インターネットは基本的に「オープン」であることを自覚しているだろうか…「無意識の信頼」がアルゴリズムをブラックボックスに
インターネットは基本的に「オープン」であることを自覚しているだろうか…「無意識の信頼」がアルゴリズムをブラックボックスに

私たちが何気なく使っているインターネット。その基盤はOSS(オープンソースソフトウェア=誰しもが無償で閲覧・改変できるシステム)によって支えられている。

だが多くのユーザーはそれが公開されていることを知らないだけでなく、その意味を知るために時間を割くことはない。とはいえ、ここまでインターネットが生活の一部になっているなかで、運用のすべてをプラットフォーマーたちに任せたままでいいのだろうか? 
書籍『アルゴリズム・AIを疑う』より一部を抜粋・再構成し、新たな「メディア・リテラシー」の在り方を問う。

インターネットは基本的に「オープン」である

Xのアルゴリズムが一般にも公開されていること。それが示唆していることは、たとえアルゴリズムが公開されたとしても、それが一般のユーザーからは社会的ブラックボックスとして扱われてしまうことには変わりがないということだ。

このことは、プラットフォームの基盤にあるインターネットのアルゴリズムの状況を考えてみるとより興味深い。

企業運営によるプラットフォームのアルゴリズムは確かに非公開であることが多い一方で、その基盤としてインフラ化しているインターネットのしくみの多くは、「OSS(オープンソースソフトウェア)」とよばれる、一般公開されたアルゴリズムによって動作している。

OSSとは、インターネット上などでそのプログラムの「ソースコード(プログラミング言語によって記述された処理手順そのもの)」を原則として無償で公開することで、複数の開発者による共同開発を可能にし、コミュニティによる継続的な改良を企図したソフトウェアを指す。

インターネットが普及する以前は、ほとんどのアルゴリズムは一部の企業に独占されており、ソースコードはまさに「秘密のレシピ」として秘匿されるのがあたりまえであった。

しかし、インターネットそのものはもともと学術ネットワークを中心に利用者を拡大してきた「管理者不在」のネットワークだったという背景もあり、収益目的ではなく共同してオープンな開発を進めていく土壌をもっていたため、OSSの思想と相性がよかった。実際、インターネットの基盤となるアルゴリズムやプロトコル(通信手順)のほとんどはOSSによって(今でも)実現されている。

インターネットの基本的な通信手順を定めたTCP/IPや、ウェブページの通信手順を定めたHTTP、メール送信の通信手順を定めたSMTPなどのプロトコルは、基本的にその仕様はすべてオープンであり、世界中のユーザーに共有されている公開情報である。

それだけでなく、誰でも自由に改善提案を行うことができ、オープンな場で議論されて、よりよいアルゴリズムに変容していく可能性に開かれている。

アルゴリズムをブラックボックスにしているもの

また、OSSはインターネットでもっともよく使われるWWWの基本的なしくみにも利用されている。ウェブページを配信するウェブサーバーとしてもっとも広く利用されているのはApacheHTTPサーバーというソフトウェアである。



ApacheはOSSとして開発されソースコードが公開されているため、機能拡張が容易であり、実際さまざまな開発者によってモジュールが追加されることで、より多くの機能が実現できるようになっている。

さらに、このようなウェブサーバー上で動作するアプリケーションの多くは、データベースソフトを利用しているが、MySQLとよばれるOSSのデータベース管理ソフトは、中小規模の企業や組織を中心に多くのシステムで利用されており、やはりソースコードの共有によって機能拡張や改善が続けられている。

OSSの実装事例としてもっとも有名なのは、WWWやデータベースなどの主にサーバー側のOS(オペレーティング・システム)として採用されることの多いリナックスだろう。

このリナックスは、インターネットの基盤となるサーバーのOSとしてさまざまな企業や組織で利用されているだけではない。現在のスマートフォンのOSのひとつであるアンドロイドOSは、このリナックスの基本モジュールを拡張して開発されたOSSとなっている。

現在はグーグルが所有しているアンドロイドOSだが、そのアルゴリズムは秘匿されているわけではなく、オープンソースとして公開されているのである。

このように、現在のインターネットやプラットフォームを実現しているアルゴリズムは、実際にはすべてが非公開になっているわけではなく、むしろその基本的なしくみのほとんどはOSSによって公開・共有されたソースコードによって支えられている。

検索エンジンのランキング・アルゴリズムを非公開にしているグーグルも、スマートフォンの基盤となるアンドロイドOSは公開にしていたり、先に述べたとおり、Xもそのタイムラインの一部のアルゴリズムについては一定の公開をしたりしている。

では一般のユーザーの視点からはこの状況はどうみえているのだろうか。このように、インターネットを支える基本的なシステムや、スマートフォンのOSや、SNSのタイムラインなどのアルゴリズムが、(部分的であるとはいえ)公開され、誰でもその気になればその処理内容を知ることができるという事実を意識している人はどのくらいいるだろうか。

おそらく多くの人は、インターネットやプラットフォームのしくみにどのようなものがあり、それらの何が公開されていて何が非公開なのか、あまり具体的に考えたことがないのではないだろうか。

それは、アテンション・エコノミー環境においてある意味当然の帰結といえるだろう。

まさしく、システムが何の不具合もなく成功裡に動作していると信じられることによって、その内部構造は意識しなくて済むものになり、場合によってはそのようなシステムが介在していること自体もアテンションを払う対象に含まれなくなる、ということなのだ。

これこそが、インターネットを含むデジタル・メディアのインフラ化であり、アルゴリズムの社会的なブラックボックス化である。アルゴリズムをブラックボックスにしているのは、むしろそこに認知資源を割く必要がないという社会的状況であって、プラットフォーム企業による「隠蔽」や「独占」の意図だけではないのだ。

新たな水準の「メディア・リテラシー」

筆者は「プラットフォーム資本主義」のはらむ問題が、プラットフォーム企業による収益追求の姿勢に起因することを否定するつもりはないし、かといってこれらの企業の肩をもつつもりもない。

しかし一方で、一般のユーザー自身が(個々人が意図せざる社会的な相互作用の結果として)プラットフォームやインターネットの技術をインフラ化し、そこで動作するアルゴリズムについてブラックボックス化して、それらの詳細を意識しないで済む社会を望んで構築してきた。そのような事実に気づくことは、単に企業を悪者扱いするより重要な視点ではないだろうか。

そしてそのインフラを可視化し、ブラックボックスを少しでも理解しようとすることに認知資源を割くことは、わたしたちの「稀少」とされるアテンションを振り向ける価値が十分にあることなのではないか、と考えている。

そこにアテンションを配分することは、アテンション・エコノミー環境そのものを相対化し、俯瞰的な視点を獲得することにつながるからである。フィルターバブルやエコーチェンバー、偽情報・誤情報やステマなど、それを可能にするメカニズムを俯瞰的な視点で客観視できる人が増えていけば、(すぐに解決にはいたらないとしても)その弊害を軽減できる可能性があるはずだ。

もちろんプラットフォーム企業の側も、アルゴリズムの内部構造を含めて、開発者・設計者が自社の利益確保のために自らそれを隠蔽するようなブラックボックス化は、なるべく避けるべきだと筆者は考えている。

OSSのコミュニティのように、一定の専門性をもち、かつ特定の企業との利害関係とは異なる視点から、アルゴリズムの改善や改良を進めることは実際に可能であることが示されているし、インターネットのような公共財をまさに公共的なものとして維持するためには、もっと活用されるべき方法論であろう。

特に大規模で多くのユーザーが利用するシステムであればなおさら、そのサービスを提供する社会的責任を果たすという意味で、単に自社利益への最適化にとどまらず公共的な観点を踏まえたバランスを保っていく不断の努力がより一層求められる。

そしてそれにはユーザー側からの、アルゴリズムをブラックボックス化させないような社会的な圧力をかけ続けるアプローチも欠かせない。

アルゴリズムの現状に対して批判的に読み解き、さらにはそのあり方に対して異議申し立てや提言ができるような、新たな水準の「メディア・リテラシー」が求められているのである。

アルゴリズム・AIを疑う 誰がブラックボックスをつくるのか

宇田川敦史
インターネットは基本的に「オープン」であることを自覚しているだろうか…「無意識の信頼」がアルゴリズムをブラックボックスに
アルゴリズム・AIを疑う 誰がブラックボックスをつくるのか
2025年5月16日発売1,100円(税込)新書判/240ページISBN: 978-4-08-721363-8

【【続々重版!!】】

★☆★☆各メディアで紹介★☆★☆
2025.7.1聖教新聞にて書評掲載「狭まれた“主体的選択”の余地」
2025.7.5日本経済新聞にて書評掲載「現代必須〈教養〉の入門書」
2025.7.18読売新聞にて書評掲載「ソフト動かす原理解説」
2025.7.19毎日新聞の「今週の本棚」にて書評掲載
2025.8.1新刊ビジネス書の要約『TOPPOINT(トップポイント)』にて書籍紹介
2025.8.15 Lucky FM茨城放送「ダイバーシティニュース」

■内容紹介■
生成AIを筆頭に新しい技術の進歩は増すばかりの昨今。SNSや検索エンジンなどの情報は「アルゴリズム」によって選別されている。しかし私たちはそのしくみを知らないままで利用していることも多い。アルゴリズムを紐解くことは、偏った情報摂取に気づき、主体的にメディアを利用する第一歩なのである。
本書は、アマゾンや食べログなどを例に、デジタル・メディアやAIのしくみを解説。ブラックボックス化している内部構造への想像力を高めることを通じて、アルゴリズム・AIを疑うための視点を提示する。メディア・リテラシーのアップデートを図る書。

■目次■
第1章 アルゴリズムとは
アルゴリズムの日常性、基本構造、AIとの違い‥‥‥

第2章 アルゴリズムの実際
グーグルのランキング、アマゾンのレコメンド、食べログのレビュー・スコアリング、Xのタイムライン表示アルゴリズム‥‥‥

第3章 アルゴリズムと社会問題
認知資源を奪い合う、 情報選別の権力となる、マーケティング装置、偽情報・誤情報を拡散する、ユーザーを商品化するアルゴリズム‥‥‥

第4章 アルゴリズムとブラックボックス
ブラックボックスとは、誰がブラックボックスをつくるのか、アルゴリズムの公開は可能か‥‥‥

第5章 アルゴリズムのメディア・リテラシー
メディア・リテラシーとは、メディア・インフラ・リテラシーの可能性、アルゴリズムを相対化する視座‥‥‥

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