
かつて「女の敵」とワイドショーで叩かれまくったゴージャス松野。波乱万丈の人生だった彼が、現在のパートナー田代純子さんと出会って心の安定を取り戻すまでの軌跡を語った。
パートナー・田代さんとの出会い
64歳ながら現役でプロレスを続けているゴージャス松野。うつ病に苦しみ、肝不全で生死をさまよったこともある松野を支え続けてきたパートナーは、演歌歌手・田代純子(年齢非公表)だ。田代は現在、急速進行性糸球体腎炎を患い闘病している。ふたりの出会いから現在までについて聞いた。
「田代(純子)との出会いは離婚騒動の後、1999年ですね。僕が『クラブ愛』でホストとして働き始める少し前です」
松野と田代はともに福島県の出身。田代は地元で歌手活動をしていた。
「私がたまたま福島に帰ったときに知り合いました。というか、向こうは私のことを一方的に知っていて。(沢田亜矢子との離婚騒動時の)一連のマスコミ報道をすごく心配してくれて。“一緒に歌でも始めようか”と誘ってくれ、デュエットCDを出しました」
あくまでビジネス上の関係から始まったと振り返る。
「やっぱり、当時の私は“日本一最低な男”でしたから(笑)。もう女性とお付き合いなんてことは絶対できないと思っていました。
そんな田代さんに、松野さんのほうが惹かれていったという。
「まあ、最初はそうですね。当時、私と共に仕事をするということは、はっきりいって彼女が福島で築いてきた歌手としての名声やキャリアを捨てるに等しいことでしたから。“なんであんな悪い男と一緒に歌うんだ”という批判の声はたくさんあったようです。
アプローチ? あるときに線を引いて“付き合いましょう”っていうのはなくて。一緒に仕事で各地を転々としているうちに、だんだんお互いにそういう心情になっていきました。あるときは姉と弟、あるときは母親と息子、あるときは恋人みたいな関係で」
被災地で感じた自分の存在意義
ホスト、セクシー男優、プロレスラー……無謀な挑戦を重ねていった松野は不調をきたし、うつ病を発症する。
「憔悴しきって日常生活もままならないときもありました。でも彼女は見捨てず、ずっとそばで手を差し伸べてくれて。3か月くらい(心療内科に)入院もしたんですが、お見舞いに毎日来てくれました。でも、どうしても心の不調から逃げきれなくて。アルコールで薬を飲んだりしていました」
そんな生活がたたり、2008年11月に松野は肝不全で倒れる。
「トイレから戻ってこない私のことを心配した田代がドアをこじ開けると、私は冷たくなっていたそうです。
奇跡的な回復をとげるも、松野はアルコールからは抜け出せない。
「ほぼアルコール依存症でしたから。そんな中、東日本大震災がありまして。私たちが住む福島ではライフラインが止まりました。はっきり言って、お酒を飲んでいる状況ではなかったというのもあります。
でも、それ以上に被災地で無料のリサイタルをした際に、私の歌で元気をもらったといろんな方から言ってもらえました。自分にもまだできることがあるんだと思えて、あの日を境に、今日まで一切飲んでいません。心を入れ替えられたことで、休んでいたプロレスにも復帰できました」
やっと平穏な時間が訪れたのもつかの間、今度は田代が体調不良に。
「2021年です。コロナ禍でやっと診察してもらえたところ、顕微鏡的多発血管炎。全身の毛細血管を自分の抗体が勝手に攻撃する病気で、彼女の場合は腎臓に来てしまい。急速進行性糸球体腎炎(RPGN)となり、通常の1/5~1/6程度に腎機能が落ちました。
二人は運命共同体
2022年夏には腎臓移植手術をする予定だった。
「医師からは代替療法として、移植をするか透析をするか、その二つを提案されました。でも彼女は歌手だから、透析をしたら仕事ができなくなってしまう。だったら、自分がドナーになると伝えました。これを愛とか簡単に言われてしまうと違和感を覚えるんですけど……。
20年以上、縁あって一緒にいたのに“透析して”なんて言えるわけがない。そこは男の責任だと思っていますし、腎臓ひとつあげても私の命に別状はありませんから。できることは何でも、たとえほんの少しでも彼女のためになるならという思いで、1も2もなく移植を選択しました」
松野はスクリーニング検査をクリアし、手術当日を待っていたが、手術は延期となる。田代の容態が安定したので、術後の免疫抑制剤などの投与を考慮すると、様子を見たほうがいいという医師判断からだった。
「ありがたいことに、(手術延期から)丸3年が経過しました。彼女の腎臓の数値は横ばいで安定。良くなっているわけではありませんが、歌手活動もできています。
やっぱり自分がかけてもらった恩は、腎臓ひとつ程度じゃ返しきれない。彼女の存在がなかったら、今までやってこられなかったと思います。彼女の病気は完治が目指せるものではなく、一生続くもの。だから、その大変さは私が背負っていく、どちらかが死ぬまでは。すごく表現が難しいんですけど、運命共同体みたいな感じなんです」
インタビュー中、愛という言葉をどこか嫌っていた松野。しかし離婚に苦しめられた男がたどり着いたのは、まぎれもない無償の愛――。
(前編はこちら)
取材・文/池谷百合子