スキージャンプ葛西紀明、53歳。現役であり続けるための「限界を外す」トレーニング方法の中身
スキージャンプ葛西紀明、53歳。現役であり続けるための「限界を外す」トレーニング方法の中身

現在53歳ながら24、25年と国内大会で2年連続優勝を果たすなど、現役選手として記録に挑戦し続けているレジェンド・葛西紀明氏。

彼がセルフマネジメントの極意を余すことなく語った書籍『限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方』より一部を抜粋・再構成し、メンタルにも役立つというランニングの方法を伝授する。

習慣化したくてもできなかった人にもオススメです。

51歳で見直した減量とランニング

世界の舞台に復活するために、大きく見直したのは減量とランニングへの取り組み方です。スキージャンプでは、「体重が1キロ増えると、飛距離を2メートル損する」と言われています。シーズン中の僕のベストの体重は59.2キロ。身長が176センチ、体脂肪率は約5.8%です。

僕の場合、40代までは、大会前に「3日間の断食」をすることで体重を落としていました。断食に欠かせないのがブラックコーヒー。カロリーゼロですし、水やお茶と違って、コーヒーを飲むと僕の場合はおなかも鳴らないので、減量には最適な飲み物なのです。

ところが50歳で断食をしたところ、痛くて歩けないくらいの筋肉痛が起こりました。特に変なトレーニングをしたわけでもないので、痛みの原因は他に見当たりません。これはまずいと思い、断食をやめて、食事の量を減らして朝晩走り、1ヶ月かけて減量する方法に切り替えました。

40代、50代ともなると基礎代謝が低下するので、食事を減らして運動をしても、なかなか体重は落ちなくなります。ですから食事の量は減らしつつも、しっかり食べて、1ヶ月単位での減量をめざす。

僕の場合は、ランニングをするときにスマホのアプリを使って、走った距離を記録しています。世界の舞台への復帰を決意した51歳からは、1ヶ月に80~100キロを走ることで、無理なく目標体重まで減量できるようになりました。

体重のチェックには、体脂肪率から体や骨の水分率まで測れるタニタの家庭用体組成計を使っています。1日に20回以上、体重計に乗り、また僕の場合、脇腹の肉をつかむことで大体の体脂肪率がわかるので、データと感覚の両方を使って、体重管理をしています。

復活に懸けていた2024年は、1月の1ヶ月間で150キロの雪道を走り、1日のエネルギー摂取量を1500キロカロリーに抑えて、1ヶ月で5キロの減量に成功しました。全体の練習量としては、30代までと比べると5分の1ほどに減っていますが、50代になってから、ランニングの時間と距離は、近年の2、3倍に増やしています。

51歳になって、減量とランニングの方法を見直すことにより、心身のコンディションが整い、以前のように「心技体」が一致するようになってきました。2024年のTVh杯での優勝も、4シーズンぶりにワールドカップに出場できたのも、カロリー制限とランニングを組み合わせた、コンディションづくりのおかげだと思っています。

ランニングは一石三鳥のトレーニング

ここでは僕の経験をもとに、心と体の「限界の外し方」を話していきますが、すべての基本であり、一番大事なトレーニング方法は、ランニングです。

昭和から平成、そして令和へと時代が変わり、トレーニングに対する考え方も変化してきているせいか、20代の後輩を見ていると、自分から進んで走ろうとする選手はほとんどいません。基本的にみんな、走ることが好きではないようです。

しかし僕にとって、トレーニングの基本はランニング。走ることには、一石三鳥の効果があると思っています。



一つ目に走ることで、まずは持久力がつきます。スキージャンプは例年、11月の終わりから翌年3月末までの4ヶ月が冬のシーズン、7月から10月にかけての3ヶ月が夏のシーズン、そしてシーズンオフも合宿を行なうなど、「年間を通して戦う持久力」が必要です。毎日、朝晩走ることで、50代でも持久力を維持できている実感が、僕にはあります。

二つ目に減量の効果があります。先ほども述べたように、年齢とともに基礎代謝は低下していくので、食事を抜いたり、食べる量を減らすだけでは体重が落ちなくなってきます。

余分な脂肪を燃焼させるためには、「エネルギー摂取量の制限」プラス、「一定時間の有酸素運動」が必要になります。僕の場合は季節も天候も問わず、いつでもサウナスーツを着て走っているので、大量に汗をかくことができます。脂肪を燃やして、老廃物も排出され、肌もきれいになります。

そして三つ目が、メンタル面での効果。ランニングの一石三鳥の効果の中で、これが一番大きいと思います。毎日のランニングはもちろん、ジャンプの試合の前にも、僕は必ず走ります。走ることでコンセントレーションが高まり、自分がどういうジャンプをしたいのか、そのイメージが鮮明に浮かんでくるのです。

自分の夢は努力で叶える

僕には「考え過ぎる癖」もあるのですが、走っているときはなぜか、考え過ぎることもなく、ひらめきがパッと降りてきます。

ジャンプの調子が悪いときも、「体のどの部分が悪いのか」といったことが、走っているうちにわかってくるのです。

そして解決策も、記憶の引き出しの中から浮かんできます。たとえば、「上半身を起こさない、伊藤有希選手の踏切姿勢」が浮かんでくるといった具合に。これは「走りながら行なうイメージトレーニング」と言ってもよいかもしれません。

もう少し長いスパンでも、このイメージトレーニングはできます。「まずは国内大会で優勝する。その後ワールドカップの国内予選を通過して、海外の本戦でワールドカップポイントを獲得する」といった目標も、毎日走りながら詳細にイメージすることで、「では、自分が今すべきことは何か?」が具体的に見えてきます。

それは「1ヶ月で5キロ減量する」とか「150キロ走る」かもしれません。あとは、それを実行していくのみです。

これはスポーツに限らず、仕事や人生の目標設定にも応用できます。僕の場合は、「自分が乗りたい車がある。それを買うためにはいくら必要。

そのためにこの大会で賞金を獲得する」という道のりを描くこともあります。

ノートに目標を書き出すという方法も有効ですが、リストアップが終わったら、ランニングしながら夢を描くことをお勧めします。スマホにメモをしておいて、走る前に確認するのもよいでしょう。

2024年は、TVh杯優勝、そしてワールドカップ出場をめざして、1月の1ヶ月間で雪道を150キロ走りました。1月1日から正月返上で、本気を出して走りました。毎日30分ずつ朝晩走って、気がついたら1ヶ月で150キロ。普段は1ヶ月に約80キロ走るのが、最近の僕のペースなので、倍近く走ったことになります。

自分でも、よくこれだけ走り込んだなと思いますが、全く苦ではありませんでした。「負けたくない」という気持ちを原動力に、「ワールドカップ代表に復帰する」という明確な目標があったからです。

「自分の夢は努力で叶える」が僕の座右の銘ですが、そこに「走る」という行為は欠かせません。ランニングは、最高のメンタルトレーニングだと思います。

限界は少しずつ外す

走ることは一石三鳥のトレーニングですが、「ランニングを始めたけれど続かなかった」という人もいると思います。

たいていの場合、そういう方は無理な時間設定をしているはずです。

「これから毎日40分走ろう」とか、「1時間走ろう」とか、最初から高い目標を立てているのではないでしょうか? 僕の場合は毎日ランニングが続いているし、走りたくて走っているのですが、その状態になるまでがなかなか難しいのです。

ですから、これから走ろうと思っている方は、まずは5分でも10分でも「歩く」ところから始めてください。毎日10分歩くようになると、「あと5分歩いてみようかな」といった気持ちが芽生えてきます。10分歩くのが普通のことになってきます。まずここで、最初の限界が外せています。

ただし焦りは禁物。ここから時間を一気に30分に延ばしたり、いきなりランニングに変更すると、無理が出て、三日坊主で終わる可能性が大です。「ああ、明日も走らないといけない」となってしまうと、途端に続かなくなります。

僕も今、朝晩30分ずつ走っていますが、まずは朝晩20分ずつ走るところから始めました。毎日走っているうちに、まず「20分ならいけるだろう」という手ごたえが生まれ、時に「30分いこうかな」となり、また20分に戻すなど様子を見ながら、コンスタントに30分走れるようになりました。

たまに30分以上走る日もありますが、やはり継続することを考えると、体に負担がかかるので、朝晩30分ずつにしています。これが今の僕にとっての、ベストの時間設定です。

「一日10分歩く」など、自分にとって余裕のある時間から始めて、体と相談しながら、時間を5分延ばしたり、たまには走ってみたりと、少しずつ限界を外していく。「疲れない時間や距離を設定する」ことが、ランニングを毎日続けるコツだと思います。

そして「今日は走りたくない」と思う日は、無理にやらない。思い切って休む。一度休むと、「また頑張らないと駄目だ」という気持ちが出てくるので、それが「やる気」となるのです。

そして季節や天候に合わせて、暑いときは日差し対策や水分補給を行ない、寒いときには防寒対策を行なう工夫も必要です。海外遠征で、フィンランドなどに行くと、マイナス30度を超える寒さになります。

僕の出身地である北海道の下川町も、同じくらいの寒さなので驚きはしないのですが、僕は寒いのは大嫌いです。ですから寒冷地では、長袖のインナーに長いスパッツ、サウナスーツの上に厚手のウィンドブレーカー、さらに厚手のスキーウェアと、汗の出るような重ね着をして走っています。防寒対策を万全にすれば、氷点下の朝ランも寒くありません。

走ることは楽しく、気持ちのよいことで、我慢比べではありません。無理のない範囲で、快適な環境を整えることができれば、「走るのは苦手」と思っていた人でも、毎日走れるようになります。

文/葛西紀明

限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方

葛西 紀明
スキージャンプ葛西紀明、53歳。現役であり続けるための「限界を外す」トレーニング方法の中身
限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方
2025年9月17日発売1,067円(税込)新書判/224ページISBN: 978-4-08-721379-9

50代に入っても国内大会で連続優勝し、世界の舞台に返り咲いたスキージャンパー葛西紀明。8度の五輪出場を果たし「レジェンド」と呼ばれる男は、ランニングをはじめとした練習法、習慣を工夫することで心技体を整え、現役選手として年齢の壁を超え続けている。
「負けたくない」気持ちを原動力に、妥協せず積み重ねた努力とは? 自らの限界を外してきた軌跡、そして年齢を重ねても成果を出し、挑戦し続けるための思考法、セルフマネジメントの極意を語る。

◆目次◆
第1章 限界を外すことで進化してきた
第2章 どん底からの復活
第3章 限界を超すメンタルをつくる
第4章 限界を外す体のつくり方

◆主な内容◆
●4年ぶりの復活
●51歳で見直した減量とランニング
●ランニングは一石三鳥のトレーニング
●限界は少しずつ外す
●50歳を超えても進化している理由
●「負けたくない」という気持ちが原動力
●コントロールできるのは自分だけ
●三日坊主にならないために
●コンフォートゾーンを超える
●若い選手から刺激をもらう
●20年かけて完成したジャンプ
●逆境こそがチャンス
●53歳の練習メニュー

編集部おすすめ