〈朝日新聞記事が大炎上〉高額療養費めぐる「空気のように使っている」発言が抱えた決定的なズレ
〈朝日新聞記事が大炎上〉高額療養費めぐる「空気のように使っている」発言が抱えた決定的なズレ

11月1日に朝日新聞が公開した「高額療養費制度」に関する記事が、強い批判を集めている。記事では、制度が「空気のように使われている」として患者側に意識改革を促したが、がんや難病の患者団体や医療者からは「現実と乖離している」との声が相次いだ。
本稿では、制度を長年利用してきた当事者の視点から、朝日新聞記事の主張を検証し、どこに“ズレ”が生じているのかを考えたい。

炎上した「賢い患者」論 

11月1 日に公開された朝日新聞の記事『「空気」のようになった高額療養費制度 治療や薬…患者にできること』が大炎上している。猛批判を浴びているのは、「医療はどこへ」という連続企画の最新記事で、内容は、自身ががんサバイバーでもある〈認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML〉理事長の山口育子氏に取材したものだ。

COMLとは、同組織ウェブサイトの記述によると「患者と医療者の協働の実現と、より良いコミュニケーションの構築」を目標として「電話相談を日常の活動の柱に、医療現場により良いコミュニケーションを築く活動」を行う団体だ。

タイトルからも想像できるとおり、この記事で山口氏は、高額療養費の近年の利用者は大きな医療費を使っていると意識せず、まるで空気のように制度を利用している、と警鐘を鳴らす。

また、患者が意識を変えて、同じ薬の処方なら3回まで使用できる「リフィル処方箋」を使用したり、多くの薬を服用して副作用が生じる「ポリファーマシー」を防ぐために薬の使用を最小限に抑えたり、複数の医療機関で複数のおくすり手帳を使用するのではなく一元管理するなどして「賢い患者」になることが健康にも国民医療費の抑制にも重要で、それが高額療養費制度の持続可能性につながる、と患者側に対して意識や行動変容の啓発を促している。

この記事公開を通知した朝日新聞社の公式X(旧Twitter)アカウントのポストは、投稿から4日が経過した11月5日14時00分段階で約215万回の表示に対して「いいね」の数は252、とかなり少ない。

一方、この投稿に自分の意見を加えた上で再投稿する引用リポストの内容を見てみると、それらの多くは元記事に対して批判的なものであることがわかる。

たとえば、政府の高額療養費自己負担上限額〈見直し〉案が議論されていた際に、患者団体の代表として熱心な要望活動を続けて政府案を一時凍結に至らしめた功労者、全国がん患者団体連合会(全がん連)理事長の天野慎介氏がX上で「負担に苦しむがんや難病の患者さんの現状とかけ離れた認識で議論が進むことに危機感を覚えました」と異議を表明した引用リポストには5400を超す「いいね」が集まり、この天野氏の反論投稿は2400回以上もリポストされた。

その一方で、大元の朝日新聞がXに投稿したポストには、内容の間違いを第三者ユーザーが修正する「コミュニティノート」が付記され、さらに朝日新聞サイトに掲載された記事そのものに対しては、フォトジャーナリストの安田菜津紀氏やNPO法人POSSE代表理事岩本菜々氏らから内容を批判するコメントも寄せられている。

当該記事は、いわば火だるまのような状態になっているといっていいだろう。

実際に、自己免疫疾患の治療で高額療養費制度を2009年以来16年利用し続けている筆者が読んでも、この記事には強い違和感以外のものを抱くことができなかった。以下で、長年の制度利用者としての視点から、いくつかの反論と反証を試みてみたい。

制度を16年間利用している筆者の印象

まずは、「制度を空気のように使っている」という主張について。

記事内で山口氏は、「制度が始まったころは、いったん3割などの自己負担額を窓口で支払い、その後に上限を超えた額が戻ってくるしくみでした。このため、制度を利用している実感がありました」と、かつて自身が大病をした際の高額療養費制度利用体験を述べている。

これは、たとえばがんや難病の治療で1ヶ月に300万円がかかった場合、通常の医療費窓口負担として3割の金額(この例の場合だと90万円)をいったん会計で払い、後日に高額療養費制度が定める自己負担額との差額に相当する80数万円などが自分の銀行口座等に払い戻される仕組みを説明している。余談になるが、この仕組みを「現金給付」という。

続けて山口氏は、「現在は上限額までしか窓口で請求されません。自分がどれだけの医療費を使っているのか、自覚しにくくなりました」と現行制度がもたらす悪影響を指摘している。この部分はさらに説明が必要だろう。

山口氏が指摘しているとおり、かつての高額療養費制度は上記の現金給付方式で運用されていた。だが、最終的には差額が払い戻されるとはいえ、計算上の3割相当分の支払いは、たとえ一時的でも患者に大きな負担を強いることになる。

そのため、患者は最初から自分の自己負担上限額(約8万円や4万4400円など)のみを病院会計で支払えばよく、高額療養費制度で賄われる差額は、病院と健康保険を運用する保険者の間で処理されるという「現物給付」の方法がある時期から用いられるようになった。

「限度額適用認定証」というものを健康保険に発行してもらい、診察時に保険証と一緒に病院窓口に提出すればこの現物給付が適用される。近年普及しつつあるマイナ保険証を使用する場合だと、ほぼ自動的にこの現物給付方式が適用されるため、限度額適用認定証の取得すら不要になる。

病気と戦うだけでもすでに大変な患者にとっては、金銭的に大きな負担をかなりの程度軽減してくれるわけで、この措置は経済的にも精神的にも非常に助かる対応だ。この負担軽減の仕組みが「空気のよう」に制度を利用することに繋がっている、と山口氏は主張する。

高額療養費制度は非常に複雑で、自己負担額は所得区分や年齢、利用頻度などによって異なるが、一般的には上述のとおり、8万円程度や頻回利用で4万4400円程度になる場合が多い。

筆者の場合は2009年以来、治療を行う月に4万4400円を16年間ずっと払い続けており、個人的な印象ではこの金額はけっして「空気のよう」なものではない。

ただし、家計によって負担感は異なるため、これらの金額が「空気のよう」な軽いものに感じられるかどうかは、個人や家庭の事情などによって様々だろう。そこで、制度を利用している患者一般が抱いている負担感の参考になるであろう指標を、少し紹介しておこう。

患者たちは本当に「空気のように制度を利用」しているのか?

WHOは、家計所得から住居費用や光熱費、食費などを引いた自由に使える収入のうち医療関連の支払いが40パーセントを超える場合は、貧困に陥る可能性が非常に高い「破滅的医療支出」だと定義している。

東京大学大学院五十中特任准教授がレセプト(診療報酬明細)データ等を元に行った推計では、現行の高額療養費制度でも利用者全体の17パーセント、年収550万円未満では36.4パーセントもの人々が、この破滅的医療支出に瀕していることが示された。

この実態を見て、患者たちが「空気のよう」に制度を利用している、と評することははたして妥当だろうか? 

また、自己負担上限額〈見直し〉案が国会で議論されていた1月に、全がん連がこの制度を利用している人々や医療関係者などに行った緊急オンラインアンケートでは、子どもの教育費のために自分の治療継続を諦めざるをえないかもしれない、と嘆く疾患当事者や、経済的な事情で治療を断念する患者を目の当たりにしてきた医療関係者の声など、実施期間がわずか3日間であったにもかかわらず、3623名のリアルで悲痛な声が寄せられた。

これらのアンケート全回答は全がん連のウェブサイト(https://zenganren.jp/wp-content/uploads/2025/01/news_20250120_01.pdf)で公開されている。

今春に凍結された政府〈見直し〉案の値上げ幅はあまりに無茶

さらにもうひとつ、データを示しておこう。今年春に一時凍結された政府〈見直し〉案の自己負担上限額と現行制度上限額を比較し、それぞれ手取り所得に占める割合を様々な年収区分で見てみると、いずれも非常に大きな割合を占めることが、立教大安藤道人教授の計算によって明らかになっている。

ちなみにこの安藤教授の計算はあくまでも手取り全体に占める高額療養費支出の割合で、住居費用や光熱費、食費などを差し引いたものではない。これらの費用を引いて計算しなおせば、どの所得区分でも上で紹介したWHOの破滅的医療支出に到達するであろうことは容易に想像できる。

安藤教授によるこのデータからは、今年春に凍結された政府〈見直し〉案の値上げ幅がいかに無茶なものだったかということも、容易に読み取れる。

このように、苦しい支払い状況を実証的に示す研究者たちの様々なデータや治療当事者たちの生の声を見ると、近年は「空気のよう」に高額療養費制度を利用している、と批判する山口氏の指摘は、定量的な数値などに基づいたものではなく、あくまでも裏付けのない個人的印象にすぎないことがわかる。

「自分がどれだけの医療費を使っているのか、自覚しにくく」なっている、という主張についても、明確に否定をしておこう。

筆者が長年利用している国民健康保険では、医療機関にかかった際の治療総額や窓口支払い額の詳細を記した明細書が、保険者である自治体から郵送で定期的に届くようになっている。企業の健保組合等の場合だと、自分の治療明細をWebサイト上で確認できる仕組みもあるようだ。

このように治療費を確認する様々な手段がある以上、自分が使った治療費の詳細は「自覚をしにくく」なっているどころか、むしろ近年は明確かつ平易に理解できるように改善が進んでいる、といったほうが妥当だ。

以上のような事実を上記朝日新聞記事と比較してみると、山口氏の主張は「私の時代はとても辛かった。だから、今の人たちも私と同じ辛い思いをしなければ一人前の患者と認めません」という単なる苦労の無理強いや、利便性が向上した現代の制度利用者に対する嫉妬と進歩した制度への逆恨みにすぎないようにも思えてくる。

「リフィル処方箋」の活用と「ポリファーマシー」の警鐘

記事後半で展開されている「リフィル処方箋」の活用や「ポリファーマシー」の警鐘についても、少し言及しておこう。

山口氏の主張は、当該記事の本文中でも使用されている「賢い患者」という言葉に象徴されているといっていいだろう。

氏には同名の著書『賢い患者』(岩波新書)もあり、同書や今回記事の主張を要約すると、患者はただ受け身の立場で言われるままに治療を続けるのではなく、自分が受ける医療の知識を深め、能動的・積極的に自らの医療に関わってゆくことで、現代の様々な医療課題を医療者とともに考え解決していこう、と促す啓蒙活動、といっていい。自らの治療体験に基づくそれらの知見と長年の献身的な活動には、率直に敬意を表したい。

治療費の支払い額がこれ以上増えないという理由で患者が多くの薬をもらったり、さほど必要ではなさそうな通院回数を増やしたりするような行為を、公共経済学では「事後的モラルハザード」と呼ぶ。

このような行為をどうすれば抑制できるか、また、これを抑制することで国民医療費などマクロの医療費をどれだけ抑えることが可能なのか、という議論は、研究者たちの間でさかんに行われてきた。その意味で、山口氏の「賢い患者」論は事後的モラルハザードを抑制しようとする啓発の一環といってもいいかもしれない。

ただし、患者の受診行動や薬剤処方の抑制は、疾患や病態、受診環境の違いなどによって様々で、それぞれをきめ細かく検証して適応させていく必要がある。

「高額療養費利用のために留学してくる外国人」という発言の信憑性

おそらく今回の記事では紙幅の関係もあって精緻な立論をできなかったのかもしれないが、この種の議論をするのであれば、リフィル処方箋の活用でどれだけの国民医療費が節減できるのか等、具体的で定量的なデータとともに論じなければ、雑駁な印象論で終わってしまい、説得力を持ちえないだろう。

さらに言えば、リフィル処方箋やポリファーマシーは、それ自体の問題提起として改善を考察するならともかく、昨年末から活発になっている高額療養費制度を取り巻く議論そのものとは何の相互関係もないし、今回の記事でも山口氏が唱える「制度を守るために、ある程度の負担増は仕方ないのではないか」という主張を支える論拠にもなりえない。

リフィル処方箋やポリファーマシーに関する山口氏の問題提起が高額療養費制度の議論と何ら関連性がないことは、破滅的医療支出の項で紹介した東大大学院五十嵐准教授が、当該記事の公開を受けて緊急に調査・分析したデータからも明らかになっている。

五十嵐准教授はリンパ腫(220名)・結合組織疾患(関節リウマチ等:362名)・固形がん(3545名)・高血圧(168名)・糖尿病(192名)・白血病(129名)、計6疾患の患者データについて、使用薬剤の費用(単位:億円:45~49行目)と、各疾患で使用する薬剤の割合(53~56行目)を調査分析した。

その結果、たとえばリンパ腫では「心血管系(薬剤)の占める割合」と「消化管・代謝系薬の占める割合」はそれぞれ0.1パーセントと0.5パーセント、結合組織疾患の場合だと0.2パーセントと0.2パーセント、と非常に小さな数値に過ぎないことが明らかになった。

「少なくともがん系の3疾患 (固形がん・リンパ腫・白血病)の罹患者についてはそのほとんどががん治療系の薬剤であること、がん系3疾患では心血管系の薬剤や消化器系の薬剤の寄与がほぼないこと、対象の人数からしても、高額療養費の議論の受け皿としてリフィルやポリファーマシーを持ち込むのは、やはりミスリードであると考えます」(五十嵐准教授)

要するに、高額療養費制度で使用する薬剤は、通院を必要としないリフィル処方箋で使用する薬や多重服用の副作用が問題視されるポリファーマシーの薬品とは事実上関係がないといってよく、これらの課題は高額療養費を抑制する議論とはまったくの別問題、ということだ。

ちなみに、山口氏は今年3月の政府〈見直し〉案凍結後に厚労省内で発足した「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」の第2回(6月30日)に証人として出席し、そこで今回の朝日新聞記事で展開している論旨と同様の主張を述べている。

その際には「医療者から聞く話によりますと、患者さんの負担が上限額にとどまるということで、いとも簡単に高額な薬剤を使用する医師がいる」「ある薬局の方から連絡がございまして、患者さんの中には自分が一体どれだけ高額な医薬品を使っているかという自覚がなくて、患者さんの言動からおかしいと思って調べたところ、服用せずに捨てていたという方が御自分の薬局を利用している方だけでも複数あった」等々、あくまでも伝聞として知った話を全体論に一般化するような主張が多々見られた。

さらには、「高額療養費制度の使用目的で留学している外国人の存在があるということも聞いております」と、これまでに何度も否定されてきた根拠のない風説を煽るような発言も行っていた(これらの発言はすべて、厚労省がウェブサイト上に公開している議事録https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60070.htmlで確認できる)。

この「高額療養費利用のために留学してくる外国人」という発言の信憑性については、今回の山口氏記事を掲載した朝日新聞が、3月17日記事「高額療養費制度、外国人の利用割合限定的 支給額全体の約1%」(https://digital.asahi.com/articles/AST3K3V88T3KUTFK02BM.html)で検証し、明確に否定している。

朝日新聞は、高額療養費制度〈見直し〉案が厚労省の医療保険部会で議論され始めたばかりの2024年11月28日付記事「子ども政策財源捻出へ 高額療養費の上限引き上げ」で、この案が岸田内閣時に閣議決定した「こども未来戦略」の財源確保を目的とした弥縫策であることを既に指摘している。

この指摘は、様々なメディアの中でもかなり早い段階での報道だ。そのような慧眼を備えていたメディアが、一方では今回のように具体的な実証性に欠ける印象論で患者の自己責任を問うかのような主張を掲載するのは、正直なところ、やや意外な気がした。

ここまで述べてきた各種事実とデータ類からも明らかなように、今回取り上げた11月1日の記事に関しては、かなり乱暴な論旨で信頼性にも説得力にも欠ける内容、と結論せざるをえない。

文/西村章

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