〈「クマを殺すな」の抗議殺到も…〉頭皮をはがされ頭蓋骨がむきだしになった被害者男性が独白「あの凶暴性はやられないとわからない」
〈「クマを殺すな」の抗議殺到も…〉頭皮をはがされ頭蓋骨がむきだしになった被害者男性が独白「あの凶暴性はやられないとわからない」

日本各地でクマ被害の情報が相次いでいる。10月17日、岩手県の瀬美温泉で露天風呂を清掃していた笹崎勝巳さん(60)がクマに襲われ、山中で遺体で発見された。

20日には岩手県盛岡市の原敬記念館の敷地内に成獣のクマが4時間居座り、麻酔を打って捕獲、市内の山林で駆除された。また人的被害はなくても連日、クマの目撃情報は全国で報じられている。このような報道が流れると自治体には「クマの命を奪うな」といった意見が多数来る。人がクマに殺される事案が起きても、だ。自治体や被害者たちは、このような“害獣駆除にご意見したがる人々 ”をどう思っているのだろうか。思いを聞いた。

クマ報道のたびに「なぜ駆除するのか。かわいそうじゃないか」という電話が…

20日に岩手県盛岡市の原敬記念館の敷地内に侵入した10歳くらいとみられるクマの成獣は、市民からの通報により、まず警察が現地に駆けつけた。そして警察から連絡が入ったのが、盛岡市役所の農政課である。

12時頃、農政課が現地に駆けつけ、捕獲のための麻酔の吹き矢を打つ、盛岡市動物公園の獣医師を呼んだ。駆除には県の許可が必要なため、岩手県庁関係者も集まった。4者とクマが睨み合う中で、約4時間後の午後15時30分にクマは捕獲され、山で駆除された。

農政課の担当者が言う。

「麻酔の吹き矢により昏睡したクマを農政課の車に乗せ、盛岡市内の山林に運ぶとともに、現地には鳥獣被害対策実施隊にご所属いただいている猟友会のかたを呼び、鉄砲で殺処分しました。

21日朝の時点で市のメールに『なぜ駆除するのか。かわいそうじゃないか』といったご意見と、『なんでもっと早く駆除しないのか』といったメールが来ていました」

この時点では数件のメールだったが、今年に入り、駆除の報道が出るたびにこの2つのご意見が電話で寄せられるそうで、長い時では30分以上に及ぶこともあるという。

「ご意見は『駆除するな』と『早く駆除しろ』のふたつのご意見ですが、駆除するなというかたのほうがヒートアップしたり、長くなる印象です。すべての駆除の決定は私ども市役所だけで行っているわけではありません。

捕獲には県、発砲には警察の許可が必要ですし、さらに発砲は猟銃免許を持つかたなどが行います。すべてはここに住まう市民の安心安全を守るもので、それを覆すことはできません。ですので、ただご意見をいただくことしかできないのが現状です」

今年9月1日に改正鳥獣保護管理法が施行された。これにより、一定の条件をクリアすれば、日常生活圏においても、特例的に市町村長の判断・指示で委託を受けたハンターが緊急に銃猟を使用することが可能になった。

かつて警察の判断の遅れで発砲のタイミングが遅れた事例があったことから法律が改正された経緯がある。だが、このような世の動きとは別に「クマを殺すな」「山に帰せ」といった意見が100件以上も届く役場もある。

今年7月12日、北海道南部の福島町で新聞配達員の男性が早朝の市街地でクマに襲われ命を落とす事故が起きた。クマの殺処分は18日で、その一連の様子が報道されると、翌日から1週間ほど福島町役場に100件ものご意見が届いたという。

そのほとんどが「なぜ殺した?」というもの。福島町役場の総務課の担当者はこう嘆く。

「もう1日中、電話が鳴り響いている状態でした。愛護の気持ちが強いかたは『もともとクマが住んでいるところに人間が住んだだけだ、クマに罪はない』と平然とおっしゃいます。

すでに人が亡くなっている事故が起きてのことと説明した上で、『ご家族が被害に遭われたら、それでもそういうご意見を持たれますか』と言いましたところ『それでも人間が悪い』と。噛み合わないんです。とにかくご意見をくださるかたが納得するまで聞くしかない状態です」

100件の電話は100人がかけているわけではなく、同一人物が連続してかけてくることもあった。

「業務に差し支えるので非通知の電話は受けないようにしようとなったら、別部署に非通知で電話して繋がれたこともありました」と嘆く。しかも「そのようなご意見をいただくかたのほとんどが道民ではなく他県の方だった」そうだ。

ただ、役場が対応に苦慮したのはご意見をくださる人たちだけではない。

「報道陣による取材活動」にも苦しんだと、前出の役場の担当者は続ける。

「10月12日に事故が起き、我々は一刻も早い駆除のために24時間体制でパトロールしました。しかし、テレビ局も24時間体制で我々が仕掛けた箱穴付近に張り付いている。これではクマを捕獲できない。

また、報道陣の中には私有地にカメラを仕込んでいる方もいました。そのスクープ映像が9月頃にも流れたら、またご意見のお電話が鳴りまして。もうその映像は使い回さないでいただきたい…と思いましたね」

「クマ外傷の後遺症に苦しむ人も多い」 

こういった「クマを殺すな」という意見に断固として反対するのは秋田市内で菓子店を経営する湊屋啓二さん(68)だ。

湊屋さんは2年前にツキノワグマの襲撃に遭った。頭部に頭蓋骨がむき出しになる裂傷と右耳の一部の破損、顔にも複数の深い掻き傷を負った。

「クマを捜し出して殺せって言ってるんじゃなくて、市民の安全を脅かすクマは殺さないとダメだって言ってるんですよ。

『クマを殺すな』なんて言うかたは、クマの凶暴性と攻撃力の高さと恐ろしさを知らない。一度やられなければわからないと思いますよ」

湊屋さんが被害に遭ったのは2023年10月19日の午前中、車庫のシャッターを開けた瞬間だ。

目の前に「頭部が茶色のツキノワグマ」がいた。ツキノワグマは全身が黒で胸に月のような形の白い柄があることからその名がついているが、湊屋さんは瞬間、「茶色なんて珍しいな」と思ったそうだ。

2、3秒もの間ほど見つめ合い、後ろを向いて全速力で自宅に向かい走った。

「グワオウッ」

ツキノワグマは叫びながら湊屋さんを追いかけた。そして腕と爪を使って左側からものすごい力で地面に倒してきたのである。

「とっさに頭を隠しました。しかしクマはなぜか執拗に顔を狙ってくるんです。背中を何度も引っかかれ、顔を隠してる腕の隙間から耳をかじろうと何度も牙をむきました。耳元で『ぶぉっ! ぶぉうっ!』ってすごい興奮した唸り声がして『俺はクマに殺されるんだ』と覚悟しました。

顔を隠しながら観念していると、なぜか攻撃が止み、その瞬間に走り出して作業所に入り鍵をかけました。痛みは感じないけど左目が見えないので『左目をやられたな』と思いながら鏡を見ると、頭皮がはがされていて頭蓋骨が見えた。顔中血だらけですよ。

その姿を見た妻は『ギャッ』と叫んだほどです」

湊屋さんは頭部を30針も縫う重傷で、左目近くの外傷はあと5㎜深ければ失明していたほどだった。

「三苫の1㎜、湊屋の5㎜って言ったら周りにウケましたよ」

そんな冗談を言う湊屋さんだが、精神的な後遺症などはないのか。

「それはない! 私はあの頭部が茶色のツキノワグマを忘れない。また見かけたら獲って食ってやる!」と笑う。

「ニューヨークタイムズのリチャードって記者からも取材受けてさ、『あなたはそのクマをどうやって食べるんだ』と聞かれたので『みそ鍋だな!』って言ったらそれがタイトルになっちゃって大爆笑ですよ。

なんてね、笑ってる場合じゃなくて、私を襲ったクマは私含めて5人も襲っているそうです。しかもそのクマはその後、消息を絶っているんですよ」

湊屋さんは現在も頭部に頭皮が突っ張られるような痛みや、右耳の損傷した部分に痛みを覚えるという。そんな時は自身でマッサージして気を紛らわすのだという。

「こういったクマ外傷の後遺症に苦しむ人も多い。ご意見をくださる方は、ぜひそういう外傷で苦しむ方々が相談できる場をどう作ったら良いかについて考えていただきたいですね」

北秋田市役所の担当者は、湊屋さんを襲ったクマの行方を把握しているのだろうか。

「その時のクマの個体はDNA鑑定などできておらず、行方はわかっておりません。もしかしたら他県で捕獲駆除されているかもしれないし、未だ山で生きているかもわかりません。

今年4月から9月末時点で、370件のクマの目撃情報があります。私たちは人身人命を大事に、今後もクマだけでなくあらゆる害獣対策に取り組んでいきたいと思います」(農林課の担当者)

湊屋さんを襲った、頭部が茶色の珍しいツキノワグマの行方はわかっていない。クマ駆除の報道を目にして動物愛護的な視点からご意見を市町村に向けたくなるかたは、いま一度、湊屋さんの「やられてみなければわからない」という言葉を思い出してほしい。

取材・文/河合桃子 集英社オンライン編集部ニュース班

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