
5年に1度開かれる世界最高峰のピアノコンクール、ショパン国際ピアノ・コンクール。前回大会である第18回大会では第2位反田恭平、第4位小林愛実という快挙で話題となった。
ショパン国際ピアノ・コンクール2025の特徴
マルタ・アルゲリッチ、マウリツィオ・ポリーニ、クリスチャン・ツィメルマンなど名ピアニストを生んできたショパン国際ピアノ・コンクール、2025年はその第19回。
過去最多の642名の申し込みがあり、書類・動画審査を経て4月に171名による予備予選が実施され、66名が選出された。このほかに、コンクール委員会の定める主要国際コンクールの第2位までの入賞者19名が予備予選を免除され、計85名(うち棄権1名)が秋の本大会に進んだ。
この免除枠、従来は直近の回に限られていたが、今大会からコンクールの年齢制限の範囲内であれば過去に遡って認められることになったため、2018年リーズ優勝のエリック・ルー(Eric Lu)、同2021年2位の小林海都、2018年浜松国際第2位の牛田智大、2019年ブゾーニ第2位の桑原志織などが加わったため、予備予選から参加したコンテスタントはさらに激戦を強いられることになった。
国別で見ると、中国が29名と圧倒的に多く、日本とポーランドが13名ずつ。カナダは4名全員がアジア系で韓国は3名と、アジア系が主流の大会となった。
第1次予選は10月3日~7日に行われた。
今大会は免除枠の他にも大きな変更がいくつかあった。まず、開闢以来初めて、ポーランド以外の国から1970年優勝のギャリック・オールソン(アメリカ)が審査員長に就任したこと。
指定の曲目も大きな変更があった。第1次予選では、従来は2つのカテゴリーから2曲選択できる練習曲が、最難曲の5曲から1曲に絞られたこと。技術よりは音楽性で勝負したいコンテスタントにとっては辛い決定だったに違いない。
7日の第1次予選終了後に発表された審査結果では、日本の小林海都を含む7名の免除者が敗退する事態を招いた。
10月9日~12日までの第2次予選進出者は、中国14名、日本5名、ポーランド4名。
第2次予選のプログラムにも大きな変更があった。
従来は3次予選で3曲のソナタ、もしくは『24の前奏曲』を選択することになっていたが、今大会では『24の前奏曲』が3次予選の必須課題となり、6曲以上の抜粋、もしくは全曲演奏を義務づけられた。ポロネーズも必須課題だが、40分から50分の枠を超えなければ他の選曲は自由だったため、ラウンドの演奏時間が非常に長くなり、予定通りに終了しないことがしばしばあった。
2次予選出場者日本人5名の演奏は?
第2次予選出場者は、演奏順に桑原志織、中川優芽花、進藤実優、牛田智大、山縣美季の5名。このうち免除者が2名。
2025年のエリザベート国際でもファイナリストとなった桑原志織は、体格に恵まれ、舞台度胸もあり、数々のコンクールで上位入賞を果たしてきたが、ワルシャワでひと皮剥けた感がある。とりわけ『幻想曲』は、桑原の豊かな響き、集中力と包容力、思索、息の長い音楽性にぴったりの作品だ。
中川優芽花は、2021年クララ・ハスキルの優勝者。デュッセルドルフ生まれで、音楽教育は全てドイツ。2次予選では『英雄ポロネーズ』と『24の前奏曲』を選択。今大会、『24の前奏曲』を全曲弾くピアニストは多いが、中川ほど緊密なストーリーを作り上げた人はいないだろう。
一曲ごとに優しくなったり悲しくなったり、激情をあらわにしたり、夢見心地で揺蕩(たゆた)ったり、さまざまに表情を変えるプレリュードたちが、中川の魔法の指先によって自分たちの言葉をもち、思い思いに語りはじめる、そんな感覚を味わった。なぜか第3次予選に進めなかったが、ネット配信を通じて、世界中のファンが彼女を応援していくだろう。
進藤実優は、前回のセミファイナリストで、貫禄充分。中川と同じく『24の前奏曲』全曲と『英雄ポロネーズ』というシンプルなプログラムで、先に前奏曲を演奏した。霊感に満ちたピアニストで、どの曲の間もほぼ腕を空中に上げたままで、まるで魔法使いが次々に玉手箱から音楽を取り出しているよう。
内声を思う存分歌い、アルペッジョがそれを増幅させる8番、安らぎに満ちた13番、ドラマティックな15番「雨だれ」、ハープを掻き鳴らすような23番、慟哭の24番など、各曲への流れが素晴らしかった。こちらは予想通り第3次予選進出。
牛田智大は、前大会では第2次予選で姿を消し、多くのファンにショックを与えた。理由としては音質に問題があるという説も囁かれたが、今回はスタインウェイを選択し、筆者が聴いていた2階席右側バルコニーでは、音質・音量ともに申し分なかった。
第2次予選は『マズルカ風ロンド』で開始。持ち前のクリアな音色とキレの良いタッチで、爽やかな魅力を振りまいていた。リズムは軽快に弾み、煌めくトリル、軽やかな装飾音、鮮やかな3度で耳を惹きつける。転調の多い曲で、そのたびに曲想も変化する。基本的には短調では悲しく寂しげに、長調では優しく。
なのだが、牛田の演奏ではハ長調でも寂しげな時があり、モーツァルトを深く尊敬していたショパンの真髄を思わせた。続く『ソナタ第2番』も構築性が際立つ端正な演奏だった。第1楽章の第1主題は速めのテンポを取り、何かに追われるような焦燥感を奏出する。
山縣美季はパリ音楽院在学中の23歳。自然で伸びやかなテクニック、気品のある音楽性の持ち主で、『英雄ポロネーズ』を堂々と演奏。『24の前奏曲』では、それぞれの楽曲の性格を巧みに弾きわけていた。曲間の流れや雰囲気の作り方にもセンスが感じられる。惜しくも3次予選には進めなかったが、国際経験を積んで再挑戦してほしい。
2次予選で会場を沸かせた注目のピアニスト
中国勢では、ティーンエイジャーの活躍が目立った。リュー・ティエンヤオ(Tianyao Lyu )は2008年10月21日生まれ。コンクールの終了した翌日に17歳になる。煌めく音と活き活きした音楽性、驚異的なテクニックの持ち主で、『アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ』や『ラチダレム変奏曲』のような難曲を苦もなく弾き、第3次予選に進出した。
ウー・イーファン(Yifan Wu)も2008年11月11日生まれの16歳。大曲が好きとのことで、『幻想曲』を深々とした情緒でまとめ、『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ』も、圧倒的な技巧で自在な演奏を繰り広げ、聴衆の喝采を得ていた。
21歳のリ・ティエンヨウ(Tianyou Li) は頭脳派で、演奏されることが稀な『ソナタ第1番』を見事に構築して評価された。
韓国からは、2016年パデレフスキ・コンクール優勝で予備予選免除となった イ・ヒョク(Hyuk Lee)と弟のイ・ヒョ(Hyo Lee) が揃って第3次予選に進出。カナダからは、2023年ピリオド楽器のためのショパン・コンクールで優勝したエリック・グオ(Eric Guo)と、2023年ルービンシュタイン・コンクール優勝のケヴィン・チェン(Kevin Chen)が進出。チェンが第2次予選で全曲演奏した『練習曲作品10』は、完璧な技巧で大きな話題を呼んだ。2015年ショパン・コンクール第4位のエリック・ルー(Eric Lu)〈アメリカ〉とともに優勝候補と目される。
一方で、前回のファイナリスト、中国のラオ・ハオ(Hao Rao)が早くも姿を消し、再挑戦のチャン・カイミン(Kai-min Chang)も前回同様第2次予選止まりとなり、ファンを悲しませた。演奏中のアクシデントで惜しまれつつ姿を消した16歳のジン・ズーハン(Zihan Jin)共々、捲土重来を祈りたい。
敬称略
※ショパン国際ピアノコンクールに出場している日本人以外のピアニストの名前はカナ表記の後にカッコ()で欧文を記載。本大会の演奏はYouTube:Chopin Institute( @chopininstitute)で視聴が可能。
https://www.youtube.com/@chopininstitute/streams
ショパン・コンクール見聞録
革命を起こした若きピアニストたち
青柳 いづみこ 
若きピアニストの登竜門として有名なその第18回大会は、日本そして世界中でかつてない注目を集めた。デビュー以来 “一番チケットが取れないピアニスト” 反田恭平が日本人として51年ぶりに2位、前回大会も活躍した小林愛実が4位とダブル入賞をはたし、YouTuberとしても活躍する角野隼斗、進藤実優、牛田智大、沢田蒼梧らの日本勢も大健闘した。
さらに、優勝したブルース・リウ、同率2位のガジェヴ、3位のガルシア・ガルシアなど、予選・本選を戦ったピアニストたちは皆レベルが高く個性的で、彼らは既存の価値観を覆すような “革命的な” 演奏を見せた。
これまでと大きく変わった今大会の現場では何が起こっていたのか?
音と言葉を自在に操る著者が検証する。