ジーンズ5万円、ニット6万円の洋服、ユニクロなど一般的なファッションブランドのアイテムと比較すればかなり高額である。だがそのような洋服が一部では飛ぶように売れるばかりか、転売もされ、買いたくても買えないものになっているという。
行列から抽選へ、変わる購入手段
土曜の朝、一部のアパレルショップ前には長い行列が。
東京の原宿・渋谷・代官山といった街では、昔からよく見られた光景だ。列をつくるのはブランドの新作発売を心待ちにする純粋なファッション好きだけではなく、人気のアイテムを手早く押さえ、数時間後にはフリマアプリに出品しようと目論む転売ヤーの姿も少なくない。
様々な思いが交錯する現場では、トラブルが報じられることがあったが、行列をめぐる混乱は近年少しずつ落ち着きを見せている。転売や行列と聞けばまず思い浮かべられるシュプリームを例に挙げよう。
シュプリームの毎週土曜11時のドロップ(新作を小出しにリリースする販売手法)は、かつては早い者勝ちが基本で、発売前日からの行列が常態化していた。だが現在では当日の店頭で入店をめぐる抽選が行われるため、極端な行列は姿を消した。
人気のスニーカーなど、混雑が予想されるアイテムの発売時には抽選販売や入場整理券を併用するケースも増えている。
例えば日本の人気ブランドのオーラリーは、コラボや注目作の発売時にオンラインではWEB抽選を実施。
ここ数年で一気に人気ブランドになったエンノイのようなオンラインのみで販売を行うブランドでも、WEB抽選販売がしばしば採用される。
また、新作の発売日に行列があった場合、アプレッセや、コモリといったブランドは当日の状況に応じて入場整理券配布を実施している。
トラブルが絶えない“行列”から運と情報戦の“抽選”へ、混雑緩和と公平性確保を狙う運用が広がりつつあるのだ。だがメンズの人気ブランド服が欲しくてもなかなか買えない状況そのものは、依然として変わらない。
むしろ水面下の争奪戦は激しさを増しているようにすら感じられる。それはなぜなのだろうか?
価格の上昇と円安、インバウンド需要
まずは価格の問題がある。
前述したオーラリーやコモリなどのブランドを例にとると、もちろんシーズンや素材によって上振れ下振れするのでざっくりした見方だが、相場はシャツやデニムパンツで3~5万円台、ニットやスウェットで3~7万円台、ジャケットやブルゾンで6~10万円台、アウターが8~20万円前後といったところ。
ちなみにこれらのブランドのアイテムは総じてここ7~8年で1.5~2万円ほど値段が上がっている印象だ。
この価格帯はユニクロやGU、ザラといったファストブランドと比べれば桁違いに高く、またシュプリームやステューシーといった海外ストリート系老舗ブランドよりもやや上に位置し、多くの日本人にとっては十分に高級と映る水準だ。
しかし視点を移すと評価は変わる。
現在の日本は円安局面にあり、国内では高いと感じられる価格帯でも、ヨーロッパのメゾンブランドなどと比べればむしろ割安と受け止められる。外国人の目には、日本の高品質なブランドアイテムは、コストパフォーマンスに優れたお得な買い物と映るのである。
前述したオーラリー、コモリなどをはじめとしたファッションブランドは日本人だけでなく、韓国や中国の男性たちからも大人気だ。違うのは彼らにとっては12万円のコートはむしろ買いやすい服であるということ。
買い物のために日本を訪れる中・韓国人は多く、結果、店頭の初動はさらに早くなり日本人の“買えない感”は一層強まる。
C2C市場が生んだ功罪「高く売れるから買う」
またメルカリやSNKRDUNKなどのC2C(個人と個人の間で行う取引)のプラットフォームでは、偽物や無在庫出品こそ禁止されているが、価格設定自体は自由である。
定価3万円のスニーカーが、発売当日にショップの店頭から姿を消し、メルカリなどで2~3倍以上の金額で取引されることも珍しくないが、これは「需要と希少性が価格を決める市場」として自然な動きとも言える。
それでも転売ヤーが強く嫌われるのは、自分で着るために本当に欲しい人が正規価格で買えないという不公平感を生み出すからである。
ファッション文化を支えるはずの本物のファンが疎外されるうえ、販売現場での買い占めや混乱といった迷惑行為とも直結する。法的にはセーフなので取り締まることはできないが、社会的・道義的にはアウト――。この二重構造が転売トラブルの根本要因である。
メルカリをはじめとするC2C業者たちの功の側面は明確だ。これまで買うだけだった個人を、売買を回す一員に組み込み、ブランドアイテムの価値の再発見を促したことである。
だが同時に罪もある。その価値の発見が、投機のきっかけとなるのを見過ごしてしまったことだ。
かつては「欲しいけど売り切れ」で終わっていたものが、いまは「欲しいから高くても買う」へと変わり、結果として「高く売れるから買う」すなわち転売へと直結する。
ブランドが育てようとする「物語」より先に、二次市場相場が独り歩きしてしまうのである。
裏原ブームに見る閉じた価値観
そもそもなぜメンズブランドの服はこうまで買えないのか。
アパレル市場の規模はレディースがメンズの2倍以上と言われる。
それにもかかわらず、転売ヤーが暗躍するのは圧倒的にメンズ服だ。理由のひとつは男性の服の選び方にある。
昔も今も変わらず男性は服を買うとき「コートと言えばこれ」「シャツはこのブランド」と指名をしがちだ。
対して女性は複数のアイテムを組み合わせ、全体のトレンド感を重視する。そもそもレディースは商品数が多く着こなしの幅も広いため需要が分散しやすい。その結果レディースではメンズのような一点爆発が生じにくいのだ。
ちなみに筆者はかつて男性ファッション雑誌『smart』の編集に長く携わり、1990年代後半から2010年ごろまでストリートファッションの現場を見てきた。特にその前半、いわゆる裏原ブームの頃にはメンズファッションの世界に熱狂が渦巻き、すでに行列や転売の問題が存在していた。
かつての裏原ブームは、「仲間内だけで着る服」という文化から始まった。狭い店、極端に少ない商品、そして無愛想な店員と奥に漂う“身内”の空気――その閉じられた構造こそがブランドの物語だった。
だが一度その内側に入れば居心地の良い世界が待っていた。
そんなゲームを勝ち抜いて希少アイテムを手にすることは、仲間入りの儀式であり、そのハードルの高さそのものが価値となっていたのである。
メンズ服を取り巻くそうした独特の空気は、現在の市場にも、ロレックスマラソン(投機の意味合いも強いと聞くが)などのように形を変えながら残っており、ファッション好きの男性はたちは、数少ない人気アイテムをいち早くゲットするゲームに参加し続けているのである。
紙のファッション誌の終焉…SNS時代と職人ブランドの矛盾
加えてシーズンごとの重要アイテムを決める仕組みも変化した。
かつてはファッション誌やテレビドラマを通じ、人気タレントやモデルが着用することで確定していたが、いまはSNSがその役割を担っている。
インフルエンサーの「今シーズンのコモリのブラックデニムがえぐい」や「オーラリーのツイードブルゾンはもはや異次元」「TikTok映えするオシャレ服」などの発言ひとつで、特定のアイテムが瞬時に注目を浴び、発売と同時に市場から姿を消す。ちなみに生産数が多いユニクロの商品でも、SNSで注目されることで瞬時にオンラインストアで売り切れることもある。
さらに作り手の職人的こだわりも、買えない原因を生み出している。
先に挙げたようなブランドはそれぞれ独自の強みを掲げつつ、共通して細部の作り込みと背景のストーリーで支持を集めている。素材や縫製、造形、それに伴う着心地を追求し製造工程を緻密にコントロール。手にした人たちは袖を通す度にその価値観に共感できる。
これらのブランドに共通するのは「量より質」に徹する哲学である。
質にこだわりながらも、「もっと数を作れば転売はなくなるのでは?」と考える人もいるだろう。
だが、そもそもユニクロなどファストブランドの服が安いのは、生地を大量に仕入れ、大きな工場を動かし、数多くの店舗を構えているからである。
多くの中小のファッションブランドにとっての生命線は大量生産ではなく、一着の品質と希少性によって生まれる価値である。
加えて、良い工場は限られており、素材や染めのロット、縫製精度や検品歩留まりといった現実的な制約もある。
結果、生産数を安易に増やすことはできないのだ。
結局なぜ買えないのか
そして最後に、僕自身の話をもう少しだけ。
『smart』の現役編集者だった頃、誌面で紹介した服が翌週には店頭から消える――そんな出来事を何度も経験した。
「雑誌が人を動かした」と実感できる瞬間で、編集者としては大きな手応えだった。
当時は雑誌が熱を煽り、人を店に向かわせていた。だがいまはその役割をSNSが担い、投稿ひとつで情報が一気に拡散し、人々が殺到する。そこに転売ヤーが割り込み、相場を吊り上げる。
その速度も規模もかつてとは比べ物にならず、雑誌が人を動かしていた時代が牧歌的にすら思えるほどだ。
結局、なぜメンズの人気服はこうまで買えないのか。
文/佐藤誠二郎

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