
自民党の総裁選では、大本命とみられた小泉進次郎氏(44)がまたしても大失速し、敗北した。いったい潮目はどこで変わったのか? 小泉氏が「最高のチーム」と自画自賛した「チーム小泉」は恨み、裏切り、油断、そして疑心暗鬼のなかで崩壊していった。
オール自民といってもいい「最強の布陣」
9月22日の自民党総裁選告示日。代理出席を含めて92人が参加した小泉陣営の出陣式は高揚感にあふれていた。
小泉氏自身も多くの議員に囲まれ、選挙戦初日にして目頭を熱くする場面も。集まった記者たちは「これは決まりだな」とつぶやいていた。
実際に、この出陣式は壮観だった。無派閥議員にくわえ、麻生派、旧茂木派、旧岸田派、旧二階派など「派閥横断」、後見人である菅義偉元総理もいた。
その後もメンバーはふくれあがっていき、それぞれ推薦人20人を集めて前回の総裁選に出た河野太郎元外務大臣、上川陽子元外務大臣、加藤勝信財務大臣の3人が陣営入り。
さらに自民党最大の業界団体といわれる郵政に強い野田聖子元総務大臣、斎藤健元経済産業大臣、党四役の木原誠二選挙対策委員長、平将明デジタル大臣と、ほぼ「オール自民党」といってもいい、文字どおり「最強の布陣」が整っていた。
「誰が見ても最強の布陣だ。政策にも政局にもネットにも強い。負けるはずがない」(陣営幹部)
そんな最強チームはたった12日間の選挙戦で「内部崩壊」を起こした。崩壊につながった「カンペ」「ステマ」「前祝い」という三つのターニングポイントを振り返る。
まず一つ目が「カンペ」だ。前回の総裁選では「決着」という力強い言葉をキャッチコピーに、選択的夫婦別姓、労働規制の緩和、政治改革というテーマを具体的に掲げた。かつ、それらすべてに1年以内に「決着」をつける、ときっぱり言い切った。
「聖域なき構造改革」を掲げた父・小泉純一郎元総理を意識して「聖域なき規制改革」とまで言ってみせた。
結果的には、これら党内で賛否が割れるテーマにつき、候補者同士の討論会で集中砲火を浴びると、不安定な答弁で失速した。大本命だったにもかかわらず決選投票にも残れず、3位に沈んだ。
前回と同じてつは踏まない、とばかりに今回は「改革」を封印。小泉陣営に入った木原誠二氏がつくる「カンペ」をひたすら読み上げる姿は1年前とあまりに違って違和感を与えた。
目玉がないのが目玉政策だ!
わずか1時間程度の出馬会見で手元の原稿を見るために下を向いた回数は「500回以上」などと民放番組で指摘されるほどだった。
結局、「自民党を一つに」というだけで、目玉になるような政策は見当たらず「目玉がないのが目玉政策」などと意味不明な説明をする陣営若手もいた。
「失敗を恐れるあまりに慎重になりすぎて、小泉さんに『改革』を期待する『小泉岩盤支持層』を離反させたのではないか」
この陣営若手は地元にもどると、支援者から「今回の小泉さんにはがっかりした、あんなスピーチ期待できない」と言われた。
「小泉さんは守りに徹しすぎた。地方でも『小泉ファン』には改革マインド持った若手が多い。
圧倒的な議員票の支持は揺るがない。はずが…
そして、中盤には文春砲が炸裂(さくれつ)した。
・なんか顔つき変わった!?
・去年より渋みが増したか
・泥臭い仕事もこなして一皮むけたのね
・ビジネスエセ保守に負けるな
・やっぱり仲間がいないと政策は進まないよ
小泉陣営で広報班長を務める牧島かれん元デジタル大臣の事務所スタッフが動画投稿サイトへの「やらせ投稿」をチーム内のスタッフに依頼していた、とすっぱ抜かれた。これがネット上で大炎上を巻き起こした。
とりわけ「ビジネスエセ保守に負けるな」という言葉が高市早苗氏を指しているとみなされ、ネット上の熱心な「高市ファン」が大激怒した。小泉氏や牧島氏への批判が強まった。
そのなかで陣営内はバラバラな対応になった。小泉陣営トップの加藤氏は「俺が陣営に来る前のことだから」と他人顔。
小泉氏も「責任は私にある」とカメラの前ではいうものの、周囲には「あれはお金を払ったわけではないからステルスマーケティングではないよね」と人ごとのような物言いもしていた。
結局、陣営として誰も「殺害」や「爆破」予告まで受けたとされる牧島氏を、身をていして守ろうとはしなかった。それどころか、メールの内容が週刊誌に漏れたことで「この陣営には裏切り者がいる」と疑心暗鬼になって、チームの内部崩壊が始まった。
祝勝前夜祭で完全に浮かれモード
それでも圧倒的な議員票の支持は揺るがないはずだった。
「地方票はステマ報道もあって下がるだろう。
筆者が取材した陣営幹部は、4日の投開票日前日も自信に満ちていた。そして、各事務所に一本の電話がかかった。
「あすの本番に向けて意見交換会を開きます」
電話は陣営を事実上仕切っていた小林史明事務所からだったという。その日の夜、赤坂の衆院議員の議員宿舎に数十人が集まった。参加した一人が言う。
「最終盤の意見交換会だというから最後の票読みをして、態度を決めていない議員を分担して籠絡(ろうらく)でもしていくのかと思ったらただの飲み会だった。わざわざ地元日程をキャンセルしてきたのにバカみたいだった」
もちろん、呼びかけた側に悪意はなかっただろう。一致結束のためだったはずだ。とはいえ決戦前日に敵陣営もいる議員宿舎に集まるという感覚はどうなっているのだろうか。
「もう祝勝会でもしているのか?」
騒ぎを聞きつけた他陣営の議員が、廊下ですれ違った飲み会に参加している議員に声をかけると「いやいや、何を言っているんですか」と笑顔で答えたという。
そしてメンバーの一部はそのまま夜の赤坂にくり出したという。そうした一部始終が敵陣営から一部のマスコミに漏れて、「決戦前日の祝勝会」と揶揄する報道につながった。
さらに、この飲み会やその前後には、勝利を確信した小泉陣営の中堅・若手からとんでもない発言が飛び出す。
「もう麻生さんや菅さんには引退してもらおう」
「小泉政権では世代交代だ。もう麻生さんや菅さんには引退してもらおう」
こうした声は前日までに麻生太郎元総理のもとにも届いたという。麻生氏をよく知る側近の元官僚はいう。
「麻生さんは以前は小泉嫌いで有名でした。『あいつは頭が悪いから』なんて平気で言っていたけど、今年の通常国会で政治改革の議論で企業・団体献金を死守する姿勢をみせたことで評価を一変させました」
麻生氏と言えば、今回は高市氏を支援して、高市総裁を生み出した立役者だ。ただ、直前まで迷っていたと側近は証言する。
「麻生さんの今回の候補者選びの基準は①選挙に勝てる候補②野党と連携できる候補、の2点でした。その上で『選挙はともかく野党とできるのは小泉だよな。高市に野党との人脈なんてねーだろう』と投開票の数日前に話していました」
だからこの側近は「麻生さんは今回は小泉さんに乗る気なんだろうな」と受け取ったという。
ところが、直前になって耳に入ってきた「世代交代のために麻生さんを切るべきだ」の声。
投開票日当日。麻生氏は午前の段階で党員票での高市氏の圧勝が分かってくると、迷わず「党員票が多い方の候補へ」という指示を麻生派幹部に出した。
事前に連携していた茂木陣営、小林陣営にも連携を求め、「1位4位5位」連合で決選投票に臨んだ。
対する小泉陣営。小泉氏の地元、横須賀市の名物「横須賀海軍カレーパン」をふるまった。出陣式に92人が集まったはずが、当日の1回目投票の議員票は80にとどまった。事前予想よりはるかに少ない票数に小泉氏は動揺した表情を浮かべた。
党員票では47都道府県のうち、31都道府県で高市氏が1位と圧勝した。決選投票でも地方票が高市氏36に対し、小泉氏は11と大惨敗だった。
小泉陣営は大所帯すぎた。実際に党員票を固めるために電話かけをする議員秘書などスタッフの統率もとれなかった。
疑心暗鬼や油断によって「内部崩壊」
「電話かけは留守ならあとでかけ直すなど徹底してひとつひとつ潰していくのが当たり前ですが、今回はチェック係もいなかったので、電話したことにして水増しして提出している事務所もあった」
船頭ばかり多くなり、実動部隊の指揮命令系統は機能していなかった。小泉氏が「最高のチーム」といった陣営は、疑心暗鬼や油断によって「内部崩壊」していた。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
プロ野球の名監督・野村克也氏はよく、この言葉を使った。小泉氏はまだ44歳。今後もいくらでも総裁選に再挑戦する機会はあるだろう。
しかし、「自民党をもう一度一つにまとめる」といって立候補しながら、自らのチームすらまとめることができなかった。この現実を受け止めない限り、次回も同じ失敗を繰り返すのではないか。
文/長島重治