
「定年=引退」は、現在の働き方が多様化するなかで過去のものになりつつある。そんななか、定年後の仕事にはいったいどんな選択肢があるのか。
『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』より一部抜粋・再構成してお届けする。
ストレスの低い仕事を選べる幸せ
もし定年後に何らかの仕事に就きたいとしたら、理想は、これまでの経験とキャリアを活かした仕事だろう。自分の得意分野で仕事ができるからだ。
しかし、特殊な技能を持つスペシャリスト以外の営業職や総合職の場合、それは難しい。特に正規雇用されることは困難だろう。
2024年発表の総務省の統計によれば、会社で役員を除く65歳以上の雇用形態の内訳を見ると、非正規の職員や従業員が417万人で、大多数になっている。
正規雇用の場合でも、年収は約300万円というのがいいところではないだろうか。時給で計算したら、定年前の数分の一しか得られない収入だが、これが現実だ。
虚心坦懐に、自分がどれほど労働力として評価されるかを確認し、現実を受け入れる必要がある。これがシビアな現実だが、逆に考えれば、資本主義社会では、どんな人間であれ、体が丈夫であれば、労働力として最低限の価値が付く。
そうした条件のもと、定年後の仕事には、いくつかのパターンがある。
まず定年後の仕事の目的は、マイナスのミニマム化、夫婦それぞれの時間と場所の確保、働きがいと自己実現、これら三つに絞り込まれるはずだ。
そうして、高収入を目指さず、仕事を選ばなければ、まだまだ働く場所があるのが現在の日本……単純労働の仕事を含め、人手不足で喉から手が出るほど働き手が欲しいという会社が山ほどある。
実際、いろいろな場所で働く高齢者が増えている。遊園地のアトラクションの警備員や誘導員、公園などの施設管理人、駐輪管理スタッフ……しかし定年後は、ストレスの低い仕事を選ぶべきだし、それができるのが定年後の人間の強みだ。
そのため仕事を時給で選ぶのではなく、自宅から近い職場や短時間労働を選択すべきだろう。定年後は、ストレスの低い仕事を選ぶことが鉄則となる。
ネットのスモールビジネスで小遣い稼ぎ
コロナ禍を経験して、在宅ワークやリモートワークがすっかり定着した。その背景には、もちろんネット環境の進化がある。このネット環境を駆使すれば、定年後の仕事や小遣い稼ぎが見つかるかもしれない。
たとえば家にある不要品をメルカリやヤフオクで売るだけでも、それなりの小遣い稼ぎになる(あるいはネットではないが、使わなくなった宝飾品を、買取大吉などの買取専門店に持ち込んでもいい)。
私のように模型づくりが趣味であれば、プラモデルを精巧に組み立てた完成品を高値で売る。「組み立てるのは面倒だから、完成したものを手っ取り早く手に入れたい」という人は意外に多い。ヤフオクには、そんな商品がたくさん掲載されている。
夫婦が四六時中顔を突き合わせていても差し障りがなければ、協力してネットビジネスを立ち上げるのも一案だ。パートナーに手工芸や木工などの才能があれば、作品をネットで販売できる。
ネットを活用するという意味では、人手不足の地方の中小企業などは、オンラインで業務をアウトソーシングしているようだ。経理、事務、秘書の経験がある人なら、オンラインで業務を請け負うこともできる。
これは、銀行から借金して独立開業する、あるいは店舗を出す、などということとは違う。元手をかけず、人件費や家賃といった固定費もかからないビジネスモデルを実現するのだ。
パソコンと書斎があればできるので、リスクもほとんどゼロ。なけなしの退職金は、温泉旅行やクルーズ船のために残しておくことができる。
こうしたスモールビジネスの特長は、事業の拡大を追求するのではなく、自分の小遣いだけを稼ぐ、というところ。身を粉にして働くのではなく、ゆったりとマイペースで仕事をする。そんな「スロービジネス」も、定年後は、とても魅力のある仕事となるはずだ。
金融庁の物議を醸した発表
2023年の総務省の統計調査によると、高齢者の就業率は60歳から64歳の男性が84.4%、女性が63.8%、65歳から69歳までで、同61.6%と43.1%となっている。70歳から74歳では、男性で42.6%、女性で26.4%の人が何らかの形で仕事をしている。近年、高齢者の就業率は、右肩上がりという状況だ。
リタイアして悠々自適、旅行や趣味に時間を取ってのんびりと暮らす──バブル期は、特に、こうした風潮が強かった。
1986年、当時の通産省が提唱した「シルバーコロンビア計画」が、その最たる例だろう。定年後、物価の安い海外で悠々自適に生活するという計画だ。
マレーシアやオーストラリアなど気候が温暖な国で、地域に日本人居住区を設け、広い邸宅で、日本では実現できないゆとりのある生活を送るというものだった。
退職金が2000万円、そして年金が夫婦あわせて月20万円……これだけあれば海外で優雅な生活ができるだろうとされたが、結局、この計画は「姥捨て山計画」だと否定されてしまった。
「強い円を武器に日本人が他国に侵出しようとしている」などと、国内外から数多くの批判を浴びたのだ。
遠い昔話のようだが、現在、どれだけのビジネスパーソンが、「老後にはのんびり悠々自適の生活が待っている」と考えているだろうか。それどころか、退職金も年金も心もとない……地震や疫病など、突然の災厄がいつ襲ってくるか分からない……ならば貯金を減らさないように、できるだけ長く働いて、収入を確保し続けたい……そう考える人が大多数だろう。
2019年には、金融庁の発表が物議を醸した。それは、公的年金だけでは、老後資金として、1300万円から2000万円不足するというものだった。
これは、高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)の毎月赤字額の平均値、すなわち約5.5万円に、平均余命の20年から30年を掛けて計算したものだ。しかし、同じ高齢夫婦世帯の平均貯蓄額は約2300万円……ならば多くの人は、貯蓄で赤字分をまかなえる。
しかし、この数字が独り歩きして、ちょっとしたパニックを感じた高齢夫婦も多かっただろう。ことによると、この発表は、近い将来に考えられる年金給付の水準低下を予言するシグナルだったのかもしれない。
文/佐藤優
『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』 (Hanada新書)
佐藤優 (著)
知の巨人が、たどり着いた人生の最終結論
佐藤優が「定年後に特化した知の技法」をはじめて完全伝授。
「定年後が人生で一番楽しい」が手に入る!
定年後に「遅すぎる」は一切ない!
人生は晩年こそが華である!
「還暦を迎えた人たちがどんな心構えを持ち現実的にどう対応すべきなのか?
人生の最終コーナーを回って自分のゴールを達成するためには、何が必要なのか?
嫌いな人たちにまで交友範囲を広げて、それを維持する必要はない。
残された人生の時間を、ストレスなく生きることに集中すべきなのだ。
本書は、私のこれまでの人生の集大成だと考えている――佐藤優」