ガチオタは名誉、キモオタは負け組…Z世代が塗り替えた「オタク」勢力分布図に潜むファッションへの自信とは
ガチオタは名誉、キモオタは負け組…Z世代が塗り替えた「オタク」勢力分布図に潜むファッションへの自信とは

2005年に20歳だった若者たちは、2025年には40歳になる。かつて「タックイン=ダサい」と信じて疑わなかったこの世代は、いまトップスの裾をボトムに入れる若者たちを前に、時代の変化を痛感している。

その一方で、「オタク」という言葉もまた、かつての蔑称から、Z世代を皮切りに意味を反転させてきた。

 

ファッションも言葉も、いまや無名の若者たちの手によって更新されるのだ書籍『Tシャツの日本史』より一部抜粋・再構成してお届けする。

20年後の電車男たち

2005年に20歳だった若者たちは2025年、40歳になっている。

タックインをダサいものとして青春を送った世代は今、どれほど頭でそのトレンドを理解していても、簡単には裾を入れることができないでいる。漫画『美味しんぼ』の山岡が44歳までTシャツの裾を出せないでいたのと同じ現象だ。

そんな歴史の転換点で、コロナ禍で中止になっていたコミケが2022年に、3年ぶりに開催された。そこには「おたく」と「オタク①」と「ヲタク」と「オタク②」が居合わせていた。

この場合、「おたく」は80年代に中森明夫がバカにした世代で、1つ目の「オタク①」は批評家で作家の東浩紀がテーマにしてきたオタク第三世代のことであり、続く「ヲタク」は電車男が直撃した世代、2つ目の「オタク②」はZ世代の新しい感性を持つ若者たちを指す。2種類の「オタク」が存在するのは、一体なぜなのか。

8月、みんなTシャツを着ている。しかしそれぞれに裾さばきが違う。裾へのアプローチに注目すると、彼らの属性が大きく異なっていることが見てとれる。一番若い「オタク②」は、シャツをインで着ている。

古い「オタク①」と「ヲタク」は、今なおタックインにトラウマを抱えている。彼らの始祖である「おたく」は徹頭徹尾、インである。

Z世代のオタク②はシャツをインすることに躊躇しない。裾を入れないとバカにされてしまう時代に、オタク②は堂々と裾を入れることができるのだ。オタクであることに後ろめたさがないのである。

長い間ネガティブな意味しかなかったタックインが、最先端の着こなしへと変化していったように、「オタク」という言葉のもつ意味も変化する。2021年の6月に、テレビ朝日のワイドショーが「オタクになりたい若者たち」という特集を組んでいる。

推し活が当たり前になり、誰かを応援したり何かに熱中したりすることで、後ろ指をさされることはなくなった。特集では「ダサいイメージは無い」「オタクが恥ずかしいと思う人の方が恥ずかしい」といった発言が紹介されている。彼らにとっては、ガチオタだと思われることは名誉なのである。

タックインと同じ様に無名の若者たちの間で広まったからこそ「オタク」の意味合いが反転した。もし大人のしかけたムーブメントだったとしたら、Z世代のオタク②に「ゾタク(ZOTAKU)」といった新しい呼称がついていた可能性がある。



ネーミングが同じまま、意味が変わることが重要なのである。

ファッション迷子に向けた『脱オタクファッションガイド』の登場

注意したいのは、従来の「おたく」や「ヲタク」が市民権を得たわけではないことだ。電車男的な感性、自分の趣味を隠し、限られた仲間とだけ喜びをわかちあう若者たちは、ずっと存在してきた。「ヲタク」という表現が下火になってからは、彼らは「オタク」もしくは「なになにオタ」と呼ばれていた。

ところがZ世代によって、「オタク」という言葉が眩しいものになってしまったのである。気がつくと、オタクにも勝ち組と負け組のような区別が存在するようになっていた。かつてのオタクには「キモオタ」「チー牛」といった呼び名がついてしまっていた。

チー牛とは、チーズ牛丼のことである。中高生にも大人にも見えるメガネをかけた短めの黒髪の男性がチーズ牛丼をたのんでいるイラストが話題となり、ネクラ、陰キャといったネガティブな意味のネットスラングとして広まった。

いつの時代にも「おたく」が存在している。

そして、いつもファッションでバカにされてきた。「モタン・ボーイ」から「チー牛」へ。呼び名だけが変わっていき、ファッションへの不安は普遍である。

『電車男』の大ヒットをうけて『脱オタクファッションガイド』が発売されたように、2020年代にもファッションで迷子になっている男性にむけて、多くのガイドブックが出版されている。

意地悪な見方をすれば『脱オタクファッションガイド』はいつの時代にも必要なのだ。2010年代を代表する男性向けファッション書籍は、MBによる『最速でおしゃれに見せる方法』だった。ベストセラーとなり、大きな流れを生んだことで、コスパやタイパを念頭においたファッションガイドが数多く出版されることになる。

それらのガイドブックは、おしゃれを楽しむための本ではないことが重要だ。電車男世代に向けて書かれたガイドブックの多くは、バカにされないためのテクニックを指南していて、「普通の服でいい」と提言している。普通の服とは、定番アイテムのことだ。

若者たちは、ずっと同じ悩みに苦しんできた。なぜか。センスが重要になったからだ。渋カジによって、普通の服をどう組み合わせて着るかが一大事になった。それまでは全身デザイナーズブランドで固めておけば問題なかったところ、一人一人が組み合わせを考えなくてはならなくなった。


かれこれ30年、手を変え品を変え、誰かが「普通の服」の組み合わせ方を指南している。

文/高畑鍬名 写真/shutterstock

『Tシャツの日本史』(中央公論新社)

高畑鍬名
ガチオタは名誉、キモオタは負け組…Z世代が塗り替えた「オタク」勢力分布図に潜むファッションへの自信とは
『Tシャツの日本史』(中央公論新社)
2025年8月21日2,200円(税込)256ページISBN: 978-4120059407裾さばきの歴史的変遷から、日本の若者を覆う同調圧力の謎を解く。
古来、Tシャツはずっと日本史の死角にあった。
日本の若者たちは、まわりの友達と同じようにTシャツの裾をさばかないと「みっともない」「ださい」と言われ、笑われてしまう世界に生きてきた。
しかし、未だかつてインとアウトの変遷や構造を説明する者はいなかった。
だから考えたいのだ。この呪いを解く方法を。
Tシャツの日本史を書くこと。
それは日本で発生した同調圧力の遍歴を書き留めることだ――
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