱく質・活性酸素」と聞けば、ちょっと健康情報に関心がある人ならすぐピンとくるだろう。「認知症と老化の原因物質だ!」と。
こうして、「脳に溜まった認知症の原因物質を洗い流せるから、ノンレム睡眠は大事だ」という定説が完成する。
「水の通り道の拡大」は、確かにノンレム睡眠中に起こるが、正確にいうと「ノンレム睡眠中に『も』起こる」だ。なぜなら、覚醒時にも睡眠時にも、水の通り道の拡大は起きているのである。
不夜脳 脳がほしがる本当の休息
東島 威史
「寝ないと脳に悪い」は、ウソだった?
“脳の老廃物”は「起きていても」掃除できる――。
脳神経外科医による、「脳の休息」の常識を覆す1冊。
「健康な脳には睡眠が必要」と一般的に言われますが、
実は、睡眠と脳の活性化には明確な因果関係がないことが分かってきました。
「体の維持」には睡眠は重要ですが、
「脳の健康」には休息より“継続的な刺激”こそ重要――。
そう語る東島医師は、脳神経外科医として、
日々、人の「脳波」を見つつ、大学に研究員としての籍も置く医師。
臨床と研究との二足のわらじ生活のなかで
◎「脳の老廃物除去に必ずしも睡眠は必要なく」
◎「起きているときでも脳は老廃物を除去できる方法がある」
ことを見つけます。
24時間営業のコンビニが閉店せずとも清潔さを保つように、
人間の脳も「店を閉める」ことなく、老廃物は除去でき、機能を維持できるのです。
脳の老化に対抗するために重要なのは睡眠以上に、
「適切な刺激」を継続的に与えること。
では、その「適切な刺激」とは!?
まさに、脳への刺激と癒しについての最新知見を初めて語りつくします。
睡眠中も、脳は眠らない。
ゴミを掃除し、棚の在庫を補充し、明かりを灯し続ける――。
あなたのために24時間営業する「不夜脳」のために、
脳神経外科医が見つけた「本当に脳にいいこと」。
脳は、何歳からでも鍛えられるし、脳は年齢に負けない。
生活の質を上げ、仕事のパフォーマンスを上げる具体的な方法の数々が、
お読みいただく方にとって
あたらしい「刺激」となること請け合いです。
【目次より】
日々、脳と向き合う気鋭の脳神経外科医が初めて語る、
脳を活性化させる「刺激」と「癒し」の新常識!
◎「脳のために睡眠が必要」は本当か?
◎「眠り」の役割と「不夜脳」
◎脳の掃除は「寝ていないとき」でもできる
◎認知症と睡眠不足の「都市伝説」
◎脳は体を「寝かしつける」保育士
◎脳は刺激不足で老化する
◎たっぷり眠ると「集中力」が上がる本当の理由
◎「脳疲労」の正体はバランスの偏り
◎記憶に必要なのは「忘却の能力」のほうだった