1998年、長野オリンピックで日本はスキージャンプ団体金メダルを獲得した。メンバーは船木和喜、原田雅彦、岡部孝信、斉藤浩哉選手の4名。
書籍『限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方』より一部を抜粋・再構成し、なぜ団体メンバーに入れなかったのか、その舞台裏を明らかにする。
絶対にお前は世界一になれる
1996年6月のことでした。僕の実家が火事に遭い、家の中にいた母が巻き込まれました。姉からの連絡で、僕もすぐに病院に駆けつけました。一命は取り留めましたが、母は全身の70%に及ぶ大火傷を負い、予断を許さぬ状況でした。
その後何度も、母は皮膚の移植手術を受けました。気管や肺まで火傷を負い、喉を切開したため、話すこともできませんでした。
それでも見舞いに行くたび、母はかすかな声で「紀明、頑張ってるかい……」と言いました。僕よりずっと大変なのに、自分を後回しにして、子どもの心配をする母。
「母さん、頑張れよ!」と言うのが、精一杯でした。
冬になり、ワールドカップが開幕しました。
1997年1月に白馬で行なわれた大会で、僕は個人ラージヒルで2位に入賞しました。3シーズンぶりの表彰台。その後、一桁台の順位にはなかなかつけませんでしたが、総合順位17位でシーズンを終えることができました。翌シーズンは、いよいよ長野オリンピックです。
しかし、僕の心が晴れることはありませんでした。
母の容体は好転の兆しが見えず、11ヶ月の闘病の末、1997年5月10日に亡くなりました。48歳の若さでした。
「なんでよ! 長野オリンピックを見せたかったのに、どうして?」。最後の瞬間を看取った病院のベッドで、僕は声をあげて泣きました。
闘病生活の間、ペンを握る力もなかったはずの母は、一冊のノートに書き置きを残していました。どれも、ゆがんだ、震える字で書かれており、その場では直視できませんでしたが、僕に宛てた言葉も綴られていました。
今、この時を頑張れ。
ケガを押しての強行出場
長野オリンピックが開催された、1997/98年のシーズン。97年11月29日、リレハンメルで行なわれたワールドカップ開幕戦で、僕は個人ラージヒルで3位に入賞しました。その後も転戦を重ね、一桁台の順位に何度もつきました。調子は上がってきていました。
それでもやはり、思い浮かぶのは母の顔です。移動中の飛行機でも、気がつくと母のことを考えています。金メダルを見せられなかった後悔。期待に応えられなかった悔しさ。
妹の顔も浮かびます。当時、妹は骨髄移植を必要としていたのですが、僕も姉も適合せず、ドナーを探していました。なんとか見つかってくれ……。
誰にも打ち明けることもできず、機内でひとり泣いていました。
次の転戦先はドイツ。年末年始のジャンプ週間に参戦しました。
ジャンプ週間の初戦は6位でした。1位は船木和喜選手、2位は斎藤浩哉さんでした。そして2戦目の予選の前日、アクシデントが起きました。
全日本チームのメンバーで、体育館で球技をしていたとき、左足首を捻挫してしまったのです。ワールドカップからずっと調子はよかったので、僕は試合に出るつもりでしたが、「オリンピックに備えろ」というコーチの命令に従い、残りのジャンプ週間の試合は欠場することにしました。
しかし、やはり気持ちが収まりません。年明けの1998年1月1日に行なわれた第2戦では、1位が船木選手、2位が原田さん、3位が斎藤さんと、日本勢が表彰台を独占します。
そして第3戦の開催日は、1月4日。この日は、亡き母の誕生日でした。
結果は25位。1位は船木選手で、ジャンプ週間3連勝です。
1月6日の最終戦も、僕はテーピングをして出場しましたが、30位に終わりました。そしてこの最終戦で8位となった船木選手が、日本人初となる、ジャンプ週間総合優勝を達成しました。
もしも長野で金を獲っていたら
球技で痛めた左足首は、なかなか治りませんでした。2月5日の札幌ワールドカップでは、37位。万全からはほど遠いコンディションで、僕は2月7日より白馬ジャンプ競技場で行なわれる、長野オリンピックに参加しました。
スキージャンプの代表選手は8名。このシーズンの僕のワールドカップ総合順位は13位で、その上に船木選手と、原田さん、斎藤さんがいました。上から4番手につけていた僕は、競技の出場枠を他の選手と争うことになります。
このとき風邪をひいていた僕は、点滴を打ちながら、宿舎で行なわれている選考会議の様子を見ていました。
僕は自分の得意なラージヒルに出たかったのですが、状況的に仕方ありませんでした。団体戦のメンバーは、個人競技が終わった時点で決めることになりました。
2月11日。個人ノーマルヒル(K点90メートル)の1本目で、僕は87.5メートルを飛んで5位。1本目を終えた時点で、1位が原田さん、4位が船木選手。僕にとって、逆転のメダルの可能性はありました。
しかし2本目は距離が伸びず、84.5メートル。金メダルはヤニ・ソイニネン(フィンランド)、銀メダルが船木選手。原田さんが5位で、僕は7位となりました。
そして2月15日の個人ラージヒル(K点120メートル)では、船木選手が日本人初の金メダル、原田さんが銅メダルを獲得。メダル獲得で、このふたりの団体戦出場は確定しました。
査定の場となった、団体戦の公式練習。3本のジャンプで、僕はK点に届く120.0メートルを2本飛びました。必死のジャンプでしたが、出場枠を争うふたりに勝てたのは、1本だけでした。
そして結局、団体戦の残り2枠は、岡部さんと斎藤さんに決まりました。
僕にとっては、まさかの結果でした。
長野オリンピック代表の8名のうち、練習量と身体能力では、僕がダントツの1位でした。体力測定でも、常に原田さんや船木選手を圧倒して、筋力にしても瞬発力にしても、ダントツのスコアを叩き出していました。「こんなやつらに負けるはずがない」と常に思っていました。どうしてオリンピックになると、うまくいかなくなるのか。
2月17日に行なわれた団体戦(ラージヒル、K点120メートル)。僕は宿舎のテレビで、試合を見ていました。大雪のせいもあり、1本目で原田さんが79.5メートル。4年前のリレハンメルの団体戦の悪夢が甦りました。1本目を終えて、日本は4位。僕はメンバーから外された悔しさから、「それ見たことか」と思っていました。
しかし、そんな気持ちと裏腹に、足が勝手に動き出しました。2本目を見届けるために、僕は会場へ向かっていました。
大雪による一時中断を経て、競技は再開。僕が到着したときは、2本目の途中でした。僕にとっては初めての、日本でのオリンピック。まさかギャラリーとして見ることになるとは。会場の「ニッポン!」の大歓声の外に、僕はいました。
そして、日本の番が来ました。
日本の快挙
一番手の岡部さんが、白馬のバッケンレコードとなる137.0メートルの大ジャンプ。
二番手の斎藤さんが、K点超えの124.0メートル。
三番手の原田さんが、起死回生となる137.0メートルの大ジャンプ。
この時点で、日本はトップに。
そしてアンカーの船木選手。ノーマルヒル個人で銀、ラージヒル個人で金。彼がしくじらなければ、日本は金メダルです。
「飛ぶな、落ちろー!」そんな僕のかけ声をよそに、船木選手は堂々と飛んでいきました。125.0メートルのK点超えのジャンプで、日本は団体で初の金メダルを獲得。日本ジャンプ陣の金メダルは1972年札幌オリンピックの笠谷幸生さんの金メダルに次ぐ、二度目の快挙です。
会場は熱狂。僕はいたたまれなくなり、その場を去りました。悔し涙が止まりませんでした。母に見せたかった長野オリンピック。僕が獲るはずの金メダル。
やり場のない怒りで、はらわたが煮えくり返りました。その夜はセレモニーにも参加しませんでした。同じく選考に漏れた吉岡和也選手と悔しさを共にし、「このままでは終わらない、次のオリンピックで必ず金を獲る」と強く心に誓いました。
あのときの悔しさは、一生忘れられません。今でも白馬のジャンプ台に行くと、金メダルをかけた4人の写真があるので、見るたびに悔しくなります。
僕が50代になってもジャンプを続けているのは、あのとき、長野で金メダルを獲れなかったからです。もしも長野で金を獲っていたら、そこで満足して、もっと早く引退していたでしょう。
限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方
葛西 紀明
50代に入っても国内大会で連続優勝し、世界の舞台に返り咲いたスキージャンパー葛西紀明。8度の五輪出場を果たし「レジェンド」と呼ばれる男は、ランニングをはじめとした練習法、習慣を工夫することで心技体を整え、現役選手として年齢の壁を超え続けている。
「負けたくない」気持ちを原動力に、妥協せず積み重ねた努力とは? 自らの限界を外してきた軌跡、そして年齢を重ねても成果を出し、挑戦し続けるための思考法、セルフマネジメントの極意を語る。
◆目次◆
第1章 限界を外すことで進化してきた
第2章 どん底からの復活
第3章 限界を超すメンタルをつくる
第4章 限界を外す体のつくり方
◆主な内容◆
●4年ぶりの復活
●51歳で見直した減量とランニング
●ランニングは一石三鳥のトレーニング
●限界は少しずつ外す
●50歳を超えても進化している理由
●「負けたくない」という気持ちが原動力
●コントロールできるのは自分だけ
●三日坊主にならないために
●コンフォートゾーンを超える
●若い選手から刺激をもらう
●20年かけて完成したジャンプ
●逆境こそがチャンス
●53歳の練習メニュー

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