「性犯罪なんて裁判にすべきじゃない!」理解し難い警察の対応…娘が小学生のころに遭った性被害を告発した親子が加害者に実刑を課するまでの闘い
「性犯罪なんて裁判にすべきじゃない!」理解し難い警察の対応…娘が小学生のころに遭った性被害を告発した親子が加害者に実刑を課するまでの闘い

事件直後でないと立件することが難しいとされる性犯罪。さらに警察官の中には「性犯罪なんて裁判にすべきじゃない!」と被害者と弁護士に怒鳴るような、信じられない輩もいるという。

被害に遭った後、どんなに酷い対応を受けたとしても絶対に諦めてほしくないと語るのが、さまざまな事件の被害者を支援している上谷さくら弁護士だ。小学生の頃から数年にわたって性被害に遭い続け、警察から信じられない対応を受けた親子の戦いとは。

 

書籍『犯罪被害者代理人』より一部を抜粋して、紹介する。

警察との闘い

私が、お母さんと娘さんに初めて都民センターでお会いしたのは、事件が発覚して約10か月経った頃でした。娘さんはひっそりとお母さんに寄り添っている感じで、ほとんど言葉を発しませんでしたが、「加害者を刑務所に入れたい」という意思はしっかりと伝えてくれました。

そして、小学生の頃から数年にわたって性被害に遭い続けるような事件は、物証がなかったり時効になっていたりするため立件されることが極めて困難な中で、画像という動かぬ証拠があるのだから、絶対に立件しなければならない事件だと思いました。それで、娘さんとお母さんからの依頼を受けることにしました。

その後、私はお母さんと娘さんが再び警察に行く前に、警察署の担当者宛てにFAXを入れ、事情聴取にあたっては娘さんが二次被害を受けないよう配慮してほしいこと、警視庁捜査一課の協力を得て立件に向けての捜査をしてほしいこと、被害画像が加害者の携帯電話に保存されているようなので、一刻も早く画像を確保し、削除されている場合は復元するなどの証拠保全措置を行ってほしいことなどの要請をしました。

それまでのお母さんや娘さんへの対応から、適切な被害者対応や捜査が行われているとは思われなかったからです。しかし、事前にそのような要請をしていたにもかかわらず、私たちが警察を訪れた際、その対応の酷さは想像を遥かに上回るものでした。

私は、お母さん、娘さん、都民センターの相談員2人と警察署入り口で待ち合わせをして、警察の受付の案内に従って、事情を聞かれるであろうフロアに行きました。すると、警察の作業着を着た小柄な人が暗い廊下にポツンと立っています。私たちを見ても無表情で何も言わないので、「弁護士の上谷ですが、事情聴取で来ました」と告げると、その人は名前を言わず挨拶もせずに、無言で小さな部屋に向かって歩き出したので、仕方なくついていきました。

その無表情な人は以前に娘さんが事情聴取を受けた女性警察官でした。

弁護士は事情聴取に同席できないので、私は席を外しました。あとから娘さんに話を聞いたのですが、事前に了解を得ていた都民センター相談員の同席を一度は断られたり、持参するよう言われていなかったものをその場で提出するよう言われたりしたことから、お母さんと娘さんの警察不信は払しょくされませんでした。

それでも、代理人がついた効果なのか、警察署と私の連絡のやりとりは頻繁になり、警察は加害者から任意で事情聴取をして証拠物を押収し、画像解析を行うなど、捜査は進んでいきました。ただ、当時の法律では、強制わいせつ罪の時効は7年で、時効が迫っていたので私は気が気ではなく、とにかく急いでほしい、という要望を繰り返し伝えました。

性犯罪は裁判にすべきではない!?

前の事情聴取から1か月ほど経過した頃、警察からこれまでの捜査の説明と今後について相談をしたい、という連絡がありました。そこで私は、お母さん、都民センター相談員2人と一緒に警察署に行き、いつもの男性警察官とその上司に会いました。娘さんには負担が大きいと思われたことから、その日は参加しませんでした。

上司の説明によると、私が娘さんたちと警察署に同行したあと、警察は令状を取って加害者宅を捜索し、携帯電話やパソコンなどを押収していました。画像が消去されていたので復元作業を行い、さらにメーカーに依頼して検証し、画像解析して被害時期の特定を試みたとのことでした。

お母さん、都民センター相談員に席を外してもらい、私だけが画像を見ました。まだあどけない顔の娘さんのさまざまな性的画像が撮られていました。どうしてこんな酷いことができるのだろうか。

物心ついてから、娘さんはどう感じていたのだろうか。

私は、これは絶対に許されない、画像という決定的な客観証拠があるのだから、なんとしても立件にこぎつけなければ娘さんは被害回復できないと思い、立件に向けてできることは何でもしよう、と固く決意しました。

上司の説明では、それらの画像は全て時効にかかっている、とのことでした。写真が撮られた日の日付を教えてくれましたが、最初にお母さんがハートさん(性犯罪被害相談ダイヤル「#8103」)に電話した時点で適切なアドバイスがなされて捜査が開始されていれば、全て間に合ったはずでした。

私は諦めてはいけないと思い、娘さんはPTSDを発症しているのだから、強制わいせつ致傷罪で立件すれば時効にかからないではないか、と強く訴えました。

すると、年配の男性警察官が「性犯罪なんて裁判にすべきじゃない!」と私に向かって怒鳴ったのです。弁護士相手ですらその態度ですから、お母さんや娘さんに対しては、どれだけ失礼な態度を取ったことでしょうか。

性被害に関する警察の姿勢はかなり改善されているのに、都内の警察署でまだこんなことが起きているんだ……。私は怒りというより、頭がスーッと冷えていくような感覚に襲われました。そういうことか。性犯罪が嫌いで、捜査したくない人がいるんだな。上司のほうが年下で遠慮している様子だったので、この人を担当から外さないことには絶対に立件できない。



そこで私は、警視庁捜査一課で担当してもらえないか、と、さまざまな伝手を使って働きかけました。

しかし、この状況を訴えても「きちんと指導します」「ご事情は了解しました」などと言われるのみで適切な捜査がなされている様子はなく、私が提案した意見はことごとく否定され、娘さんのPTSDの状態は悪化する一方でした。

私は、事件とPTSDの因果関係を立証するため、精神科医に会いに行ったり、判例を調べたりしましたが、「これだ!」という決め手がなく、結局事件が潰されるのではないかと、焦る気持ちを募らせていました。

「諦める選択肢は最初からなかった」

ある日、「上谷弁護士がどうしてそんなに怒っているのか、話を聞きたい」という捜査関係者の方が事務所に来てくれました。

私はこれまでの経緯を説明し、娘さんに落ち度があるようなことを言われたこと、酷い被害なのに性犯罪なんて裁判にすべきではないと言われたこと、迅速に捜査が行われていたら時効に間に合ったかもしれないこと、お母さんが録音した加害者の会話が不要と言われるなど、まともな捜査をしている様子がうかがわれないこと、被害者対応が極めて不十分であることなどを訴えました。

すると、その捜査関係者の方は両手の拳を強く握り締め、全身を震わせながら「そこまで酷いとは思っていませんでした。本当に申し訳ありません。すぐに動きます」と言ってくれたのです。

そこから、本当に事態が動き始めました。警視庁捜査一課の性犯罪専門の捜査官が主体となって捜査することになったのです。

加害者は刑務所に

捜査一課の方から、「被害者が被害に遭った現場の写真を撮らせてほしい」「お母さんの供述調書を作成したい」「加害者がお母さんに話した際の録音データがほしい」などと、次々に依頼がありました。これまでそんなこともやってなかったのか、警察署はいったい何を捜査していたんだろう、という失望もありましたが、捜査一課のスピード感に感謝しました。

そして、改めて画像解析の結果、「強姦未遂罪」に問えそうな写真がある、ということで、まだ時効が完成していない強姦未遂罪での立件に向けての捜査が始まりました。捜査一課が本格的に入ってから一か月半ほどで、加害者は逮捕されました。

加害者は起訴され、刑事裁判が行われました。加害者は、時効となった強制わいせつについては罪を認めていましたが、強姦未遂については否認していました。

しかし、第一審で実刑判決が下され、加害者が控訴したものの棄却され、娘さんの望み通り、加害者は刑務所に入りました。裁判でもいろいろと大変なことはありましたが、娘さんは、加害者が服役したことで少しずつ回復しています。

私は、このお母さんじゃなかったら、事件は立件できなかったと思います。諦めずに3度もハートさんに電話したこと、警察に「不要」と言われた加害者の話の録音を消去せずに持ち続けていたことなどは、なかなかできることではありません。

刑事裁判の判決が確定した時、お母さんに「よく諦めなかったですね。普通は、録音など消してしまうものですが、そのまま保存してあったし、全ての対応が素晴らしかったです」と声をかけました。すると、お母さんは、「諦める選択肢は最初からなかったです」と答えたのです。娘さんの「加害者を刑務所に入れたい」という気持ちに全力で寄り添いたいという気持ちが、実を結んだのだと思いました。

しかし、本来、被害者がこんなに辛い思いをしなくても、捜査や裁判は行われるべきものです。まだ一部の警察でこのような扱いがなされていることはとても残念です。

今回はたまたま、「絶対にこの事件は立件されるべきだ」と思ってくれた捜査関係者に出会えたおかげで加害者を刑務所に入れることができましたが、偶然でしかありません。

私自身、何度も「無理かもしれない」と思いました。それでも、立件が難しい未成年者の性被害で、客観証拠がある数少ない事件なのだから、絶対に諦めたくなくて、もがき続けました。

今振り返ると、この事件が闇に葬られたかもしれなかったことには、身震いするような思いです。そのようなことがないように、これからも「諦めない」気持ちで被害者に寄り添っていきます。

犯罪被害者代理人

上谷 さくら
「性犯罪なんて裁判にすべきじゃない!」理解し難い警察の対応…娘が小学生のころに遭った性被害を告発した親子が加害者に実刑を課するまでの闘い
犯罪被害者代理人
2025年10月17日発売1,100円(税込)新書判/256ページISBN: 978-4-08-721383-6

あなたを守ってくれる人を知っていますか?

日本では女性の12人に1人が性犯罪の被害者になり、一年間で350人に1人が交通事故により死傷している。

犯罪は、いつどこでも起こりうる。
思いがけず犯罪に巻き込まれた時、被害者側に立って司法手続きやマスコミ対応などに尽力する弁護士が「犯罪被害者代理人」だ。

性犯罪、交通事故、連続殺人など、さまざまな事件の被害者を支援している弁護士の著者が、日本ではあまり知られていないその仕事について実例とともに紹介。
被害者が直面する厳しい現実から、メディアの功罪、警察や司法の問題点にいたるまで解説する。

誰もが当事者になりうる現代における必携の一冊!

【目次】
序章
第一章 被害者代理人の仕事
第二章 心の被害回復を目指して――性犯罪被害者の代理人として
第三章 損害賠償・経済的支援――お金を受け取るのは当然の権利
第四章 メディアの功罪
第五章 家庭の中の犯罪被害――ドメスティックバイオレンス(DV)
第六章 代理人としての「資格」――共感力・想像力・提案力
第七章 立ち遅れる被害者支援と課題
終章

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