総理経験者「中国と戦争になりかねない」 高市政権に"中国パイプ不在"の深刻リスクと「発言撤回しない」決断の代償
総理経験者「中国と戦争になりかねない」 高市政権に

高市早苗総理が国会で「台湾有事は日本有事になりえる」と発言したことが波紋を広げている。中国が猛反発しているからだ。

高市総理やその周辺に中国とのパイプ役は見当たらない。日中の衝突を避けるために日本はどうするべきだろうか。ジャーナリストの長島重治氏が解説する。

高市総理が石破茂氏に負けた総裁選でのテレビ討論で

中国が日本への渡航自粛、留学自粛と矢継ぎ早に脅しをかけてきた。問題を見失わないようにまずは発端となった高市総理の発言を再現し、その後に日本の取るべき道を考えてみたい。きっかけは11月7日の国会質問だった。

「例えば台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか、それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろんなケースが考えられると思いますよ。

だけれども、それがやはり戦艦を使ってですね、そして武力の行使もともなうものであればこれはどう考えても存立危機事態になりうるケースであると、私は考えます」

これがいま問題とされている「高市発言」の再現だ。

質問したのは立憲民主党の岡田克也氏。岡田氏は2024年の総裁選での高市氏のテレビ討論での発言を取り上げた。

「政治家の不用意な発言が相次いでいる。高市総理は1年前の総裁選で述べている。中国による台湾の海上封鎖が発生した場合、存立危機事態になるかもしれないという発言だ。

これはどういう場合に存立危機事態になるというふうに考えていたのか」

高市総理が1年前の石破茂氏に負けた総裁選でのテレビ討論での発言を引用して高市総理を追及した。

高市総理は当初は「台湾をめぐる問題というのは対話により平和的に解決することを期待するというのが従来の一貫した立場だ。その上で一般論として申し上げると、いかなる事態が存立危機事態に該当するか、というのは実際に発生した事態の個別具体的な状況に即して、全ての情報を総合して判断しなければならない」と答弁。これまでの歴代政権の答弁を踏襲してかわした。

ただ、その後、岡田氏に再三さら問いを受けるうちに、冒頭の「戦艦を使った武力行使ならば存立危機事態」という発言が飛び出した。

存立危機事態とは?

存立危機事態とは……。聞き慣れない言葉だろう。自衛隊が武力行使といって、ミサイルや戦闘機を使って反撃するにはまず内閣や国会で「事態認定」という手続きをしなければならない。勝手に「自衛隊の判断」だけで他国と戦うことを認めたら、いつ戦争が始まってもおかしくないからだ。

日本が直接攻撃をされていなくても、「密接な関係国」(この場合は同盟国を指す)が攻撃を受けていて、放っておくと日本にも危険が及んでくると予測できる状態を「存立危機事態」という。

政府が「存立危機事態」だと認定したら、集団的自衛権を使って同盟国とともに戦うことができる。第二次安倍政権下の2014年に安全保障法制に基づく憲法解釈の変更を試みたときに、集団的自衛権を使うことが初めて認められた。安倍晋三首相の肝いりの閣議決定だった。

日本には憲法9条があるため、自衛隊のような「軍事力」を使うには様々な制約が課せられている。それまで日本は自国が攻撃を受けたときに反撃できる「個別的自衛権」は認められていたが、自国は攻撃を受けていなくても他国を助けることができる「集団的自衛権」については「行使できない」という立場だった。

外務省幹部「立憲の挑発にまんまと引っかかった」

北朝鮮の核ミサイル開発や中国の海洋進出など東アジアの軍事的な緊張が高まる中で、安倍総理が憲法解釈の変更による集団的自衛権の導入にこだわった。

北朝鮮、中国、そして台湾、日本周辺で有事の際には「日本もアメリカと一緒に戦う覚悟を示さないと日米同盟ももたない」というのが安倍氏の信念だった。そんな安倍氏を「政治の師」とあおぐ高市氏だ。

「立憲民主党の挑発にまんまと引っかかってしまった。総理になる前の総裁選のテレビ討論と総理大臣としての国会答弁では意味がまったく違う。しつこく聞いたほうも聞いたほうだが、踏み込みすぎた」と外務省幹部は嘆く。

中国にとって「台湾統一」は悲願中の悲願だ。決して踏んではいけない虎の尾を野党に詰められて踏んでしまった。

まして高市氏は10月31日に日中首脳会談を実現させた直後だった。このタイミングについても、外務省幹部は「最悪のタイミングだ。習近平のメンツを潰されたと中国政府幹部は思ったはずだ。

しつこくさら問いした野党もあんまりだ。国益というものがまったく分かっていない」と吐き捨てる。

日中外交関係者は「この6日間に習近平指導部の中枢から何らかの指令」

それでも中国は当初は様子見だった。7日に高市氏が「台湾有事」を発言したが、中国メディアがかき立てて、中国政府が反応したのは6日後の13日だった。

この日の深夜に中国外務省は駐中国の日本大使を呼びつけて抗議した。日本も翌14日には外務省が中国大使を呼びつけた。双方の応酬が始まった。

13日からは中国の機関紙「人民日報」なども一斉に高市総理の発言の批判を始めていて、日中の外交関係者は「この6日間に習近平指導部の中枢から何らかの指令が下りたのだろう」とみている。

中国は14日にはさらにカードを切ってきた。

中国外務省による「日本への渡航自粛の呼びかけ」だ。今年1月~9月の訪日外国人観光客は3100万人に上る。そのなかで中国からは2割強の750万人。国・地域別ではトップで、コロナ禍前の2019年には国内消費額1兆8千億円に上っている。

「完全な経済を使った脅しじゃないか。いつものことだが、『戦狼外交』ってやつだ。これのどこが『戦略的互恵関係』だっていうんだ」

自民の外務大臣経験者は憤る。ただ、外務省幹部は別の見方を示す。「『自粛』にとどめたのは中国も国際世論など動向をみているのではないか」と指摘する。

あくまで「自粛」なので「いつでも振り上げた拳を下ろせる。中国もいまは経済が良くない。米国との対立もあって、日本とどこまで本気でやりあうか、腹の探り合いだ。これが機関決定だったら、習主席が本気だってことだろうけどね」と冷静に状況をみている。

自民維新内からは外交官の追放を求める声

高市総理や木原官房長官も決定的な対立は望んでいないという。中国との貿易総額は30兆円を超えるなど影響が大きすぎるからだ。

ただ、着地点がみえていないのも事実のようだ。歴史的に中国と深いパイプをもった公明党が連立を離れた。

自民党にも二階俊博元幹事長のような中国通は引退して見当たらない。高市政権は高市総理も木原官房長官も台湾通だ。

「一歩間違えば戦争にだって発展しかねない。議員外交のパイプが細っていて、エスカレートしていくと武力衝突に発展しかねない」

総理経験者の一人は現在の日中関係を深刻な状況とみている。

加えて、中国の薛剣(せつけん)駐大阪総領事のSNS投稿も事態を複雑にしている。高市総理に対して、「汚い首は斬ってやる」と投稿。自民や維新内では「(外交官を国外追放する)ペルソナ・ノン・グラータを適用しろ」という声が高まっている。

「高市総理は発言の撤回は絶対にしない」

自民党内にもかつての二階氏のような「中国通」の大物がいなくなり、過激な発言が増えているのが現状だ。

頼みの綱である米国も怪しい。トランプ大統領は1期目では、習近平氏に対し、「台湾侵攻をしたら北京を爆撃する」と伝えたと言われている。自身が2期目の選挙前に支援者の集会で打ち明けた音声をCNNが入手して報道したことがある。

真偽は別にして自己愛の塊でしかないトランプ氏は中国にも強気の姿勢が自慢だった。

だが、2期目となる先月の米中首脳会談では「台湾については話していない」と極めて慎重だ。レアアース禁輸など中国に経済カードを握られて、世界最強の軍事国家も何とも頼りないのが現状だ。

米国が頼りないだけではない。高市氏には、政権内にも自民、維新の与党内にも、中国との連絡役を買って出てくれるようなパイプ役がいない。外務官僚だけが頼りというなかで野党の挑発にのってしまった。

高市氏が突破口にしようとしたG20での李強首相との会談も中国が拒否した。側近の一人は高市氏の考えをこう打ち明ける。

「高市総理は発言の撤回は絶対にしない。いつ日中衝突が起こってもおかしくないが、撤回したら中国を助長させてしまうと考えているからだ。だから、中国が仕掛ける情報戦に辛抱強く付き合っていく。アメリカと連携しながら同志となる国々に日本のスタンスを説明する。唯一の救いはいまのところ高止まりしてくれている内閣支持率だけだ」

文/長島重治 写真/共同通信社

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