「コーヒーは異教徒の飲み物で体に悪いから」カフェオレ誕生のまさかの背景と、外国人がおいしさに驚く日本のドリップコーヒー
「コーヒーは異教徒の飲み物で体に悪いから」カフェオレ誕生のまさかの背景と、外国人がおいしさに驚く日本のドリップコーヒー

日本では、喫茶店でも家庭でもコーヒーといえばドリップコーヒーが当たり前。しかし、世界の主流は“ドリップ”ではなく、“エスプレッソ”の方が広く親しまれている抽出方法だと第15代ワールド・バリスタ・チャンピオンの井崎英典氏は指摘する。

なぜ日本だけが「ドリップ文化」を独自に花開かせたのか。

知られざるコーヒー史をひも解いた『教養としてのコーヒー』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全4回のうち1回目〉

世界のコーヒーの主流はエスプレッソ

日本ではコーヒーといえばドリップコーヒーです。

しかし、現代の世界の主流は、実はエスプレッソ。

エスプレッソは、粉を押しかため圧力をかけて抽出する方法です。短時間で一気に抽出するため、雑味成分が少なくコーヒー本来の味が楽しめます。液体の濃度が高く、ドリップコーヒーの10倍近くになる場合もあります。ワールド・バリスタ・チャンピオンシップでも、世界のバリスタたちはエスプレッソでその技を競います。

エスプレッソの原型が生まれたのは1884年。イタリアの実業家アンジェロ・モリオンドが、蒸気を利用してコーヒーの抽出時間を短くする機械を作ったことがきっかけとなりました。モリオンドは自分のカフェで、大勢のお客さんにスピーディーに対応するためにこの機械を開発したのです。

モリオンドの機械を改良し、工場での生産に踏み切ったのがルイジ・ベッツェーラです。1901年にエスプレッソマシンを市場に送り出しました。

そしてイタリア全土に一気に普及していきました。

エスプレッソといえばマキネッタの存在も外せません。

1933年、アルフォンソ・ビアレッティが直火式のエスプレッソメーカー、マキネッタを発明しました。これにより、エスプレッソを自宅でも楽しめるようになったのです。

ビアレッティが設立した会社ではこれを「モカエキスプレス」と名づけて販売したので、イタリアではマキネッタといえばモカエキスプレスのことを指すといっても過言ではありません。イタリアの家庭には必ず一台あるという、人気のコーヒーメーカーです。

シアトルで発展したエスプレッソ

エスプレッソはストレートで飲むほかにもさまざまなアレンジがあります。

小さめのデミタスカップ(フランス語で「半量=小さめのカップ」という意味)で、少量の砂糖を加えて飲むのがイタリア式ですが、エスプレッソをカフェラテやカプチーノ、キャラメルシロップやチョコレートシロップを使ったフレーバーコーヒーにして飲むのがシアトル系。イタリアのエスプレッソがアメリカに渡り、ワシントン州シアトルを中心に発展したものです。

カフェラテは、エスプレッソにスチームミルク(空気をふくませながら温めた牛乳)を合わせた飲み物です。似たものにカプチーノがありますが、こちらはエスプレッソにスチームミルクを加え、さらに空気を混ぜ込んで泡立てたフォームドミルクを加えるのが一般的です。カプチーノは空気の量が多めなので飲み口はふんわりします。

ちなみに「カフェオレ」はエスプレッソでなくドリップコーヒーにミルクを合わせたものなので、作り方がまったく違います。



ただ、これらの名前は地域や店舗によってズレがあります。たとえば、店によってカプチーノをカフェラテとしているところも、その逆もあります。あくまで参考程度の知識としてとどめておくくらいがちょうどよいでしょう。

カフェラテもカプチーノも、ミルクの白とエスプレッソの濃い色とのコントラストを利用して表面に絵を描くことができます。これが「ラテアート」です。

ラテアートが初めて描かれたのは1985年イタリアのバールでのことでした。それがシアトル系コーヒーショップで流行し始め、世界中に広まりました。簡単な文字から、ハートやリーフといった模様、動物、キャラクターといった難しい造形まで……。見た目にも楽しく、SNSでバズることもよくあります。

カフェオレが誕生した意外な理由

コーヒーにミルクを合わせるようになったのは、17世紀のこと。フランスの著名な医師、シュール・モナンが薬として用いたのが最初だといわれています。

当時のフランスでは、「コーヒーは体に悪い」という迷信が広まっていました。もともとイスラム世界の飲み物であったことから「異教徒の飲み物」というイメージもありましたし、コーヒーが一気に広まっていくのを快く思わなかったワイン商たちが、医師たちに依頼してコーヒーの健康への悪影響を主張したともいわれています。

明確な根拠はないのですが、体に悪いと信じた人たちは大勢いました。

そこでモナンは、「フランスの美味しい清純なミルクと合わせればコーヒーの毒性は消え、健康によい」といってカフェオレを推奨したのです。ミルクと砂糖を入れたコーヒーを飲むと、実際に元気になった感じがしたことでしょう。飲みやすさもあって、一般にもカフェオレが広まっていきました。

日本で花開いたドリップコーヒー

先ほどもお伝えしたように、現代の世界で主流なのはエスプレッソであり、ヨーロッパの家庭で手軽に楽しめる抽出器具としてはエスプレッソメーカーの「マキネッタ」や浸漬法の「フレンチプレス」が一般的です。

一方、日本ではドリップコーヒーが人気になりました。日本の家庭で淹れるコーヒーといえば、普通、ドリップコーヒーが想起されるでしょう。

とくに、粉を入れた紙製のフィルターを専用のドリッパーにセットしてお湯を注ぐ「ペーパードリップ」がもっともポピュラー。ドリップコーヒーの器具メーカーで有名な「ハリオ」も「カリタ」も日本の企業です。

日本独自の喫茶店文化の中で進化したのが「ネルドリップ」です。昔ながらの喫茶店で、ペーパーの代わりに「ネル(フランネル)」という布素材をフィルターとして使っているのを見たことがある人もいるのではないでしょうか。紙なら吸収してしまうコーヒーオイルも抽出されるため、トロリとした質感と甘みが出るとされています。

ネルフィルターは水に浸けて冷蔵庫で保管するなど、管理に手間がかかりますが、日本の喫茶店ではよく見かける抽出方法です。

古くからのコーヒー愛好家の中には、家庭でも自分のネルフィルターを「育てて」いる人も少なくありません。しかし、ほかの国でネルドリップを見かけることはほとんどありません。

ネルドリップが手間を愛されるのに対して、手軽さを追求したドリップもあります。一杯分ずつ個包装され、お湯を注ぐだけで手軽にコーヒーを楽しめる「ドリップパック(バッグ)」は日本発の商品です。海外ではほとんど見かけないので、日本を訪れた外国人に驚かれます。

ペーパードリップからネルドリップ、ドリップパックまで。ドリップという抽出方法はヨーロッパで生まれたものの、日本で花開いたといっても過言ではないと思います。

不思議なことに家庭用のカプセル式コーヒーマシンについては、日本ではネスプレッソがメジャーで、これは名前のとおりエスプレッソです。近年ついにカプセル式のドリップコーヒーマシンであるKEURIGが日本でも展開を拡大しており、日本におけるドリップの楽しみのバリエーションがさらに増えるということで、非常に期待しています。

#2に続く

文/井崎英典 写真/Shutterstock

教養としてのコーヒー

井崎英典
「コーヒーは異教徒の飲み物で体に悪いから」カフェオレ誕生のまさかの背景と、外国人がおいしさに驚く日本のドリップコーヒー
教養としてのコーヒー
2025/9/71,045円(税込)288ページISBN: 978-4815636043

この一冊を読めば、
あなたの一杯はもっと美味しくなる。

アジア人で初めてワールド・バリスタ・チャンピオンシップで優勝した、世界一のバリスタ(第15代ワールド・バリスタ・チャンピオン)が歴史、地理から時事問題、嗜み方まで、コーヒーの教養を1冊に詰め込みました。

本書の話題の一部
・欧米のエスプレッソに対し、なぜ日本ではドリップが主流なのか?
・世界や日本でコーヒーが飲まれ続け、カフェがなくならない真因
・ファストフード店やコンビニで提供される低価格高品質のコーヒーの裏側
・気候変動により存続が不安視されているコーヒー栽培
・世界一のバリスタが教える家でできる簡単で美味しいドリップの手順

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』著者・三宅香帆氏との対談も収録。


読書に欠かせないコーヒーの魅力をバリスタと文芸評論家が語り合います。

※本書は『世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー』(2023年)を加筆修正のうえ新書化したものです※

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